痣の娘

綾里 ハスミ

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 パトリシアが目を覚ますと、アレクサンダーは仕事に行った後だった。今日は早朝に出て行くと言っていたので、パトリシアを起こさいようにそっとベッドから出て行ったのだろう。すっかり日の上がった窓の外を見ながら、ベルを鳴らす。すると、すぐにメイドがやって来て台をベッドの上に置き、顔を洗うようの洗面器を置いた。パトリシアはお湯で顔を洗い、渡されたコップで軽くうがいをする。洗面器は下げられ、しばらくすると朝食が配膳される。そしてメイドがトレイに手紙を乗せて差し出す。
「ありがとう」
 手紙を開けて、紅茶を飲みながら読む。だいたいの手紙は、庭園に招待して欲しいとの貴族達からの申し出の手紙だった。パトリシアは朝食を食べながら、次々手紙を開封する。そして、とある一枚の手紙を見て手が止まる。
「フラン叔母様からだわ……」
 フラン・ヘラルドは、パトリシアの親戚だった。手紙を開けて読むと、今日の午後に尋ねて来る事が書いてあった。
「まぁ……」
 フラン叔母様は、親戚の中では害の無い部類の人である。噂好きで早とちりな人だが、明るい人であまり悪口を言うタイプでもない。ただすごく、姦しいだけだ。パトリシアは朝食を食べ終わると、机に座り貴族達に返事の手紙を書いた。手帳を見て、他の貴族達と来訪日が被らないように調整する。パトリシアの庭園見学は、一年先まで予約埋まってしまいそうだった。
 午前いっぱいかけて手紙を書き終わると、メイドの手を借りてドレスに着替え庭に下りる。広い庭をぐるっと歩いて、草花の様子を見る。薔薇は綺麗に咲いているか? 予定通りのバランスで植物達は茂っているか。その様子を眺めていく。雑草があれば園芸用の手袋をつけて引き抜き、害虫がいれば後でオルガに報告して駆除してもらった。
「オルガ」
 彼は肥料を倉庫から出している。
「こんにちはお嬢様」
「庭の様子はどう?」
「えぇ、問題無いですよ。今日も綺麗なものです」
 オルガは満足そうに言う。
「それは良かったわ。管理をお願いね」
「お任せください」
 その後も、草花が病気にあっていないか確認してパトリシアは部屋に戻った。朝食を食べ、ドレスを着替えてフラン叔母様の来訪に備えた。
 三時、お茶の時間にフラン叔母様がやって来る。
「お久しぶりねパトリシア! あらー綺麗になって! こうして見ると、やっぱり若い時のモニアに似ているわね~! モニアも若い時は本当にモテたのよ。だから私、お姉さまばかりお誘いがあってずるいわー! って思って嫉妬していたわ。それにしても大きなお屋敷ね、門から入っていつまで経っても屋敷につかないからびっくりしちゃった。それに、この玄関ホールの立派な事! この威圧感で震え上がっちゃいそう」
 彼女は、来て早々続けざまに言葉を話す。よく、そこまで早口でたくさん喋るものだとパトリシアは思うのだった。
 そして、満面の笑みでパトリシアの元に来て抱きしめる。パトリシアもその挨拶に応える。
「こんにちは、フラン叔母様。こちらへどうぞ」
 居間に案内して、紅茶とお菓子の用意されたテーブルに着く。
「お邪魔するわね。突然、訪問してごめんなさいね。あなたの庭がとっても立派だと聞いたから、ぜひ見たくなって。昔からあなたの作る庭は素晴らしかったものね。あら、美味しそうなスコーンね。実はおなかペコペコなの、早速いただくわ」
 彼女はスコーンを手に取って、ジャムを付けて食べ始める。
「まぁ、おいしい! きっと良いコックがいるのね。ウチのコックにも見習わせたいわ、それにこのジャムのおいしい事!」
 パトリシアは紅茶を飲みつつ、彼女の早口に相槌を打つ。ずっと一人喋っているので、パトリシアが話す暇は無い。
「綺麗なドレスねー、旦那さんに買ってもらったの?」
「はい」
「さすが、大貴族のイズスター家ね! ドレス以外にもいろいろ贈ってもらったのでしょう? 宝飾品やバックなんかも? はーやっぱり、大貴族の男は違うわねぇ」
 パトリシアはとりあえずほほ笑んでおいた。そんな感じで、姦しい午後のお茶を終えると今度は彼女と庭に下りる。
「あらま、すごい。話しに聞いていた以上じゃないの!! まるで天国みたいね」
 フラン叔母様は、あっちに行ったりこっちに行ったりして庭を楽しんでいる。喋るのが早いだけでなく、歩くのも早い方なのだ。パトリシアも、だいぶ早歩きして彼女の後を付いて行く。そして早口で質問される度に答える。 
「ふーん、楽しかったわ。本当にすてきな庭園ね」
 パトリシアは額の汗をハンカチで拭った。 
「そうだわ! こんなにすてきな庭園なのだもの、庭園パーティーを開いたら? そうよ、それが良いわ! 他の貴族の方達もみんな、貴方の庭を見たいって言っていたもの。パーティーを開くとなったら、貴族の方達がたくさん招待を請う手紙来るでしょうねぇ。ねぇ、その時はもちろん私も呼んでね」
「は、はぁ。もしも開く時があったら、ご招待しますね」
 パトリシアは笑みを浮かべて曖昧に返事をした。次々繰り出される彼女との会話に疲れ始めていた。
「それじゃ、そろそろ帰るわね。ごきげんようパトリシア!」
 そうしてようやく彼女は帰って行った。
「つ、つかれたわ……」
 彼女を屋敷の前で見送って、パトリシアは思わずそうつぶやいてしまった。

つづく

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