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日がな一日、アルビオルとベッドの上で抱き合って、起きたら食事をして、風呂に入り、また抱き合う日々を送っている。なんと自堕落で幸福な日々だろう。王様のアルビオルとこんな、贅沢な時間を過ごせるのはこの先もう無いだろう。そうわかっているので、ジュンは存分にこの時間を楽しんでいる。
今日も遅くまで、アルビオルと抱き合っていた。ベッドの上でアルビオルは寝息をたてている。近くの窓からは月明りが部屋に差し込んでいた。ジュンはベッドから下りて、窓の外へ行く。テラスに出ると、涼しい風が体に触れる。見上げた月は満月だった。この世界に元の世界と同じように、月があるのは不思議だった。けれど、あの月を見ると故郷を思い出して、懐かしい気持ちにもなるのだった。
「ジュン」
遠くで声がした。振り向くと、アルビオルが体を起こしている。ジュンは窓を閉じて、ベッドに戻る。
「夜は、冷えるぞ……」
「ごめん、少し月が見たくて」
アルビオルの隣に座る。するとアルビオルが、ジュンをじっと見て来る。
「ジュンは……時折、寂しそうな顔をするな」
その指摘にドキッとする。
「余と、共にいても不安に思う事があるのか?」
アルビオルが手に触れる。
「……アルビオルと一緒にいると幸せな気持ちになるよ……けど、一つ聞いて欲しい事があるんだ」
こうして結婚するのなら、話しておいた方が良いと思った。
「なんだ?」
「僕はね、別の世界から来たんだ」
アルビオルが目を丸くする。
「からかっているのか?」
「嘘じゃないよ。だから、故郷は遠い国だと言ったんだ」
「しかし……風貌は確かに珍しいが、言動はそんな風に見えない」
「それは、この世界に来ていろいろ勉強したからね。師匠のおかげなんだ」
まさか師匠のタラーが、かつて王宮に仕えていた大魔法師だとは知らなかった。
「この世界に来たばかりの頃は……驚きの連続だったよ。知らない事ばかりだったからね」
ジュンは肩をすくめる。
「けれど、どうにか順応した」
「ふむ……おまえが言うのだから、それは本当なのだろうな……大変だったな」
アルビオルがねぎらうように、手を握る。
「まぁ、どうにかなったさ」
笑みを見せると、彼は困った顔をした。
「故郷に帰りたいのか?」
「それは……どうかな……僕は……」
ジュンはしばらく考える。
「誰か待っている人がいるのか?」
アルビオルは確信を持った顔で尋ね、悲しそうな顔をする。
「待っている人……か……」
ジュンは恋人の将紀の事を思い出した。なんだか自分が、とても遠いところに来てしまった気がした。将紀との事も、何十年も前のように思える。アルビオルの手を握り込む。
「恋人が居たんだ、将紀って名前だ……幼馴染で……まぁ、男だったんだけど、僕がずっと片思いしてて、一七の時に半年間だけ付き合ったんだ」
学校帰りに買い食いをして、他愛無い話しをして帰った光景を思い出す。将紀は紅茶が好きで、よく自動販売機で買っていた。ジュンはそれをいつも、一口だけ貰っていた。
「半年だけ……?」
アルビオルが首を傾げる。
「事故で亡くなったんだ……一七の冬にな……」
アルビオルが目を見開く。
「家が隣同士で、赤ん坊の頃から一緒にいたのに、大事な時は隣に居てやれなかった……」
ジュンの視界が涙で歪む。
「せめて、手を握っていてやりたかった……」
涙がポロリとこぼれた後、アルビオルがジュンを抱きしめる。
「辛かったな、ジュン」
ジュンはアルビオルの肩に顔を埋めて泣いた。ずっとこの話しを、アルビオルにしたかった。自分の人生で大事にしていた人を知って欲しかった。
「この国にもマサキの墓を作ろう。おまえが、祈りを捧げに行けるように……」
「……ありがとう……」
喪失の悲しみは、時間をかけて癒えるのを待つしかないのだと、以前何かの本で読んだ。ジュンは、十年かけてようやくマサキの死を受け入れられた。
つづく
日がな一日、アルビオルとベッドの上で抱き合って、起きたら食事をして、風呂に入り、また抱き合う日々を送っている。なんと自堕落で幸福な日々だろう。王様のアルビオルとこんな、贅沢な時間を過ごせるのはこの先もう無いだろう。そうわかっているので、ジュンは存分にこの時間を楽しんでいる。
今日も遅くまで、アルビオルと抱き合っていた。ベッドの上でアルビオルは寝息をたてている。近くの窓からは月明りが部屋に差し込んでいた。ジュンはベッドから下りて、窓の外へ行く。テラスに出ると、涼しい風が体に触れる。見上げた月は満月だった。この世界に元の世界と同じように、月があるのは不思議だった。けれど、あの月を見ると故郷を思い出して、懐かしい気持ちにもなるのだった。
「ジュン」
遠くで声がした。振り向くと、アルビオルが体を起こしている。ジュンは窓を閉じて、ベッドに戻る。
「夜は、冷えるぞ……」
「ごめん、少し月が見たくて」
アルビオルの隣に座る。するとアルビオルが、ジュンをじっと見て来る。
「ジュンは……時折、寂しそうな顔をするな」
その指摘にドキッとする。
「余と、共にいても不安に思う事があるのか?」
アルビオルが手に触れる。
「……アルビオルと一緒にいると幸せな気持ちになるよ……けど、一つ聞いて欲しい事があるんだ」
こうして結婚するのなら、話しておいた方が良いと思った。
「なんだ?」
「僕はね、別の世界から来たんだ」
アルビオルが目を丸くする。
「からかっているのか?」
「嘘じゃないよ。だから、故郷は遠い国だと言ったんだ」
「しかし……風貌は確かに珍しいが、言動はそんな風に見えない」
「それは、この世界に来ていろいろ勉強したからね。師匠のおかげなんだ」
まさか師匠のタラーが、かつて王宮に仕えていた大魔法師だとは知らなかった。
「この世界に来たばかりの頃は……驚きの連続だったよ。知らない事ばかりだったからね」
ジュンは肩をすくめる。
「けれど、どうにか順応した」
「ふむ……おまえが言うのだから、それは本当なのだろうな……大変だったな」
アルビオルがねぎらうように、手を握る。
「まぁ、どうにかなったさ」
笑みを見せると、彼は困った顔をした。
「故郷に帰りたいのか?」
「それは……どうかな……僕は……」
ジュンはしばらく考える。
「誰か待っている人がいるのか?」
アルビオルは確信を持った顔で尋ね、悲しそうな顔をする。
「待っている人……か……」
ジュンは恋人の将紀の事を思い出した。なんだか自分が、とても遠いところに来てしまった気がした。将紀との事も、何十年も前のように思える。アルビオルの手を握り込む。
「恋人が居たんだ、将紀って名前だ……幼馴染で……まぁ、男だったんだけど、僕がずっと片思いしてて、一七の時に半年間だけ付き合ったんだ」
学校帰りに買い食いをして、他愛無い話しをして帰った光景を思い出す。将紀は紅茶が好きで、よく自動販売機で買っていた。ジュンはそれをいつも、一口だけ貰っていた。
「半年だけ……?」
アルビオルが首を傾げる。
「事故で亡くなったんだ……一七の冬にな……」
アルビオルが目を見開く。
「家が隣同士で、赤ん坊の頃から一緒にいたのに、大事な時は隣に居てやれなかった……」
ジュンの視界が涙で歪む。
「せめて、手を握っていてやりたかった……」
涙がポロリとこぼれた後、アルビオルがジュンを抱きしめる。
「辛かったな、ジュン」
ジュンはアルビオルの肩に顔を埋めて泣いた。ずっとこの話しを、アルビオルにしたかった。自分の人生で大事にしていた人を知って欲しかった。
「この国にもマサキの墓を作ろう。おまえが、祈りを捧げに行けるように……」
「……ありがとう……」
喪失の悲しみは、時間をかけて癒えるのを待つしかないのだと、以前何かの本で読んだ。ジュンは、十年かけてようやくマサキの死を受け入れられた。
つづく
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