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1話 一度目の終わり

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「ルナベル! お前との婚約は今ここで破棄する!」

 テオドール殿下の声がホールに響き渡ると、卒業パーティーに集まった人達のざわめきが水を打ったように静かになった。

 テオドール殿下は壇上から私を見下ろしている。

 今日は、三年間通った貴族学校の卒業式だ。16歳から3年間、この国の貴族の子供達は皆、この学校に通うことが義務付けられている。

 学校はプレ社交界。3年の間に貴族としての社交を学び、それに慣れて、卒業と同時に社交界にデビューする。

 卒業式の後に行われるお祝いパーティーは私達にとって初めての夜会だ。皆、制服を脱ぎ、煌びやかなドレスや式服に身を包みこの場にいる。
 
 そんな場で、私は目の前の壇上にいる婚約者で、この国の王太子であるテオドール殿下から婚約破棄を告げられていた。

 殿下の隣にはゾレア・ジェニナック男爵令嬢が豊満な胸を押し付けながら腕に絡まりべったり寄り添っている。

 殿下の心が私にないことはとうに気がついていたが、まさかこんな公衆の面前で一方的に婚約破棄を突きつけられるとは思ってもみなかった。

「理由を教えてください」

「理由など言う必要があるか? お前が一番知っているだろう!」

 理由を尋ねた私を殿下は憎々しそうに睨みつける。

「存じませんわ」

「お前がゾレアにした事は明白だ! 度重なる嫌がらせに加え、ゾレアを殺害しようとした。いくら申し開きしたところで許しはしない」

「お言葉ですが、何のことだか分かりかねます」

 本当に私は何のことだかさっぱりわからない。

「ルナベル様ぁ~。罪を認めて謝罪してください~。そうすれば私は許しますぅ。テオ様にもルナベル様を許してくれるようにお願いしますぅ」

 ゾレアが横から口を挟む。甘えたような気持ち悪い話し方だ。こんな女を殿下は好きになったのか。

 腹立たしいより情けない気持ちの方が強い。私が7歳から頑張ってきた事は何だったのだろう。

「謝ることなど何もありませんわ。私は何もしておりません。そんな女に惑わされ、何も見えなくなっている殿下に何を申し上げても聞く耳をお持ちではございませんでしょう」

「何だと!」

 殿下は顔を真っ赤にしてぷるぷると身体を震わせている。

「優しいゾレアが慈悲をかけているのにお前はそんな事しか言えないのか!」

 何が慈悲だ。ゾレアの嘘に気がつかない殿下の目はもはや節穴だ。

「今の殿下との婚約なら喜んで解消させていただきます!」

 こんな男のために今までの人生を棒に振ったのかと思うと悲しくなってきた。

「お前のような悪女は身分剥奪の上、国外追放とする!」

「殿下のような方が治める国になど未来はありません! 国外追放、謹んでお受けいたします。それでは皆様、ご機嫌よう」
 
 私は公爵令嬢らしく、毅然とした態度で美しいカテーシーをした。

 すぐに殿下の護衛たちに捕らえられ、そのまま粗末な馬車に乗せられた。

 私が去る時に殿下の隣にいたゾレアの口の端が上がっていたのを見逃してはいない。

 私はあの女に嵌められたんだ。
国外追放か。悔しい。



ーゴトン。

 馬車が急に止まった。

 乱暴に扉が開き、私は見知らぬ男達に馬車の外に引っ張り出された。私を運んでいたのは殿下の護衛騎士だとばかり思っていたのだが破落戸だったのだな。

「ご令嬢さん、あんたに恨みはないが消えてもらう」

「誰の命令?」

「それは言えないな」

 男はナイフを手にヘラヘラ笑っている。

「ゾレア嬢ね。殿下もご存知なの?」

「どうせ死ぬんだ、死人に口なしだよな。冥土の土産に聞かせてやるよ。そうだよ。ゾレアだよ。ゾレアが王太子妃になるためにはアンタは邪魔なんだよ。王太子にも始末しろと言われたよ」

 男はそう言うと口角を上げた。

「でも、よく考えたらこんな上玉もったいないな。死ぬ前に楽しませてもらうのも悪くない。いや、何も殺さなくても、俺達が楽しませてもらったあとで、娼館や奴隷商に売り飛ばすのもありだな。お前がどうなったかなんて誰も知っちゃいないしな。始末したと言っておけばいい」

 気持ち悪い。

 こんな男達に辱めをうけて、売られるなんてまっぴらごめんだ。

 私は身につけていた簪を素早く抜き取り、男の手を突いた。一瞬、男が怯んだ隙にその手に持っていたナイフを取り上げ自分の頸部を一気に切りつけた。

 何かあればここを斬れと王太子妃教育で習ったのよ。王家の女は辱められるなら死を選べって教え。身についている自分が忌々しいわ。ゾレアならきっとそんなことしないだろう。

 もう痛みは感じない。

 首から流れ落ちる真っ赤な血が見える。私はここで死ぬのね。

 今度生まれ変わるなら公爵令嬢なんか嫌だ。

 王太子の婚約者になんかなりたくない。普通に恋をして普通に結婚して幸せになりたい。

 私は静かに目を閉じた。


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