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1話 王命?

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 サロンで母とお茶を飲んでいたら、父が執務室まで来いと呼んでいると、執事のレナードに言われた。どうせろくな話ではない気がする。

 めんどくさいと思いながらカップを置き立ちあがった。

 階段を上り、廊下を進むと執務室がある。私は扉をノックした。


―コンコン


「ディートリントです」

「入れ」

 扉を開き中に入る。

「ディー、こちらに」

 父は私にデスクの前に来るように促す。

 私が前に立つとデスクの引き出しから絵姿を取り出した。

「王命による縁談だ。断れんぞ。陛下がお前にどうかとおっしゃってな。どちらも二度目なのでそんなに長い婚約期間もいらんだろう」

 父はそう言うと私に絵姿を見せた。断れないのならどうかと思うもなにもないものだ。

 私は手渡された絵姿を見た。大柄そうだ。筋肉隆々なゴリマッチョだとわかる。顔は身体に不似合いな綺麗な顔だがキツい顔だな。まぁ悪くはない。

「子供がふたりいる。だからお前は別に産まんでもいいからな」

 父は険しい表情でそんなこと言う。

「元の奥様は?」

「逃げたらしい」

「逃げた?」

「なんでも真実の愛を見つけたとかで平民の男と逃げたそうだ」

「子供を置いて?」

「真実の愛だから仕方なかったのだろう」

 父は軽蔑しているようにふんと鼻を鳴らした。 

 子供を置いて家も捨て、男と出て行ったのか。真実の愛って凄いなぁ。

「当時はかなり噂になったようだが、お前、知らんかったのか?」

 あ~、あの“真実の愛“の人か、確か女性は辺境伯夫人、相手の男性は平民だったわね。ひとめ会って恋に落ち、家も子供も全て捨て二人で逃げたって……。

「残された夫が後妻を探しておるのだが、なかなか見つからんらしい。子供もいるし、見た目もキツく冷たそうだし、身体も大きく威圧感がなぁ……。しかも無口だ。それでなかなか決まらんらしい。お前に縁談を持ってくるくらいだ、余程困っているのだろう」

 酷い言われ方だ。

「お父様はお相手の方をご存知なのですか?」

 父は頷く。

「あぁ、陛下のはとこの子息だから、うちとも親戚になる。陛下が辺境の地に行かれた時について行き、会った」

「どんな印象でした?」

 父は手を顎に当て上を見た。思い出しているのだろう。

「まだ、子供であったが、身体が大きく、顔は綺麗だったが目つきが鋭どかったな。挨拶はきちんとしていたが、冷たい印象だ。あれは水や氷属性の魔法を使うのかもしれん」

 ブルブルと震えるような格好をし、話を続けた。

「とりあえず一度会ってほしいと向こうが言ってきている。来週王宮に用があり、王都に出てくるそうだ。王宮で顔合わせをすると陛下がお決めになった」

 お決めになったって。まぁ王命だしね。

 う~ん。どうしたものか。まぁ、とりあえず会わなきゃ仕方ないだろうな。王命だしね。私はため息をついた。


 私は去年、政略結婚で同じ爵位を持つ家の嫡男と結婚した。

 一目惚れで是非結婚してほしいと毎日うちに通い、懇願され、父がそこまで思うならと言い、結婚することになった。
 
 しかし、その男には好いた女がいた。相手は平民なので結婚できない。とりあえず私と結婚し、お飾りの妻として女主人の仕事をさせ、時期を見て離縁する。再婚だと平民でも結婚出来ないことはない。親がうるさいから、おとなしそうで逆らわなさそうな私ならちょうどいいとそれを隠して結婚したという。

 初夜にお約束の「君を愛することはない」発言とともに、上から偉そうに私に告げたのだ。

「私もあなたのような嘘つきを愛することなどありません。そんなことは婚姻する前に聞きたかったですわ!」

 私は結婚したばかりの夫をぶん殴り、義両親に夫に言われたことや平民の恋人のことを暴露し、離縁宣言をして家に戻った。

 父に怒られるかと思ったが、父は婚家に乗り込み「婚姻前から愛人がいて、それを隠して結婚し、お飾りの妻としてこき使い、時が来たら離縁し、その愛人と結婚するつもりとは笑止千万、そちらの有償で離縁させていただく!」と宣言した。

 夫が私に殴られたと父に訴えたそうだが「それくらいで済んで良かったな。娘が本気を出したら生きてはおらんだろう」と言い、父の高笑いの声が屋敷中に響いたらしい。

 我が家はこのフォルトナー王国建国以来の武門の家だ。

 代々宮廷騎士団を率い、国王陛下をお守りしている。我が家門は女でも小さい頃から鍛えられる。

 私は見た目は小柄で儚げなのだが、下手な男よりはずっと強い。しかも一本気で勝気だ。男に産まれていれば良かったのにと父や祖父に何度言われたことかわからない。

 確かに出戻りではあるが、たった1日だけの結婚生活だったので、まだ乙女である。しかし、戸籍上はバツがついた。

 もう、良い縁談は来ないと父は嘆いていたが、元々結婚などしたくなかったからちょうどいい。これからは魔法騎士としてどこかの令嬢の護衛騎士にでもなって一人で生きていけばいい。

 それに元夫の家から慰謝料もいただいた。元夫がいくら私に殴られたと言っても、私は見た目が弱々しいし、普段は猫を被っているので、誰もあの男のいうことなんか信用しないはず。
 反対にまあまり評判がよろしくなかった元夫から私が殴られたなんて噂もあるという。

 今では私は酷い男と婚姻させられ、虐げられた可哀想な令嬢というポジションらしい。
 父がきっと噂を流させたのだと思う。

 離縁後、予想に反して何件か結婚の打診があったみたいだが、私が元夫に騙されて婚姻したことにショックを受け、今はそんな状態ではないと全て断ったようだ。

 私は元気溌剌。毎日鍛錬に励んでいるのに。

 父と仲が良い陛下は私の真の姿を知っている。知っていて頼むのであれば、猫を被らなくてもいい相手ということか?

「陛下からの頼みだ。王命だぞ。断れないからな」

「わかってます。それで、そのゴリマッチョは私でよろしいのかしら?」

「さぁ。向こうも王命で断れないのではないか? お前の性格を知ったら断りたいだろうな」

 父はため息をつく。

「辺境伯ということは辺境の地で住むのですわね?」

「ああそうだ。他国の侵略や魔獣の脅威もある」

「それでなかなか後添いが決まらなかったのですか?」

 確かに、そんな場所に嫁ぎたくはないだろう。令嬢は王都が好きだもの。

「まぁそんなところだろうな。誰も可愛い娘をそんな危ないところにはやりたくない」

 私は可愛い娘じゃないのか? 父は睨む私にバツが悪そうな顔をして話を続けた。

「逃げた元夫人は家臣の娘で辺境に慣れているから問題ないと思ったそうだ。その真実の愛の相手が現れるとまではそれなりに上手くいっていたらしい。お前なら辺境の地は逆にうれしいのではないかと陛下が仰って、今回の縁組となったのだ」

 さすが陛下よくわかっていらっしゃる。たとえ輿入れがダメだとしても、魔法騎士として楽しく過ごせそうだ。父は私の気持ちがわかったようで、呆れたモノをみるような目で私を見た。

「では、顔合わせは来週だからな」

 父は言うだけ言うと私を部屋から追い出した。
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