8 / 34
8
しおりを挟む
■
神雷は、久しぶりの水天との再会に緊張していた。
確かに、神獣である神雷は時間の経過に疎い。気づけば一月経っていたし、華明が言ってくれなければ十年ぐらい平気で期間を空けてしまっていたかもしれない。
(『人の命は短い』か……)
千年生きる神獣と、五十年も生きない人とでは生きる時間の長さがあまりにも違う。
(そうだ、早く、彼に私を好きになって貰って、花嫁になって貰わなくては……)
神獣の花嫁となった人間には、特別の祝福が授けられる。神獣と同じ寿命を得るのだ。そうすれば、二人はずっと一緒にいられる。
(死ぬ時まで水天と共に過ごせる……)
その甘やかな想像に、神雷はうっとりと目尻を下げた。最近は、意識しなくても表情が顔に浮かぶようになった。神雷の努力は全て、水天の為にある。彼に少しでも『魅力的』だと思って貰う為に、あらゆる努力を厭うつもりは無かった。
(どうやったら、惚れてくれるのだろう……)
それが今の神雷にとっての最大の悩み事である。
山につくと、すぐに彼の気配を見つけた。水天の気は、流れる水のように涼やかですぐにわかる。
木々の間を飛び、彼の背中を見つけるとすぐに地面に下りた。蛇から、人の姿になる。
「水天!」
声をかけると、彼はこちらに振り向いてジロリと睨んだ。
「……!」
水天は、視線を逸らして立ち上がり歩いて行ってしまう。
初めて人にあからさまに睨まれたので動揺してしまった。それもよりによって水天に。
「ま、待って!」
神雷は慌てて彼の後を追いかける。歩く練習をしておいて良かった、どうにか水天に追いつく事が出来た。腕を掴むと彼は立ち止まる。しかし、背を向けたままである。
「水天、こちらを向いてくれないか……」
声をかけても水天は、動いてくれない。神雷は、前に回りこんで水天の顔を見る。彼は、口を引き結び眉を寄せている。これは一般的に、『怒った顔』と言うものだろう。
「水天、なんで君は怒っているんだい……?」
喋る練習をしておいて良かった。こうして彼に、問いかける事が出来る。
けれど彼は顔を横に逸らして、答えてくれなかった。目も合わせてくれない。その様子に、だんだん悲しくなって来る。神雷は水天が大好きなのだ。彼に嫌われてしまったら、どうすれば良いかわからない。巨大な滝にでも飛び込んでしまいたい気分だった。
「すまない……君はどうやったら機嫌を直してくれる……君に嫌われると、私は困るんだ……」
おろおろしながら、彼に許しをこう。すると彼が、チラリと神雷を見る。
「なんで困るんだ」
「それは……君に嫌われると、悲しい気持ちになるから……」
神雷は水天の腕を少しだけ強く握った。すると水天が、神雷の方を向く。
「俺の方がもっと悲しかったね!」
大きな声で叫びながら、水天は怒りながら泣いた。その複雑な感情の発露に、神雷は混乱する。
(水天は今、怒っているのか? 悲しんでいるのか?)
「おまえ、帰ってからどれだけ経ったと思ってるんだよ! 二十二日だぞ!!!」
「そ、そんなに経っていたのか……」
水天がキッと睨んで来る。けれど、涙は相変わらずボロボロこぼれている。
「俺は! おまえが! また会いに来てくれるって言ったから、ずっと待ってたんぞ!! それなのに、なんの連絡も寄越さず、こんなに長い期間会いに来ないなんて!!! 怒って当然だろ!!」
神雷は会いに来るとは言ったが、いつ会いに来るかは伝えていなかった。それに連絡の一つ送ってもいない。せめて、手紙の一つでも送っておけば良かった。
「すまない水天、私は人とこうして交流するのは初めてだから、わからないんだ、そう言う事が……」
神雷は追いすがるように水天の腕を引き寄せて見下ろす。水天が目元を赤くして見上げて来る。
「……そうなのか」
「あぁ……本当にすまない……」
すると水天が、少しもじもじして首を掻き始める。
「は、初めてなら……仕方ないな……」
どうやら許されたらしい。固かった彼の気配が解けて行くのを感じる。神雷は、水天を引き寄せて抱きしめる。
「すまない水天、次からはもっと頻繁に会いに来る。来られない時は、鳥を送る。だから、どうか私を嫌わないでおくれ」
水天の小さな体をぎゅっと抱きしめて、つむじにキスをする。すると水天が、神雷の背中に手を回してくれる。
「……なら、許す……」
水天の耳が赤くなっている事に気づく。本によると、人は感情が高揚すると耳が赤くなるらしい。
(水天の耳はなぜ赤いのだろう。実はまだ怒っているのかな)
体を離して、水天の顔を間近で覗き込む。すると水天は顔まで真っ赤になった。
「な、なんだよ!」
「水天、本当はまだ怒っているな?」
「いや、怒ってないよ! なんでだ!」
「だって、顔が赤いから……人は怒ると顔が赤くなるんだろう?」
すると水天の顔はますます赤くなる。
「……そ、そうだよ! まだ、俺は怒ってるんだ」
神雷はしゅんとする。やはり、そう簡単には許して貰えないらしい。しかし、悪いのは自分である。ここは真摯に、許しを乞うしかない。
「許して水天。ほら、月餅もあるよ」
華明が持たせてくれた月餅を差し出す。神官の菓子職人の作る月餅は大変美味で、華明はいつも食べるとにっこり笑っていた。
「ふ、ふーん。美味そうじゃん……い、一緒に食べるか」
「本当かい! 嬉しいなぁ」
岩に座って月餅を食べる間も、水天の顔は赤かった。早く機嫌を直してほしいので、神雷はしきりに手を握ったり抱き寄せたりした。
つづく
神雷は、久しぶりの水天との再会に緊張していた。
確かに、神獣である神雷は時間の経過に疎い。気づけば一月経っていたし、華明が言ってくれなければ十年ぐらい平気で期間を空けてしまっていたかもしれない。
(『人の命は短い』か……)
千年生きる神獣と、五十年も生きない人とでは生きる時間の長さがあまりにも違う。
(そうだ、早く、彼に私を好きになって貰って、花嫁になって貰わなくては……)
神獣の花嫁となった人間には、特別の祝福が授けられる。神獣と同じ寿命を得るのだ。そうすれば、二人はずっと一緒にいられる。
(死ぬ時まで水天と共に過ごせる……)
その甘やかな想像に、神雷はうっとりと目尻を下げた。最近は、意識しなくても表情が顔に浮かぶようになった。神雷の努力は全て、水天の為にある。彼に少しでも『魅力的』だと思って貰う為に、あらゆる努力を厭うつもりは無かった。
(どうやったら、惚れてくれるのだろう……)
それが今の神雷にとっての最大の悩み事である。
山につくと、すぐに彼の気配を見つけた。水天の気は、流れる水のように涼やかですぐにわかる。
木々の間を飛び、彼の背中を見つけるとすぐに地面に下りた。蛇から、人の姿になる。
「水天!」
声をかけると、彼はこちらに振り向いてジロリと睨んだ。
「……!」
水天は、視線を逸らして立ち上がり歩いて行ってしまう。
初めて人にあからさまに睨まれたので動揺してしまった。それもよりによって水天に。
「ま、待って!」
神雷は慌てて彼の後を追いかける。歩く練習をしておいて良かった、どうにか水天に追いつく事が出来た。腕を掴むと彼は立ち止まる。しかし、背を向けたままである。
「水天、こちらを向いてくれないか……」
声をかけても水天は、動いてくれない。神雷は、前に回りこんで水天の顔を見る。彼は、口を引き結び眉を寄せている。これは一般的に、『怒った顔』と言うものだろう。
「水天、なんで君は怒っているんだい……?」
喋る練習をしておいて良かった。こうして彼に、問いかける事が出来る。
けれど彼は顔を横に逸らして、答えてくれなかった。目も合わせてくれない。その様子に、だんだん悲しくなって来る。神雷は水天が大好きなのだ。彼に嫌われてしまったら、どうすれば良いかわからない。巨大な滝にでも飛び込んでしまいたい気分だった。
「すまない……君はどうやったら機嫌を直してくれる……君に嫌われると、私は困るんだ……」
おろおろしながら、彼に許しをこう。すると彼が、チラリと神雷を見る。
「なんで困るんだ」
「それは……君に嫌われると、悲しい気持ちになるから……」
神雷は水天の腕を少しだけ強く握った。すると水天が、神雷の方を向く。
「俺の方がもっと悲しかったね!」
大きな声で叫びながら、水天は怒りながら泣いた。その複雑な感情の発露に、神雷は混乱する。
(水天は今、怒っているのか? 悲しんでいるのか?)
「おまえ、帰ってからどれだけ経ったと思ってるんだよ! 二十二日だぞ!!!」
「そ、そんなに経っていたのか……」
水天がキッと睨んで来る。けれど、涙は相変わらずボロボロこぼれている。
「俺は! おまえが! また会いに来てくれるって言ったから、ずっと待ってたんぞ!! それなのに、なんの連絡も寄越さず、こんなに長い期間会いに来ないなんて!!! 怒って当然だろ!!」
神雷は会いに来るとは言ったが、いつ会いに来るかは伝えていなかった。それに連絡の一つ送ってもいない。せめて、手紙の一つでも送っておけば良かった。
「すまない水天、私は人とこうして交流するのは初めてだから、わからないんだ、そう言う事が……」
神雷は追いすがるように水天の腕を引き寄せて見下ろす。水天が目元を赤くして見上げて来る。
「……そうなのか」
「あぁ……本当にすまない……」
すると水天が、少しもじもじして首を掻き始める。
「は、初めてなら……仕方ないな……」
どうやら許されたらしい。固かった彼の気配が解けて行くのを感じる。神雷は、水天を引き寄せて抱きしめる。
「すまない水天、次からはもっと頻繁に会いに来る。来られない時は、鳥を送る。だから、どうか私を嫌わないでおくれ」
水天の小さな体をぎゅっと抱きしめて、つむじにキスをする。すると水天が、神雷の背中に手を回してくれる。
「……なら、許す……」
水天の耳が赤くなっている事に気づく。本によると、人は感情が高揚すると耳が赤くなるらしい。
(水天の耳はなぜ赤いのだろう。実はまだ怒っているのかな)
体を離して、水天の顔を間近で覗き込む。すると水天は顔まで真っ赤になった。
「な、なんだよ!」
「水天、本当はまだ怒っているな?」
「いや、怒ってないよ! なんでだ!」
「だって、顔が赤いから……人は怒ると顔が赤くなるんだろう?」
すると水天の顔はますます赤くなる。
「……そ、そうだよ! まだ、俺は怒ってるんだ」
神雷はしゅんとする。やはり、そう簡単には許して貰えないらしい。しかし、悪いのは自分である。ここは真摯に、許しを乞うしかない。
「許して水天。ほら、月餅もあるよ」
華明が持たせてくれた月餅を差し出す。神官の菓子職人の作る月餅は大変美味で、華明はいつも食べるとにっこり笑っていた。
「ふ、ふーん。美味そうじゃん……い、一緒に食べるか」
「本当かい! 嬉しいなぁ」
岩に座って月餅を食べる間も、水天の顔は赤かった。早く機嫌を直してほしいので、神雷はしきりに手を握ったり抱き寄せたりした。
つづく
0
お気に入りに追加
147
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~
天岸 あおい
BL
英国の若き青年×職人気質のおっさん塗師。
「カツミさん、アナタはワタシのミューズです!」
「おっさんにミューズはないだろ……っ!」
愛などいらぬ!が信条の中年塗師が英国青年と出会って仲を深めていくコメディBL。男前おっさん×伝統工芸×田舎ライフ物語。
第10回BL小説大賞エントリー作品。よろしくお願い致します!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜
菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。
私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ)
白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。
妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。
利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。
雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。
みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで
キザキ ケイ
BL
親を亡くしたアルビノの小さなトラは、異世界へ渡った────……
気がつくと知らない場所にいた真っ白な子トラのタビトは、子ライオンのレグルスと出会い、彼が「獣人」であることを知る。
獣人はケモノとヒト両方の姿を持っていて、でも獣人は恐ろしい人間とは違うらしい。
故郷に帰りたいけれど、方法が分からず途方に暮れるタビトは、レグルスとふれあい、傷ついた心を癒やされながら共に成長していく。
しかし、珍しい見た目のタビトを狙うものが現れて────?
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる