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私は?
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早く眠りについたせいか夜中に目が覚めた。時計に目をやるとまだ真夜中だ。
夫は今日も夫婦の寝室には来ないようだ。もう長いこと床を共にしていない。
とりあえずお花摘みに行こう。それを済ませてまた眠ることにしよう。
私はベッドから降り、部屋の奥にお花摘みに向かった。
お手洗いの扉を開けると見たこともない街のような景色があった。
「あれ? 私、お花摘みに来たわよね」
独り言をボソボソ言う。
そうか、夢だな。きっとこれは夢だ。起きてお花摘みににきている夢をみているのだ。夢ならなんでもありだと思い。私は見知らぬ景色の中に足を踏み入れた。
◇◇◇
そこは知らない街だった。私がどこに行けばいいのかわからず立ち尽くしていると前にいた男性が振り返り手招きをした。
「カトリーヌ、どうしたの? 早く帰ろう」
誰だこの人。確かに私はカトリーヌだがこんな人は知らない。怪訝な顔で見ていると、彼はいきなり手を繋いできた。
その瞬間、色々な記憶が流れ込んできた。彼は私の夫のアイザックという人らしい。流れ込んできた記憶によると私とアイザックはまだ結婚したばかり。私は王妃宮で女官として働き、彼は宮廷騎士団に所属していて、共働きで王宮の使用人住居区に住んでいる。
家に戻り、ふたりで夕飯の支度をし、ふたりで食べ、ふたりで片付ける。そしてリビングのソファーに移動し、隣同士で座り、アイザックが淹れてくれたお茶を飲みながらお喋りを楽しむ。
アイザックとの生活は現実の私の生活とは全く違っていた。
現実の世界の夫は次期公爵。私は次期公爵夫人として、夫や夫の両親、そして沢山の使用人と一緒に王都のタウンハウス住んでいる。夫とは政略結婚だし、愛などなかった。義両親は厳しく、毎日私を叱責した。格下からの嫁入りだったこともあり、義母の思うレベルではなかったのだろう。使用人達からも至らぬ嫁だと思われ、私は家の中で息が詰まりそうだった。
夫は私に無関心で、アイザックのように一緒に夕飯を作ることも後片付けをすることもない。夕飯のあと、隣同士でソファーに座って話をするなんてこともない。
貴族の結婚なんてそれが普通で当たり前だと思っていた。こんなにべったり一緒にいる生活って、夢だからいいけど現実だと息が詰まるかもしれない。
いつも夫や義両親が言っているように夫婦は適度に距離がある方がいいのだと私は自分に言い聞かせる。
まぁ、目が覚めたら元の普通の生活だし、たまにはこんな生活もいいのかなと思うことにした。
朝になり、目が覚めたもまだ現実の世界ではなかった。
夢の中で寝て起きただけのようだ。隣にいるアイザックはまだ寝ぼけた顔をしている。
「カトリーヌ、朝ご飯はカフェで一緒に食べようよ。それで帰りに一緒に本屋に行こう」
ほんとにアイザック何でも一緒がいいらしい。
「いいよ。今日は休みだし、ふたりでのんびりしよう」
私は自分の口から出た言葉にとまどう。現実の世界ならこんなことは絶対言わない。それ以前に休みの日であっても朝から夫とカフェに行く事もないし、一緒に本屋に行く事もない。
休みの日などないし、夫はあまり屋敷にいない。自分の友達と出掛けることが多く、夫は自分の時間を大切にしていた。義両親は夫には甘く、いつも夫を自由にさせていた。
「どうしたの? この店嫌だった?」
アイザックは私が考え込んでいたのを変に思ったようだ。
「違うの。ちょっと他のことを考えていたの」
「だったらいいけど、嫌なら言ってね」
アイザックは私の意見を聞いてくれる。現実の夫はいつも自分の意見や親の意見を優先する。
あの家で私が自分の意見を言うことなど許されない。
どうして今までそれを嫌だと思わなかったのだろう。結婚したら、夫の意見、義両親の意見に従うのが当たり前だと刷り込まれ育てられていたせいか、それが普通だと思っていた。
アイザックといると心地良い。このまま夢が覚めなければいいのに……。
本屋でふたりで本を選び、家に帰ろうと歩いていると前からきた男性とすれ違いざまにぶつかった。
「無礼な! ちゃんと前を見て歩け!」
男性は私に怒鳴る。
「よそ見をしていたのはそちらの方です」
アイザックは私の身体を隠すように前に出、男性に文句を言った。男性はアイザックを睨みつけた。
「うるさい! 悪いのはそっちだ!」
男性はアイザックにも怒鳴り、ふんと鼻を鳴らして、従者や護衛騎士を引き連れ通り過ぎた。後ろにいた連れの女性は申し訳なさそうな顔をして私達をちらっと見て、頭を下げ、すぐに男性を追いかけていく。女性には侍女も付いてはいないようだ。
その姿を目で追いながらアイザックがつぶやいた。
「可哀想だな。あの人は一生あのままあの男の不快な行動に、何も言えず、嫌な思いをしながら生きていくんだな。まぁ、高位貴族なんてそんなもんかもな」
あの女性は私だ。そしてあの男性は現実の私の夫の姿なのだ。夫が悪いのは分かっているが、あなたが悪いとは言えない。夫は公爵、爵位が下の者に対して、傲慢な態度をとる。私はそれがとても嫌だった。私は伯爵家の娘なので、父や母に対しても偉そうだ。伯爵家ごときの娘を娶ってやったのだから、一生、私の言うがままにしていればいい。反論することは許さないと結婚式が終わってすぐに言われた。義両親も同じだ。いつも私を下に見て「だから伯爵家ごときの娘は嫌だったのよ」と蔑む。
私の生活は本当は幸せではなく、幸せだと思い込んでいたかっただけなのだ。私さえ我慢すれば、上手くいく。波風を立てたところで何も変わらない。いや、今より酷くなる。私達は政略結婚。我が家は爵位に惹かれ、婚家はお金に惹かれた。我慢しなきゃ、諦めなきゃ、でも……。
私は私。私の人生なんだ、私の思ったように生きたい。
アイザックは伯爵家の三男だが、今は騎士爵しかない。私もこの世界では子爵の娘だ。裕福な伯爵令嬢ではない。学校を卒業後、試験を受けて女官になった。今の仕事はとても楽しい。
ずっとこのまま、女官を続けたいと思っている。アイザックとふたりで働きながら生きていく。蔑まれて、軽視されながら生きる公爵夫人でいるより、この方がずっと幸せじゃないのか?
アイザックはにっこりと微笑んで私の肩にポンと手を置いた。
「やっと気がついたね。どうする? このままこの世界にいる? それとも前の世界に戻る? カトリーヌが決めていいよ」
えっ? これって夢なのよね?
了
夫は今日も夫婦の寝室には来ないようだ。もう長いこと床を共にしていない。
とりあえずお花摘みに行こう。それを済ませてまた眠ることにしよう。
私はベッドから降り、部屋の奥にお花摘みに向かった。
お手洗いの扉を開けると見たこともない街のような景色があった。
「あれ? 私、お花摘みに来たわよね」
独り言をボソボソ言う。
そうか、夢だな。きっとこれは夢だ。起きてお花摘みににきている夢をみているのだ。夢ならなんでもありだと思い。私は見知らぬ景色の中に足を踏み入れた。
◇◇◇
そこは知らない街だった。私がどこに行けばいいのかわからず立ち尽くしていると前にいた男性が振り返り手招きをした。
「カトリーヌ、どうしたの? 早く帰ろう」
誰だこの人。確かに私はカトリーヌだがこんな人は知らない。怪訝な顔で見ていると、彼はいきなり手を繋いできた。
その瞬間、色々な記憶が流れ込んできた。彼は私の夫のアイザックという人らしい。流れ込んできた記憶によると私とアイザックはまだ結婚したばかり。私は王妃宮で女官として働き、彼は宮廷騎士団に所属していて、共働きで王宮の使用人住居区に住んでいる。
家に戻り、ふたりで夕飯の支度をし、ふたりで食べ、ふたりで片付ける。そしてリビングのソファーに移動し、隣同士で座り、アイザックが淹れてくれたお茶を飲みながらお喋りを楽しむ。
アイザックとの生活は現実の私の生活とは全く違っていた。
現実の世界の夫は次期公爵。私は次期公爵夫人として、夫や夫の両親、そして沢山の使用人と一緒に王都のタウンハウス住んでいる。夫とは政略結婚だし、愛などなかった。義両親は厳しく、毎日私を叱責した。格下からの嫁入りだったこともあり、義母の思うレベルではなかったのだろう。使用人達からも至らぬ嫁だと思われ、私は家の中で息が詰まりそうだった。
夫は私に無関心で、アイザックのように一緒に夕飯を作ることも後片付けをすることもない。夕飯のあと、隣同士でソファーに座って話をするなんてこともない。
貴族の結婚なんてそれが普通で当たり前だと思っていた。こんなにべったり一緒にいる生活って、夢だからいいけど現実だと息が詰まるかもしれない。
いつも夫や義両親が言っているように夫婦は適度に距離がある方がいいのだと私は自分に言い聞かせる。
まぁ、目が覚めたら元の普通の生活だし、たまにはこんな生活もいいのかなと思うことにした。
朝になり、目が覚めたもまだ現実の世界ではなかった。
夢の中で寝て起きただけのようだ。隣にいるアイザックはまだ寝ぼけた顔をしている。
「カトリーヌ、朝ご飯はカフェで一緒に食べようよ。それで帰りに一緒に本屋に行こう」
ほんとにアイザック何でも一緒がいいらしい。
「いいよ。今日は休みだし、ふたりでのんびりしよう」
私は自分の口から出た言葉にとまどう。現実の世界ならこんなことは絶対言わない。それ以前に休みの日であっても朝から夫とカフェに行く事もないし、一緒に本屋に行く事もない。
休みの日などないし、夫はあまり屋敷にいない。自分の友達と出掛けることが多く、夫は自分の時間を大切にしていた。義両親は夫には甘く、いつも夫を自由にさせていた。
「どうしたの? この店嫌だった?」
アイザックは私が考え込んでいたのを変に思ったようだ。
「違うの。ちょっと他のことを考えていたの」
「だったらいいけど、嫌なら言ってね」
アイザックは私の意見を聞いてくれる。現実の夫はいつも自分の意見や親の意見を優先する。
あの家で私が自分の意見を言うことなど許されない。
どうして今までそれを嫌だと思わなかったのだろう。結婚したら、夫の意見、義両親の意見に従うのが当たり前だと刷り込まれ育てられていたせいか、それが普通だと思っていた。
アイザックといると心地良い。このまま夢が覚めなければいいのに……。
本屋でふたりで本を選び、家に帰ろうと歩いていると前からきた男性とすれ違いざまにぶつかった。
「無礼な! ちゃんと前を見て歩け!」
男性は私に怒鳴る。
「よそ見をしていたのはそちらの方です」
アイザックは私の身体を隠すように前に出、男性に文句を言った。男性はアイザックを睨みつけた。
「うるさい! 悪いのはそっちだ!」
男性はアイザックにも怒鳴り、ふんと鼻を鳴らして、従者や護衛騎士を引き連れ通り過ぎた。後ろにいた連れの女性は申し訳なさそうな顔をして私達をちらっと見て、頭を下げ、すぐに男性を追いかけていく。女性には侍女も付いてはいないようだ。
その姿を目で追いながらアイザックがつぶやいた。
「可哀想だな。あの人は一生あのままあの男の不快な行動に、何も言えず、嫌な思いをしながら生きていくんだな。まぁ、高位貴族なんてそんなもんかもな」
あの女性は私だ。そしてあの男性は現実の私の夫の姿なのだ。夫が悪いのは分かっているが、あなたが悪いとは言えない。夫は公爵、爵位が下の者に対して、傲慢な態度をとる。私はそれがとても嫌だった。私は伯爵家の娘なので、父や母に対しても偉そうだ。伯爵家ごときの娘を娶ってやったのだから、一生、私の言うがままにしていればいい。反論することは許さないと結婚式が終わってすぐに言われた。義両親も同じだ。いつも私を下に見て「だから伯爵家ごときの娘は嫌だったのよ」と蔑む。
私の生活は本当は幸せではなく、幸せだと思い込んでいたかっただけなのだ。私さえ我慢すれば、上手くいく。波風を立てたところで何も変わらない。いや、今より酷くなる。私達は政略結婚。我が家は爵位に惹かれ、婚家はお金に惹かれた。我慢しなきゃ、諦めなきゃ、でも……。
私は私。私の人生なんだ、私の思ったように生きたい。
アイザックは伯爵家の三男だが、今は騎士爵しかない。私もこの世界では子爵の娘だ。裕福な伯爵令嬢ではない。学校を卒業後、試験を受けて女官になった。今の仕事はとても楽しい。
ずっとこのまま、女官を続けたいと思っている。アイザックとふたりで働きながら生きていく。蔑まれて、軽視されながら生きる公爵夫人でいるより、この方がずっと幸せじゃないのか?
アイザックはにっこりと微笑んで私の肩にポンと手を置いた。
「やっと気がついたね。どうする? このままこの世界にいる? それとも前の世界に戻る? カトリーヌが決めていいよ」
えっ? これって夢なのよね?
了
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