痣の娘

綾里 ハスミ

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■ 

 先日、親戚のフラン・ヘラルドに『庭園でパ―ティ―を開いたらどう?』と言われて、パトリシアは返事に窮してしまった。その場は、言葉をにごしてやり過ごしたのだが、以前からそういう要望は知り合いの貴族達からも出ていた。『これだけ立派な庭園なら、パ―ティ―でみんなに見て貰うべきよ』との事だった。
 パトリシアは机の前で唸る。朝に届いた手紙を読んで、特に悩んでいる。
『庭園パ―ティ―を開くと聞いたぞ。もちろん、招待してくれるんだろう?』
 と兄から手紙が来ていた。開く等、言ってなかったのだが、いつの間にか開く方向で話が進んでいる。きっと親戚のフラン叔母さんが、『今後、パトリシアが庭園でパ―ティ―を開くそうよ』とでも言ったのだろう。あの叔母さんには、そう言う早とちりなところがあった。そして困った事に、いろんな人に言って回ったのだろう。パトリシアの手元には、庭園パ―ティ―に招待して欲しい旨の手紙がいろんな貴族から届いていたのだ。
「困ったわ……」
 パトリシアは唸り、そして一人で解決で来そうにも無いので夫のアレクサンダ―を頼る事にした。
「庭園パ―ティ―?」
「えぇ、既に貴族の方達の中では、私が開くと思い込んでいらっしゃって……」
 アレクサンダ―は手渡した手紙を眺める。
「パトリシアの負担になるなら、パ―ティ―を無理して開く必要は無いよ。訂正の手紙を俺の方から出しておくからね」
 パトリシアは眉を下げる。
「えぇ……でも……」
 視線を彷徨わせて、言葉を探す。
「大丈夫だよ、このくらいじゃ角は立たない。早とちりした方が悪いんだから」
 パトリシアは思い切って口を開く。
「実は私もパ―ティ―を開きたいんです」
「!」
 アレクサンダ―が驚く。
「そうなのかい?」
「はい、パ―ティ―を開けば沢山の方に庭を見て貰えますから……」
「君がそう言うのなら、前向きに検討しようか」
「本当ですか!」
「もちろんだよ」
 アレクサンダ―の優しい笑みにほっとする。
「私、パ―ティ―の主催は初めてなんです。上手く出来るかしら」
「大丈夫、俺も一緒に協力するからね」
 そうしてパトリシアは、庭園パ―ティ―の準備を始めたのだった。


 パ―ティ―の舞台となる庭をパトリシアは眺めて、当日も美しい庭を保っていられるように手入れした。次に、招待客のリストを作る。パトリシアの庭に来てくれて知り合いになった貴族達をリストアップする。次に、建前として親戚達も招待した。アレクサンダ―の知り合いや友人達もリストに入れた。アレクサンダ―と日時を決めて、招待の手紙を出した。しばらくすると返事が来て、ついでに噂を聞きつけた貴族から招待を請う手紙も来たので、彼らにも招待状を贈った。
 返事の手紙から、出席者数とパ―ティ―の規模を予想して出す料理と机と椅子の準備もした。机と椅子が足りないと言えば、アレクサンダ―が追加で大量に注文してくれた。料理の方は、試作品をパトリシア自身が味見して美味しいかをチェックした。
「うん、とっても美味しいわ」
「ありがとうございます」
 シェフが頭を下げる。
「沢山人が来ると思うけど、当日はお願いね」
「はい、お任せください」
 パトリシアは、日々忙しく動き回っている。招待客リストを眺めて、どんな貴族が来るのかも改めて頭に入れた。知らずに失礼があってはいけないのだ。更に、お楽しみの一つにビンゴ大会もやる事にした。ビンゴしたお客様には、花束のプレゼントを差し上げるつもりだ。その花束も当日、パトリシアと庭師のオルガが一緒に制作する。それから楽団の手配もした。
「お疲れさま」
 パトリシアの部屋に、アレクサンダ―がココアを持って来てくれた。 
「ありがとう」
 飲むと暖かくて疲れが取れる。
「良い、パ―ティ―になりそうだね」
「えぇ、そうだと良いのだけど」
 パトリシアはやや不安な顔で微笑みを返す。
「大丈夫、俺もついているから」
 笑う彼にパトリシアは勇気を貰って、微笑んだ。


 パ―ティ―当日、パトリシアはあら方の準備を整えて額の汗を拭う。
「ふぅ、こんなものかしら」
 庭に机と椅子を並べ、テ―ブルには料理がびっしり並んでいる。凄く華やかだ。
「パトリシア様、お客様がいらっしゃいました」
 パトリシアはすぐに迎う。
「ようこそ、庭園パ―ティ―へ。テオドリ―コ 男爵」
「今日は、君の庭を見れると聞いて楽しみにしていたんだよ」
「ありがとうございます。是非、楽しんで行ってくださいませ」
 それから次から次に客達がやって来て、庭へ入って行く。
「パトリシア、なかなか盛況じゃないか」
 兄のロニ―が立っていた。
「ようこそいらっしゃいました、お兄様」
 パトリシアはやや身構えながら言う。
「ふ―ん、けっこう大きなパ―ティ―ね」
 兄の妻のエレ―ナも一緒にいる。
「まぁ、せいぜい楽しませて貰うさ」
 二人が去って行くのを見て、パトリシアはほっとする。どうにも兄に対する苦手意識の無くならないパトリシアだった。
 来る客の応対が終わったら、パトリシアはパ―ティ―会場内に入って客達の様子を見る。アレクサンダ―は、客達の中に立って挨拶している。客同士で楽しそうにお話している人もいれば、夫婦で庭の中に入って薔薇を眺めに行く人々もいる。その中に、一人ぽつんと立っている紳士を見つけた。初老の紳士は、グラスを片手にどうしたものか…と言う顔をした。急いでパトリシアは彼に声をかける。
「あの、よろしければお庭を案内しましょうか?」
「あぁ、これは助かれります。パトリシアさん自らのご案内とは、贅沢なものですね」
 パトリシアは紳士と二人、庭の中に入って咲いている薔薇や花達の説明を行った。庭全体のコンセプトや、管理の上での苦労話など紳士は面白そうに聞いてくれた。パ―ティ―を開いた女主人として客をもてなすのは、大事な事なのだ。
 庭を案内した後、紳士と別れて再びパトリシアは会場内を見渡して困っている人やつまらなそうにしている人はいないか探した。見つければ、すぐに彼らの元に駆けつけて出来る限りのもてなしをした。
 そんな事を続けていると、肩を叩かれる。振り向くと、兄のロニ―がいる。
「兄様、どうなさったのですか」
「なぁ、パトリシア。アグレル伯爵に俺を紹介しろ」 
 兄が高圧的にそう言った。アグレル伯爵とは、大貴族である。パトリシアも、彼が庭を見たいと尋ねてくれなければ一生知り合う事も無かった人物だ。
「……それは」
 アグレル伯爵は気難しい人でもある。少し、気に食わない事があると怒る。パトリシアはまだ怒られた事は無いが、それでも他の人に怒っているところを見た事がある。
「出来ないのか」
 こういった場で、アグレル伯爵に兄を紹介するとアグレル伯爵は礼儀知らずだと怒るだろう。何故なら彼は、自分が興味を持った人物としか交流を持ちたがらないからだ。
「たぶん、お兄様では相手にされませんよ」
 パトリシアは率直に言う。
「おまえ……!」
 兄の顔が瞬間、赤くなる。
「ちょっと、こっちへ来い」
 兄の行く方にパトリシアは仕方なく着いて行く。
 屋敷の影で、兄がパトリシアの頬を打つ。
「っ……」
 左耳で、キ―ンと音が鳴る。
「結婚して偉そうになったじゃないか」
「そんな……」
 そのようなつもりは無かった。ただ、アグレル伯爵に紹介すれば兄がこの場で恥をかくと思ったのだ。頬を押さえていると、胸ぐらを掴まれる。
「やはり、修道院に入れておけば良かった。アレクサンダ―氏もそろそろ、おまえに愛想をつかせ始めた時期しゃないか」
 パトリシアは兄を睨む。
「そんな事はありません」
 パトリシアは自分に自信が無い。けれどアレクサンダ―が、パトリシアの事を心から愛している確信はあった。
「なっ」
 兄が再び手を振り上げた。パトリシアはぎゅっと目を閉じる。しかし、二発目の平手打ちはなかなかやって来ない。目を開ければ、兄の手は後ろで誰かに掴まれていた。
「俺の妻に何をやっているのかな」
 兄の後ろに居たのはアレクサンダ―だった。
「あなた!」
 兄を引き剥がして、彼がパトリシアを抱きしめる。
「かわいそうに、怖かったろう」
 そっと、頬に触れてくれる。そして、ロニ―を睨む。
「君は誰の許可があって、俺の妻を殴ったのかな」
「俺はそいつの兄だ、必要なら打つ事もある。その権利がある」
 兄も負けじと言い返す。
「権利……か。そもそも身内だろうと、人を殴る権利なんて誰にも無いと思うがね」
 アレクサンダ―が鋭く睨む。
「パトリシアは馬鹿だからな、言ってわからない事も多いんだ。あんただって、そう感じる時があるだろう」
 アレクサンダ―が、小さくため息をついたのがわかった。
「君と話すのは疲れるな。まるきり、話を聞く気が無い。悪いが、今後俺らの前に顔を出さないでくれないか。一応、パトリシアの兄と言う事で大目に見てやるが、もしも次、顔を見せたら貴族社会で生きていけなくなる事を理解しろ」
「なっ」
 ロニーが戸惑い、悔しそうな顔をする。
「もう話す事は無いよ。行ってくれ」
「どうなさったの」
 そこにエレ―ナがやって来る。彼女はロニ―の側に寄り、こちらを見る。
「ここで何があったの?」
 パトリシアは何も言えず、視線を反らす。
「ロニ―が、パトリシアに暴力を働いていたのさ」
 アレクサンダ―が答える。
「あぁ。きっとパトリシアが、またわがままを言ったのね。よくある事なのよ、許してあげて」
 彼女はなんでも無い事のようにそう言った。
「いや……そう言うわけにはいかない」
 アレクサンダーはエレーナを睨む。

「彼には二度と俺達の前に姿を見せないように言った。それは君もだエレ―ナ」
「なんで、貴方にそんな事を言われなくちゃいけないの!」
「……エレ―ナ・エレウィット。俺は執事から聞いている。君が屋敷に来る度に、パトリシアの宝飾品やドレスを盗っている事をね。そのブロ―チは俺がパトリシアにあげた物だ」
 エレ―ナは、金の台座に緑の石の嵌ったブロ―チを付けていた。
「あら、これはパトリシアに貰ったものよ。そうよね、パトリシア?」
 彼女がパトリシアを見て来る。強い瞳は、頷けと言っている。
「私は優しいから、パトリシアが使わなくなったドレスや宝飾品を貰ってあげているのよ? 誤解してもらっては困るわ」
 彼女は高らかにそう言った。
「……ちがいます 」
 パトリシアは、絞り出すように言う。エレ―ナがパトリシアを睨む。
「私は貴方に、本当にドレスも宝飾品もあげたくなかった。けれど、貴方が怖くて嫌だと言えなかった。でも、本当はあげたくなかったんです。貴方なんかに、夫から贈って貰った物を絶対にあげたくなかった……!」
「なっ」 
「そういうわけだ。俺が訴えたら君は恐喝罪で掴まるだろうね。しかし、これから二度と彼女に近づかないのなら訴えないでおいてあげるよ」
 エレ―ナは悔しそうな顔をする。そこに不審に思った使用人達がやって来る。
「ふん、その女と結婚したのだから、いずれお前の家は没落するぞ」
 悔しそうな顔をして、ロニーとエレーナは去って行った。
「パトリシア……」
 呆然とするパトリシアの肩を彼が抱く。
「大丈夫かい」
「えぇ……驚いてしまって……」
 パトリシアは彼に身体を預ける。
「これで君に、彼らの魔の手が伸びる事は二度と無い……」
 パトリシアは小さく頷いた。
「ありがとうアレクサンダー……」
 震えは次第に治まった。
 その時、パトリシアははたと我にかえる。
「いけない、パ―ティ―のお客様を放ったらかしだったわ。そろそろ、ビンゴの準備をしないと」
「俺も手伝おう」
 二人は走って、会場に戻った。動いている内にパトリシアんの表情も次第に明るくなっていった。
 兄の一件はあったが、庭園パ―ティ―は無事盛況の内に終わった。ひとまずパトリシアも、肩の荷が下りてほっとしたのだった。来てくれたみんなは、パトリシアの庭を褒めて、パトリシアの庭はその後益々評判となるのだった。


つづく
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