神獣の花嫁

綾里 ハスミ

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 神雷は、久しぶりの水天との再会に緊張していた。
 確かに、神獣である神雷は時間の経過に疎い。気づけば一月経っていたし、華明が言ってくれなければ十年ぐらい平気で期間を空けてしまっていたかもしれない。

(『人の命は短い』か……)

 千年生きる神獣と、五十年も生きない人とでは生きる時間の長さがあまりにも違う。

(そうだ、早く、彼に私を好きになって貰って、花嫁になって貰わなくては……)

 神獣の花嫁となった人間には、特別の祝福が授けられる。神獣と同じ寿命を得るのだ。そうすれば、二人はずっと一緒にいられる。

(死ぬ時まで水天と共に過ごせる……)

 その甘やかな想像に、神雷はうっとりと目尻を下げた。最近は、意識しなくても表情が顔に浮かぶようになった。神雷の努力は全て、水天の為にある。彼に少しでも『魅力的』だと思って貰う為に、あらゆる努力を厭うつもりは無かった。

(どうやったら、惚れてくれるのだろう……)

 それが今の神雷にとっての最大の悩み事である。



 山につくと、すぐに彼の気配を見つけた。水天の気は、流れる水のように涼やかですぐにわかる。
 木々の間を飛び、彼の背中を見つけるとすぐに地面に下りた。蛇から、人の姿になる。

「水天!」

 声をかけると、彼はこちらに振り向いてジロリと睨んだ。

「……!」

 水天は、視線を逸らして立ち上がり歩いて行ってしまう。 
 初めて人にあからさまに睨まれたので動揺してしまった。それもよりによって水天に。

「ま、待って!」

 神雷は慌てて彼の後を追いかける。歩く練習をしておいて良かった、どうにか水天に追いつく事が出来た。腕を掴むと彼は立ち止まる。しかし、背を向けたままである。

「水天、こちらを向いてくれないか……」

 声をかけても水天は、動いてくれない。神雷は、前に回りこんで水天の顔を見る。彼は、口を引き結び眉を寄せている。これは一般的に、『怒った顔』と言うものだろう。

「水天、なんで君は怒っているんだい……?」

 喋る練習をしておいて良かった。こうして彼に、問いかける事が出来る。
 けれど彼は顔を横に逸らして、答えてくれなかった。目も合わせてくれない。その様子に、だんだん悲しくなって来る。神雷は水天が大好きなのだ。彼に嫌われてしまったら、どうすれば良いかわからない。巨大な滝にでも飛び込んでしまいたい気分だった。

「すまない……君はどうやったら機嫌を直してくれる……君に嫌われると、私は困るんだ……」

 おろおろしながら、彼に許しをこう。すると彼が、チラリと神雷を見る。

「なんで困るんだ」
「それは……君に嫌われると、悲しい気持ちになるから……」

 神雷は水天の腕を少しだけ強く握った。すると水天が、神雷の方を向く。

「俺の方がもっと悲しかったね!」

 大きな声で叫びながら、水天は怒りながら泣いた。その複雑な感情の発露に、神雷は混乱する。

(水天は今、怒っているのか? 悲しんでいるのか?)
「おまえ、帰ってからどれだけ経ったと思ってるんだよ! 二十二日だぞ!!!」
「そ、そんなに経っていたのか……」

 水天がキッと睨んで来る。けれど、涙は相変わらずボロボロこぼれている。

「俺は! おまえが! また会いに来てくれるって言ったから、ずっと待ってたんぞ!! それなのに、なんの連絡も寄越さず、こんなに長い期間会いに来ないなんて!!! 怒って当然だろ!!」

 神雷は会いに来るとは言ったが、いつ会いに来るかは伝えていなかった。それに連絡の一つ送ってもいない。せめて、手紙の一つでも送っておけば良かった。

「すまない水天、私は人とこうして交流するのは初めてだから、わからないんだ、そう言う事が……」

 神雷は追いすがるように水天の腕を引き寄せて見下ろす。水天が目元を赤くして見上げて来る。

「……そうなのか」
「あぁ……本当にすまない……」

 すると水天が、少しもじもじして首を掻き始める。

「は、初めてなら……仕方ないな……」

 どうやら許されたらしい。固かった彼の気配が解けて行くのを感じる。神雷は、水天を引き寄せて抱きしめる。

「すまない水天、次からはもっと頻繁に会いに来る。来られない時は、鳥を送る。だから、どうか私を嫌わないでおくれ」

 水天の小さな体をぎゅっと抱きしめて、つむじにキスをする。すると水天が、神雷の背中に手を回してくれる。

「……なら、許す……」

 水天の耳が赤くなっている事に気づく。本によると、人は感情が高揚すると耳が赤くなるらしい。

(水天の耳はなぜ赤いのだろう。実はまだ怒っているのかな)

 体を離して、水天の顔を間近で覗き込む。すると水天は顔まで真っ赤になった。

「な、なんだよ!」
「水天、本当はまだ怒っているな?」
「いや、怒ってないよ! なんでだ!」
「だって、顔が赤いから……人は怒ると顔が赤くなるんだろう?」

 すると水天の顔はますます赤くなる。

「……そ、そうだよ! まだ、俺は怒ってるんだ」

 神雷はしゅんとする。やはり、そう簡単には許して貰えないらしい。しかし、悪いのは自分である。ここは真摯に、許しを乞うしかない。

「許して水天。ほら、月餅もあるよ」

 華明が持たせてくれた月餅を差し出す。神官の菓子職人の作る月餅は大変美味で、華明はいつも食べるとにっこり笑っていた。

「ふ、ふーん。美味そうじゃん……い、一緒に食べるか」
「本当かい! 嬉しいなぁ」

 岩に座って月餅を食べる間も、水天の顔は赤かった。早く機嫌を直してほしいので、神雷はしきりに手を握ったり抱き寄せたりした。



つづく


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