『回復魔法店ジュン~主に男の下半身のお悩みを解決します~』

綾里 ハスミ

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 後日、宰相ときちんと契約書を交わした後、夜に王宮に呼び出された。もちろん、王様の治療の為である。
(……行こう)
 さながら、絞首台に登る罪人のような気持ちだった。なんの罪も犯していないと言うのに。
 秘密の診察なので、フードを着て行った。診察鞄を持って、門を潜り、兵士の案内に着いて行く。王宮に入るのはもちろん初めてである。廊下は広く、柱や天井にまで装飾が施されている。廊下の向こうに見える庭には噴水があり、植えられた花も含めて白色で統一されていた。雑然とした外の町並みに比べて、王宮の中は別世界のようだった。ただしそんな景色も、今は楽しむ余裕が無い。今はとにかく、無事に仕事を終え生きて帰る事だけが目標である。
「こちらです」
 ジュンは立ち止まる。やって来た部屋には、一際大きな扉がある。
「どうぞ……」
 兵士が頭を下げて、ジュンに入るよう促す。
 深く息を吸って吐き、覚悟を決める。
「失礼します」
 ジュンはコバルトブルーの扉を開いて中に入る。カランカランカランと、小気味良い音が鳴る。しかし、部屋の中央のベッドの上にいる人物は大判の本を見たままこちらを見ない。そもそも部屋が広く、ベッドまで遠い。この部屋だけで、平屋の一軒家相当の広さがある。寝室と言うには広すぎる。遠くの窓が開いて、白いカーテンが揺れている。
 王様を目の前にして、ジュンの心臓が緊張で早鐘のように鳴る。
 ジュンはベッドまで歩いて、立ち止まった。膝を折って、俯く。
「……回復師のジュンです。陛下を治療しに参りました」
 許可を貰うまで顔を上げる事は出来ない。粗相をすれば、即首が無くなる。この世界は身分制度がしっかりしていて、下の者が上の者に逆らう事はけして許されない。
 本を閉じる音がする。視線を感じる。
「顔をあげろ」
 言われて、顔をあげる。すると王様と目線が合う。
 思ったより幼い容姿に、驚く。遠目に見た事があったが、こんなに幼かったのか。
「異国の人間か」
「はい」
「どこの出身だ」
「ニホンです」
「聞いた事が無いな」
「とても遠い国です……」
 この世界はまだ世界地図と言う物が無かった。遠くの海へ渡る手段が確立されていない。なので知らない国から来たと言っても、一応納得させられる。
「ほぉ……」
 この国では白い肌、黒髪、黒目は珍しい容姿だった。王様は褐色の肌に、白い髪に、琥珀色の瞳をしている。年は確か一七才だったはずだ。
「余の治療に来たと言ったな」
「はい……」
「治せるのか?」
「か、必ず治せると言う保証はありません」
 ジュンが受け持った患者でも、治せなかった患者はいる。
「ふむ……謙虚だな。今まで余を診て来た者達は、『必ず治してみせる』と豪語していたぞ」
 それは本当に自信があるのか、ペテン師なのかのどちらかだろう。
 王様が本を横に置く。
「よかろう、治療をしてみるが良い」
「はい……」
 鞄を床に置いて開く。
「ただし、今夜すぐに効果を感じなければ、次は来なくても良い」
 ジュンは固まった。それはつまり、今日成果を出さなければ首と言う事である。しかしジュンは宰相に、少なくとも三ヶ月間治療を行う事を約束させられていた。もしもその期間より早く王様が治療を断ればジュンの店は潰される。更に、三ヶ月経っても全く成果が出なくても店は潰される。
(こんな酷い条件があるだろうか……)
 紙切れ一枚で守られた命の保証だって、本当に有効なのか怪しいところである。とにかくジュンが生き残るには、何がなんでも三ヶ月治療を行って、きちんと成果を出すしか無い。命が助かっても、店を潰されれば生活の糧が無くなってしまうのだ。師匠のタラーも、もう年なので今更世話になる事は出来ない。
(もう、やるしかない!)
 内心、怒りを抱えながら鞄の中から治療に使う道具を取り出した。
「承りました。では今夜、きちんと成果を出せるよう努力します」
 二年間の接客で慣れた営業スマイルを浮かべて、ジュンは王を見る。
 琥珀色の瞳は、一切の期待を抱かない眼をしていた。

 王様……アルビオルをうつ伏せにして、まず肩を揉む。
「……下半身の治療では無いのか」
 枕に顔を埋めたアルビオルが、聞いて来る。
「えぇ、ですがまずは緊張をほぐさないと」
 そう、勃起不全とは繊細な病気なのである。特に精神的な問題で勃たない患者は、まずお互いに信頼関係を築く必要がある。その為に、まず全身のマッサージを行う。全身を気持ちよくマッサージする事で、緊張を解し、多少こちらが触れる事に慣れて貰うのだ。部屋には、リラックス効果のあるお香も焚いている。全身を二十分程揉むと、アルビオルの強張っていた体から少しずつ力が抜けていく。
(よし)
 全身のマッサージを止めて、今度は腰にタオルを敷く。服は薄い夜着を着せたままにしている。服を脱がせた事を羞恥して、勃たない者も居るのだ。特に彼の場合、年若いので一際繊細な精神をしているだろう。
 タオルの上からゆっくりと腰を擦る。枕に顔を埋めたアルビオルは浅く息をしている。
 前もって書いて貰った問診票を見た限りでは、健康面に特に問題は無さそうだった。ならば、原因は精神面にあるのだろう。
 魔力を滲ませた手で、ゆっくりと優しく、労るように腰を撫でる。これは回復魔術なので、患者自身の免疫力も上げる効果がある。もしも健康面に問題があったとしても、この治療を繰り返せば少しずつ改善が見られた。
 アルビオルが大きく息を吸って吐く。おそらく気持ちが良いのだろう。一回目としては、まずまずの成果である。しかし、今日はこれだけでは終われない。弱い魔力で腰を十分程撫でたた後に、今度は魔力の量を少しずつ増やしながら撫でる。
「……っ………」
 ジュンの回復魔法には、勃起効果がある。流す魔力量を増やせば、その効果は更に大きくなる。いくら勃起不全の男でも、ジュンの濃い魔力を長時間受け続ければ自然と勃ってしまう。
「はぁ……」
 アルビオルは顔を枕に押し付けているので、表情を伺い知る事は出来ない。しかし、最初と違って両手で枕をぎゅっと握っている事から、彼の体に変化が起きている事はわかった。ジュンの魔力を数値で表すと最大が五とすると、現在は四である。いくら勃起不全と言っても、若いアルビオルならもう覿面の効果が出ているところだろう。背中を向けた彼の後ろ髪は長く、荒く息をする度に、結われた三編みが揺れる。うなじにうっすらと汗が見える。
「……アルビオル様……女性の方を呼びましょうか……」
 彼には、既に側室の女性達が何人も居た。もしも、治療で勃って、王が望めば女性を部屋に呼ぶように言われている。
 しかし、アルビオルは小さく首を横に振る。
「ですが……」
 もしや勃起していないのかと不安になる。再び腰に触れようとして、彼が口を開く。
「貴様が処理しろ」
 思わぬ言葉に固まる。
 ジュンは確かに勃起不全を治療する回復師だが、勃った後の男の相手などやった事が無い。ジュンが相手をしなくても、店で治療した男達は、意気揚々と外にある店に行くからである。
「早くしろ」
 切羽詰まった声で命令されて、ジュンは慌てて彼の下半身の下に手を突っ込んだ。
(うわっ、どうしよう)
 焦りつつ、アルビオルの腰を少し持ち上げて、ズボンの中に手を入れる。自分の手に、柔らかくも固いモノが触れる。
(あっ)
 男の象徴である。立派に勃起したそれは、パンパンに腫れて固くなっている。
(わぁ!!!! やりすぎた!!!!)
 爆発寸前のそれを、細心の注意を払って優しく手で包みこみそっと撫でる。
「っ!!!!」
 それだけでアルビオルは逝ってしまった。手の中に、液体がかかるのがわかる。射精は長く続いた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 強烈な射精感を味わったらしいアルビオルは荒く息をする。ジュンは、だんだん自分の顔から血の気が引いて来るのを感じた。成果を出さなければと思い、魔力をたっぷり注ぎ込んだのだが、やり過ぎて怒られる可能性を考えていなかった。
(せめて、三ぐらいで止めておけばよかった……)
 ズボンの中からそっと右手を引き抜く。ポケットから出した小瓶に右手に溜まった精液を入れる。これは、きちんと仕事をした証として宰相に見せるように指示された物である。コルクの蓋を締めてポケットに入れる。ベッドの上には、うつ伏せになって荒く息をする王様が居る。
(やばい、やっぱコレ不敬罪で訴えられるかな……)
 女性を呼ぶ暇も無い程、急激に下半身を追い詰めてしまった。しかも、男のジュンが処理までしてしまった。
 これから先の事を思うと頭が真っ白になってしまう。
「……おい」
 呆然としていたら、王様に声をかけられた。
「汗をかいた、湯を持って来い」
 うつ伏せのまま振り向いて、言われる。
「か、かしこまりました」
 ジュンは慌ててベッドから下りる。ドアの外で待機していた兵士に湯を持って来るように頼んだ。すると、すぐに召使の男達が湯を運んで来た。男達が入ろうとすると、王様が怒ってジュンだけ入るように言った。
 お湯の入ったタライを床に置いて、ジュンは眉尻を下げる。
(ど、どうすれば……)
「何をしている、早く拭け」
(あ、やっぱりそうなんですね……)
 ジュンはタオルをお湯で濡らして絞り、恐る恐るアルビオルの体を拭いた。服から見えたところだけを拭いているので、大した面積は無いので、すぐに拭き終わった。
 アルビオルが仰向けになって、目を閉じる。
「余は寝る。ご苦労だった、次も来るが良い」
 それきり王様は黙ってしまう。
 『次も来るが良い』と言われたと言う事は、彼にひとまず認められたようだった。
 ジュンはほっとしつつ、診察バッグを手に部屋の外に出た。

 宰相に今日の成果である、白い液体の入った小瓶を見せてから帰った。どうにか牢屋に入れられる事も無く無事に城から出られた。
『次も来るが良い』
「続けて治療しろって事だよね……はぁ……」
 上手くいった事に安心しつつ、重くため息をついた。


つづく

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