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王様の診察が終わって、足早に城の外を目指していると、再び声をかけられて驚いた。
「あの……」
今度は男の声で、振り向けば城の兵士のようだった。
(側室の使いかな……?)
「先生は、アレを診てくれる先生なんですよね……?」
兵士が声を潜めて尋ねて来る。兵士は、辺りに人がいない事をしきり気にしている。
「裏通りで有名な先生だから、俺すぐにわかりましたよ……! まさか、こんな場所で先生に会えるなんて!」
どうやら、店を知っている人のようだった。
「あの……、僕が王宮に通っている事は、秘密にして貰えますか……?」
「あぁ、それは! そうですよね! まさか陛下が、そちらの治療をしているなんて知れたら、大変な事になりますからね!」
「そうです……」
「あ、あの、内緒にしておくので、その代わり俺の相談にのって貰えませんか……? ……アレの事で……」
どうやら、この兵士は自分の下半身の悩みを相談したいらしい。
(口封じの為に仕方ないか……)
宰相には、不必要に城に長く滞在するなと言われていた。けれど、これは仕方のない事だろう。
「わかりました、良いですよ。どこか使える部屋はありますか?」
「兵士用の仮眠室があります! 個部屋ですから、他に人もいません!」
「では、そこで診察しましょう」
兵士に来た事の無い区画に連れて来られた。兵士達が寝泊まりする個室がずらりと並んでいて、中に入ると部屋はとても狭かった。ベッドか一つと、小さな机が置かれている。
兵士がヘルメットを脱いで、ベッドに座る。
「あの、自分は三一で妻がいるのですが。どうしても、子を作る事が出来ないんです」
「奥さんとの仲は良好ですか?」
「え、えぇ。妻はとても優しく、夫婦仲は良い方だと思います」
彼が近づいて来た時から感じていた事を尋ねて見る。
「もしかして喫煙をよくされますか?」
彼から漂う甘く苦い香りは、水タバコ特有の香りだった。水タバコは、ニコチンの葉を甘いシロップで漬けて吸うので、甘みの強い香りがする。
「はい」
「ちなみにどのくらい」
「最近は一時間に一回くらいですね」
タバコの害と言うのは、この世界ではまだあまり普及していない。みんな嗜好品の一つとして楽しんでいる。
「……水タバコは体に害があるので、頻繁な喫煙は推奨しません。不健康になると、それが原因で勃ち辛くもなるので」
男は口を押さえる。
「そうなんですね……タバコは体に良い物だと思っていました」
そう、タバコは一種の漢方薬的な扱いをされている。だから、むしろみんな積極的に吸っていた。売る為の文句に過ぎないのだが。
「タバコで健康は得られませんよ。健康の為に禁煙をおすすめします。禁断症状がきつい時は、キャンディを舐めると良いかもしれません。十秒我慢できれば、一応欲求は落ち着くと思うので」
「わ、わかりました……!」
「では横になってください、治療を行います」
「はい」
男は鎧を脱いで机に置き、ベッドの上に横になる。
ジュンは、鞄からタオルを出して男の腰に置く。右手に微弱な魔力を流して、男の腰を撫でる。
「……おあぁ……」
男は気持ちよさそうに声を出す。患者の話ではジュンの手で腰を撫でられるのは、大変心地良いらしい。回復魔法も一緒にかけているので、疲労回復・腰痛改善等の効果もある。
「質問があるのですが、良いでしょうか?」
「あ、はい、どうぞ」
「……王の側室と言うのは、沢山いるんですか?」
王宮の事に、ジュンは疎かった。
「そうですね。王には側室が沢山いらっしゃいます。えっと……、ざっと三十人程でしょうか」
「そんなに!」
一クラス分とも言える人数だった。
「イネス = バケーロさんも、側室の一人なのですか?」
「えぇ、そうです。軍務大臣のバケーロ家の娘さんですね」
「軍務大臣……。もしや、他の娘さん達も位の高い方ばかりなんですか……?」
「王様の側室ですからね。そりゃもちろん、身分の高い方ばかりですよ。この国の貴族だけでなく、隣国からこの国にいらっしゃった娘さんもいらっしゃいますよ」
「ちなみに、側室同士の仲は良いのでしょうか」
「とんでもない。表面上は笑っていても、腹の中では常に相手を蹴落とそうと策略を巡らせているのが王宮と言うものですよ。側室達は特にそうです。なにしろ、王の子を産めば正妻となり、妃となる事が出来るんですから」
「では、以前から側室同士の争いは頻繁にあったと言う事でしょうか」
「以前どころか、今もですよ。嫌気がさしたのか王様は、側室を部屋に入れなくなってしまいましたがね」
王が側室を避けている事は、王宮では有名なようだった。
「王が側室を部屋に入れなくなる前に、何か大きな事件はありましたか?」
「えぇ! もちろん、ありましたよ! あれはちょっとした騒ぎになっていましたから!」
兵士が嬉々として、話をしてくれる。
「先程おっしゃったイネス = バケーロが、サバティーニ家の侯爵の娘デイジーに嫉妬して、陛下の部屋に乱入した事があるんです。イネス様いわく、王様はデイジーばかり可愛がっていると言うわけですよ。しかしデイジーに言わせれば、ずっとイネスが邪魔して自分の番が回って来なかったと言い張る。二人は王様の前でキャンキャンと喧嘩を続け、結果怒った王様に部屋から締め出されてしまったんです。それからですね、王様が側室を部屋に入れなくなったのは」
聞いているだけで胃が痛くなって来る。二年前と言えば、アルビオルはまだ一五才である。その年で、女性達の醜い争いを見せられて嫌気がさしてしまったのだろう。
「側室達は、確かに身分は高いのですが、それにしても城内での態度が横柄過ぎるんですよ。おかげで、城務めをしている者達には嫌われています。あの中から未来の妃が選ばれるのかと思うと、ぞっとしますよ」
「どうしてそう、性格に難のある方ばかり集められたのでしょうか……」
「いえいえ、もちろん性格の良い方もいらっしゃったんですよ? ですが、あの魔窟で過ごすには優し過ぎたんです……皆、心を弱らせて家に帰って行きました……」
昔、少し見た大奥のドラマを思い出して、ジュンは眉間に皺を寄せた。
「大変、為になるお話をありがとうございます」
「いえいえ」
ジュンは一五分程、男の腰をマッサージした。彼もまだ仕事があるだろうし、勃起しては困るだろうと思って、主に疲労の回復をメインで行った。疲労を回復するだけで、とたんに下半身が元気を取り戻す患者もいる。
「治療は終わりましたよ」
男がベッドから起き上がる。
「おぉ、こりゃ凄い。腰が軽いや」
「治療は何度も行った方が効果は高まります。また私が城に来た時に、声をかけてください」
「へへっ、ありがとうごいます。それで、お代の方は……」
「お代は結構です。その代わり、私は王宮の事をよく知らないので、教えていただければ嬉しいです」
「そのくらい、お安いご用ですよ」
男は満面の笑みを浮かべた。大臣はどうも伏せている話が多く信用がならない。今後の為にも、情報は自分で探った方が良さそうだった。
つづく
王様の診察が終わって、足早に城の外を目指していると、再び声をかけられて驚いた。
「あの……」
今度は男の声で、振り向けば城の兵士のようだった。
(側室の使いかな……?)
「先生は、アレを診てくれる先生なんですよね……?」
兵士が声を潜めて尋ねて来る。兵士は、辺りに人がいない事をしきり気にしている。
「裏通りで有名な先生だから、俺すぐにわかりましたよ……! まさか、こんな場所で先生に会えるなんて!」
どうやら、店を知っている人のようだった。
「あの……、僕が王宮に通っている事は、秘密にして貰えますか……?」
「あぁ、それは! そうですよね! まさか陛下が、そちらの治療をしているなんて知れたら、大変な事になりますからね!」
「そうです……」
「あ、あの、内緒にしておくので、その代わり俺の相談にのって貰えませんか……? ……アレの事で……」
どうやら、この兵士は自分の下半身の悩みを相談したいらしい。
(口封じの為に仕方ないか……)
宰相には、不必要に城に長く滞在するなと言われていた。けれど、これは仕方のない事だろう。
「わかりました、良いですよ。どこか使える部屋はありますか?」
「兵士用の仮眠室があります! 個部屋ですから、他に人もいません!」
「では、そこで診察しましょう」
兵士に来た事の無い区画に連れて来られた。兵士達が寝泊まりする個室がずらりと並んでいて、中に入ると部屋はとても狭かった。ベッドか一つと、小さな机が置かれている。
兵士がヘルメットを脱いで、ベッドに座る。
「あの、自分は三一で妻がいるのですが。どうしても、子を作る事が出来ないんです」
「奥さんとの仲は良好ですか?」
「え、えぇ。妻はとても優しく、夫婦仲は良い方だと思います」
彼が近づいて来た時から感じていた事を尋ねて見る。
「もしかして喫煙をよくされますか?」
彼から漂う甘く苦い香りは、水タバコ特有の香りだった。水タバコは、ニコチンの葉を甘いシロップで漬けて吸うので、甘みの強い香りがする。
「はい」
「ちなみにどのくらい」
「最近は一時間に一回くらいですね」
タバコの害と言うのは、この世界ではまだあまり普及していない。みんな嗜好品の一つとして楽しんでいる。
「……水タバコは体に害があるので、頻繁な喫煙は推奨しません。不健康になると、それが原因で勃ち辛くもなるので」
男は口を押さえる。
「そうなんですね……タバコは体に良い物だと思っていました」
そう、タバコは一種の漢方薬的な扱いをされている。だから、むしろみんな積極的に吸っていた。売る為の文句に過ぎないのだが。
「タバコで健康は得られませんよ。健康の為に禁煙をおすすめします。禁断症状がきつい時は、キャンディを舐めると良いかもしれません。十秒我慢できれば、一応欲求は落ち着くと思うので」
「わ、わかりました……!」
「では横になってください、治療を行います」
「はい」
男は鎧を脱いで机に置き、ベッドの上に横になる。
ジュンは、鞄からタオルを出して男の腰に置く。右手に微弱な魔力を流して、男の腰を撫でる。
「……おあぁ……」
男は気持ちよさそうに声を出す。患者の話ではジュンの手で腰を撫でられるのは、大変心地良いらしい。回復魔法も一緒にかけているので、疲労回復・腰痛改善等の効果もある。
「質問があるのですが、良いでしょうか?」
「あ、はい、どうぞ」
「……王の側室と言うのは、沢山いるんですか?」
王宮の事に、ジュンは疎かった。
「そうですね。王には側室が沢山いらっしゃいます。えっと……、ざっと三十人程でしょうか」
「そんなに!」
一クラス分とも言える人数だった。
「イネス = バケーロさんも、側室の一人なのですか?」
「えぇ、そうです。軍務大臣のバケーロ家の娘さんですね」
「軍務大臣……。もしや、他の娘さん達も位の高い方ばかりなんですか……?」
「王様の側室ですからね。そりゃもちろん、身分の高い方ばかりですよ。この国の貴族だけでなく、隣国からこの国にいらっしゃった娘さんもいらっしゃいますよ」
「ちなみに、側室同士の仲は良いのでしょうか」
「とんでもない。表面上は笑っていても、腹の中では常に相手を蹴落とそうと策略を巡らせているのが王宮と言うものですよ。側室達は特にそうです。なにしろ、王の子を産めば正妻となり、妃となる事が出来るんですから」
「では、以前から側室同士の争いは頻繁にあったと言う事でしょうか」
「以前どころか、今もですよ。嫌気がさしたのか王様は、側室を部屋に入れなくなってしまいましたがね」
王が側室を避けている事は、王宮では有名なようだった。
「王が側室を部屋に入れなくなる前に、何か大きな事件はありましたか?」
「えぇ! もちろん、ありましたよ! あれはちょっとした騒ぎになっていましたから!」
兵士が嬉々として、話をしてくれる。
「先程おっしゃったイネス = バケーロが、サバティーニ家の侯爵の娘デイジーに嫉妬して、陛下の部屋に乱入した事があるんです。イネス様いわく、王様はデイジーばかり可愛がっていると言うわけですよ。しかしデイジーに言わせれば、ずっとイネスが邪魔して自分の番が回って来なかったと言い張る。二人は王様の前でキャンキャンと喧嘩を続け、結果怒った王様に部屋から締め出されてしまったんです。それからですね、王様が側室を部屋に入れなくなったのは」
聞いているだけで胃が痛くなって来る。二年前と言えば、アルビオルはまだ一五才である。その年で、女性達の醜い争いを見せられて嫌気がさしてしまったのだろう。
「側室達は、確かに身分は高いのですが、それにしても城内での態度が横柄過ぎるんですよ。おかげで、城務めをしている者達には嫌われています。あの中から未来の妃が選ばれるのかと思うと、ぞっとしますよ」
「どうしてそう、性格に難のある方ばかり集められたのでしょうか……」
「いえいえ、もちろん性格の良い方もいらっしゃったんですよ? ですが、あの魔窟で過ごすには優し過ぎたんです……皆、心を弱らせて家に帰って行きました……」
昔、少し見た大奥のドラマを思い出して、ジュンは眉間に皺を寄せた。
「大変、為になるお話をありがとうございます」
「いえいえ」
ジュンは一五分程、男の腰をマッサージした。彼もまだ仕事があるだろうし、勃起しては困るだろうと思って、主に疲労の回復をメインで行った。疲労を回復するだけで、とたんに下半身が元気を取り戻す患者もいる。
「治療は終わりましたよ」
男がベッドから起き上がる。
「おぉ、こりゃ凄い。腰が軽いや」
「治療は何度も行った方が効果は高まります。また私が城に来た時に、声をかけてください」
「へへっ、ありがとうごいます。それで、お代の方は……」
「お代は結構です。その代わり、私は王宮の事をよく知らないので、教えていただければ嬉しいです」
「そのくらい、お安いご用ですよ」
男は満面の笑みを浮かべた。大臣はどうも伏せている話が多く信用がならない。今後の為にも、情報は自分で探った方が良さそうだった。
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