神獣の花嫁

綾里 ハスミ

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 朝起きてから白蛇の様子を見る。]

「なぁ、ばあちゃん。蛇って、何を食べるのかな」
「そうじゃね。小鳥やネズミ、それから虫なんかば食べるんじゃなかったかね」
「そっか、んじゃ虫でも捕まえて来てみるか」

 森に出て、倒れた大木の幹を剥いで、虫を探した。
 小屋に戻って来て蛇を見る。

「おーい、白蛇。起きてるか」

 白蛇はパチリと目を開ける。綺麗な赤い目をしていた。

「ほら、朝ごはんだぞ」

 うねうねとのたうつ芋虫を差し出す。すると白蛇はポカンとした顔で小さく口を開いた後、慌てて口を閉じてあとずさった。

「なんだ、食べないのか? プリプリして美味しそうだぞ」

 口元に持って行ったが、口を閉じた蛇は頑なに食べる事を拒否し続けた。

「ダメだわ、ばあちゃん」
「ありゃ、困ったね。やっぱり肉がえぇんかね」
「んーちょっと、肉をとって来るわ」
「気いつけて行きんしゃい」

 水天は槍とロープを手に森に出る。夕星は山で長く暮らしていたので、山で暮らす術も沢山知っていた。狩りの方法も彼女から教えて貰った。
 山の中を注意深く見ながら歩き、水天は目当ての物を見つけて立ち止まる。

「巣穴だな……」

 小さな巣穴らしき物がある。周囲を観察すると、離れた場所に小さなコロコロとしたフンが落ちていた。

「これは、うさぎのフンだな。て事は、うさぎの巣穴か」

 巣穴の周囲を更に探す。

「あった、もう一個の出口」

 うさぎは、巣穴の側にもう一個出口がある。ここを塞いでおかないと、逃げられてしまう。
 巣から離れて近くの枯れ草を集める。その草を、一つの巣穴の前に置いた。火打石を使って火をつける。

「よし」

 火打石の使い方も上手くなったものである。
 すぐに、もう一つの巣穴の前に立って槍を構える。勝負は一瞬である。集中して巣穴を見つめる。

「……………………………………………………………………………………………!」

 動く影が見えた瞬間に、槍を突き刺す。

「よしっ」

 水天は捕まえたうさぎを血抜きして、小屋に持って帰った。
 皮を剥いで、内蔵を出し、川で洗ってから、肉を小さく切り分けた。

「ほーら、新鮮な肉だぞ」

 箸で白蛇の口に持って行く。すると、蛇は小さな口を開けて肉を食べ始めた。

「お、食った食った」

 次々肉をやると、白蛇はパクパクと食べた。気づけば、うさぎ肉は全て無くなっていた。

「おまえ……けっこうおおぐらいだな?」

 白蛇の、ぽっこり膨らんだお腹を見て水天は笑った。 


 水天は毎日、白蛇の世話をした。夕星は口を出しても、手は出さなかった。白蛇は神聖なものだから、同じく天からやって来た俺が世話をした方が良いと言う理屈らしい。
 毎日包帯を替えてやり、森でとって来た新鮮な肉を食わせた。そのおかげか、白蛇はみるみる元気になった。五日目にして傷跡は見えなくなった。

「よかったな、白蛇ー」 

 頭を撫でてやると、白蛇は気持ちよさそうに目を細める。

「クルルル……」

 白蛇が、満足そうに空気のかすれた鳴き声で鳴く。

「怪我が治ったんなら、体ば拭いてあげなん」

 夕星が水を入れた桶を側に置く。

「あぁ」

 手ぬぐいを水に浸して濡らし、軽くしぼってから白蛇の胴体を拭いた。鱗の流れに沿って背中から拭いていく。尾の末端まで拭いたら、こんどは裏側を下から拭いていく。お腹を拭いて首元を拭き始めたら、白蛇の体がピタリ止まる。

「ん? 痛かったか?」

 白蛇は口を閉じて固まっている。

「ごめんごめん」

 最後に頭を拭いて終わりにした。

「よし、綺麗になった」

 寝床に置いた白蛇が、しゅるしゅると水天の方にやって来る。

「どうした?」

 白蛇が水天の膝の上に乗って来る。

「お?」

 胸の辺りまで身体をあげた白蛇が目を細めて、チロチロと長い舌を出す。

「へへっ、かわいいな」

 ちょこちょこと指先で頭を撫でてやると、白蛇は気持ちよさそうに目を細める。

「水天は、白蛇様に好かとるごたーなあ。きっと、えぇ事がある」
「ははっ、期待しておこうかな」

 かわいい白蛇を撫でながら、水天は夕星の冗談に笑った。



 白蛇を家に置いて二週間が経った。

「ただいまー……おわっ!」

 足元からしゅるっと着物の中に入って、胴体まで何かが登って来る。着物の襟を開いて中を見たら、腹にまきついた白蛇がこちらを見ていた。

「こらー、ダメだろ着物の中に入っちゃ」

 しかし、チロチロと舌を出した白蛇はピタリと胴体にくっついて離れようとしない。

「まったくもー」

 無理やり出そうとすると、腕に強くまきつくので、白蛇が満足するまで、このままでいるしかなかった。

「おかえり、水天」
「ただいまばあちゃん」
「明日は、山ば下りて町に行くばい。神獣様への、お参りん日やけんね」

 『神獣様』と言うのは、この国の守り神らしい。月に一度、『神獣』の像が飾られている神殿に行ってお参りをするのが、この国の民の義務らしい。

「もう、そんな時期か。なんか、一月が過ぎるの早いなぁ」

 白蛇の世話をしていたせいで、今月は特に早く感じた。

「じゃあ、明日は早起きしないとな」
「市場ん方にも行こうかね、味噌と塩ば買うて帰らな」

 夕星と、慌ただしく明日の準備をした。



 夜中に寝ていると、しゅるしゅると耳慣れた音がした。

(ん……)

 目覚める直前に、唇に何か冷たい物が当たった気がする。

「ん……?」 

 目を開けると、暗い天井が見える。唇を押さえる。
 ふと、白蛇の寝床を見る。白蛇は胴体を綺麗に箱の中に入れて、静かに眠っていた。

(寝ないと……) 

 目を閉じて、再び眠った。



 二人は日も上がらない早朝から起き出して、着替えをした。町に出るのなら、いつものボロ着ではいけない。町用の、綺麗な衣服に着替える。

「うん、あんたにそん色は似合うね」

 夕星は、この服を着るたびに、いつもそう言った。

「ありがとう、ばあちゃん」

 目を細めて笑う彼女は、とても嬉しそうなので、水天はいつもそう答えた。男物のこの服は、おそらく彼女の息子の物なのだろう。

「それじゃ、行って来るな白蛇。日が落ちる前には帰って来るよ」

 白蛇の頭をそっと撫でる。皿に水を入れて、その側に生肉を並べておいた。

「腹が減ったら食べるんだぞ」

 今は、涼しい季節なので肉が腐る心配はないだろう。
 白蛇がチロチロと赤い舌を出して、水天の指を舐める。

「ふふっ、帰って来たらいっぱい頭を撫でてやるよ」

 手を離して立ち上がった。風呂敷布を背負い、編笠をかぶる。

「じゃあ、行って来ます」

 同じ格好をした夕星と共に、小屋を出た。寝床にいた白蛇が、名残惜しそうにじっと見つめて来たので、後ろ髪を引かれる思いで、戸を閉じた。



 四時間程かけて山を下りる。夕星は年寄りだが、山暮らしをしているのでとても足が丈夫で健脚だった。水天は、遅れないように頑張ってついて行った。最初の時は、下りるのだけで半日以上かかり、町で一泊する事になってしまった。そうすると、夕星に金を使わせる事になるので、申し訳なかった。

 ふぅふぅと息を吐いて、無心で山を下りた。
 山から出ると、長い道を歩く。するとしばらくすると、大きな石の門が見えて来る。

「ほら、ついたばい。今日は早う着いたね」

 全く疲れの見えない夕星が笑みを見せる。

「良かった。これなら、ゆっくり町ば見る時間もありそうやなあ」

 白蛇の為にも今日中に帰ってやらなければいけない、と言う一心で山を下りた。
 赤い門の中に入ると、沢山の人々が行き交う姿が見えた。いつも森の中で、夕星とひっそり暮らしているので、いきなりこの人だかりを見ると目が回ってしまう。

「ほら水天、こっちだよ」

 夕星に手を引かれて、町中を歩く。

「きついとやろ、茶屋で少し休もうかね」
「え、いや、良いよ」

 自分の為にお金を使わせるのが申し訳なかった。

「うちもあそこん団子ば食べたかっちゃ。付き合うとくれ」

 夕星に手を引かれて、茶屋に置かれた椅子に座る。

「華茶二つと、串団子ば二つ」
「はい、かしこまりました」

 茶屋の娘が店の中に入って行く。水天は、疲れて強張った足を伸ばす。

「大丈夫かい水天。後で、揉んじゃろうか」
「いや、大丈夫。本当、大丈夫だから。俺の方が、揉んであげるよ!」
「あははは、うちは大丈夫ばい。足腰が丈夫なんだけが取り柄やけんね」

 夕星は陽気に笑った。

「ばってん、あんたはうちん息子んようなもんなんやけん、もっと甘えて良かっちゃん」

 水天はその言葉に頬がぽーっと熱くなって来るのを感じた。

「ありがとうございます……」

 華茶は花の香りがして、串団子は素朴な甘さで美味しかった。

「それじゃ神獣様んところに行こうかね」
「うん」

 立ち上がって、二人はまず寺の外にある井戸の側に行く。周囲に置かれたテントの下で、他の旅人達も体を拭いて身を清めていた。『神獣』は高貴な存在なので、神殿に入る前に不浄な物を落とす必要がある。
 夕星と二人、丁寧に体を拭いた。

 編み笠を脱いで、神殿の門の前に立つ。門に入る前に一礼する。門を通る時には、真ん中を通ってはいけないらしい。そこは『神獣様』の通り道なのだとか。

(日本の神社にも、同じようなマナーがあったよな)

 門の中に入ると、石畳みが長く続いている。遠くに、神獣の像の祀られた建物が見える。寺の敷地内は神聖な場所なので、あまり喋ってはいけないらしい。二人は黙して、建物を目指す。建物にたどり着くと、階段を登って建物の中に入った。大きな神社を彷彿とさせる赤色の建物である。薄暗い建物の奥に、大きな像が飾られていた。およそ、平屋が一軒入りそうなサイズの巨大な像が置かれている。これは、神獣の実物を再現した物らしい。長い胴体をして、鋭い爪の生えた手足を持ち、厳つい顔の龍だった。

 低い柵の前に、お賽銭箱が置かれていた。夕星が、そこに二人分の賽銭を入れる。水天は一文無しなので、お金関係は全て夕星に頼り切りである。
 二人手を合わせて祈りを捧げる。

(と言っても、俺はここで何を祈れば良いのか、よくわかんないんだよな)

 この世界の人間ではない水天にとって、『神獣』と言う存在のありがたみはよくわからないのだった。

(いつか夕星に恩返しができますように)

 ひとまず、そうお願いしておいた。
 それから夕星が祈り終わるまで、あたりを観察した。周囲には、夕星と同じように熱心に祈る人々の姿があった。
 視線を移動させて、像を見る。暗い室内でロウソクにほんのりと照らされた神獣の像は、全貌をしっかり見る事は出来ない。

(大き過ぎるんだよな……まぁ、これだけデカイと畏怖は感じるけど)

 頭があるらしき部分を見る。大木のような、二本の角が見えた。

(白蛇どうしてるかな)

 夕星も、水天もいないので寂しがっているだろう。白蛇は人懐っこい蛇で、水天はすっかり気に入ってしまっていた。夕星も何も言わないので、このままずっと家で飼えれば良いなと思っている。白蛇と見つめあうと、言葉が通じないのに、彼が水天を慕ってくれている事が強く感じられて、幸せな気持ちになった。

 隣で動く気配がする。夕星が合わせていた手を下ろして、礼をする。水天も同じ様に礼をして、建物を出た。門の外に出た後、水天はたまらず口を開いた。

「沢山、人がいたな」

 夕星が後ろを見て、遠くの赤い建物を見る。

「昔は、もっといたんだっちゃん」
「そうなのか?」

 夕星は頷いて、市場の方に歩き始めた。市場で、味噌と塩を買い二人は町を出た。



 日の落ちる前に家に着くように、早足で山を登った。

「つ、ついたー」

 半年間住んで愛着のわいた小屋を見る。

「帰ったらすぐに、夕飯の準備をしよかね」
「手伝うよ」

 編み笠を脱ぎ、小屋の中に入る。

「!」

 白蛇の寝床をすぐに見たのだが、そこに白蛇の姿がない。

「あれ、白蛇どこに行ったんだろう」

 寝床の下を探ったり、棚の後ろを見たり、暗い竈の中も見たが、家中探しても白蛇の姿は無かった。

「お帰りになったんやろうね……」

 白蛇の突然の失踪に、水天は大きな衝撃を受けた。白蛇とは、これからもずっと一緒にいられると思っていたのだ。

「そう、落ち込みなしなしゃんな。これからきっと、良か事があるばい」

 夕星に慰めて貰ってから、夕飯を二人で作って食べた。


つづく
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