上 下
37 / 161
連載

南の領地

しおりを挟む
 南の領地は王家の直轄地で王家以外は知り得ない土地だった。国のどこにあるのか誰も知らない。もし、見つけたとしても悪意を持つ人は入れない結界が張りめぐらされているらしいし、魔法で絶対に見つからないようにしているらしい。

 国民は貴族も平民も南の領地の存在すら知らない

 南の領地に住んでいる人は皆、王家の使用人だ。王家の保養の為の領地で、ゲスな言い方をすれば全くお金を生み出さない領地だった。

 私達は乳児のリュカと産後の私のために作られた、ふかふかの椅子の馬車に乗った。もちろん馬車でなんか行かない。どこにあるのかわからないので行けない。

 馬車ごとアーサー様の魔法で飛ぶ。

 この馬車には、リカルド様、私、リュカ、乳母兼侍女のメアリーが乗っている。護衛のマシューさんと従者のマイクは御者席に座っている。

 私達が留守の間はフェノバール領はセバスとハンナ、アーサー様とルシアさんに任せている。

「では、飛ばしますよ。気をつけて行ってらっしゃいませ」
アーサー様が呪文を唱えると目の前の景色が歪んだ。


「お待ちしておりました」

 壮年のしゅっとした男性がにこやかな表情っで
馬車の扉を開けた。

「スチュアート久しぶりだな。妻のミディアローズと息子のリュカだ」
「奥様とお坊ちゃまでございますか? 初めてお目にかかります。この屋敷の執事のスチュアートでございます。リカルド坊ちゃまがお元気になられたのは奥様のおかげだと聞き及んでおります。奥様ありがとうございます。スチュアートは嬉しゅうございます」

 スチュアートさんは号泣している。

「まぁまぁ、うれしいのはわかりますがいい加減になさいませ。リカルド坊ちゃま、奥様、リュカ坊ちゃま、おかえりなさいませ」
「ケリー、久しいな。元気にしていたか」

 リカルド様はケリーさんに懐かしそうに声をかける。

「ミディア、スチュアートはセバスの弟で、ケリーはハンナの妹なんだ。結婚してからこの南の領地を任されてるんだよ」

 えっ? そうなの? そう言えば似てる気がする。

「スチュアートさん、ケリーさん、ミディアローズです。よろしくお願いします」
「奥様、さんなといりません。どうぞ呼び捨てにして下さい」
「では、私のこともミディアと呼んでください。奥様なんて慣れないので気持ち悪いです」

 いまだに奥様はなれない。フェノバールではほとんどがミディアだ。チャーリー先生だけはなぜか奥方と呼ぶけどね。

「そうだな。私のことも坊ちゃまはやめてくれないか。もう30を越えてるおじさんに坊ちゃまはないよ」

 リカルド様は苦笑している。

「では、そういたしますね。ひとまずお部屋で着替えなどなされますか? ゆっくりされてから温泉を楽しんで下さいませ」

 そうそう温泉だ! 温泉楽しみだな。

 案内された部屋は主賓室だった。

 広いベットルームとサロンのような部屋がある。

「リカルド様とミディア様はこちらをお使い下さいませ。リュカ坊ちゃまは乳母のメアリーと一緒に隣のお部屋を使って下さいね」
「あっ、リュカは私達と一緒でいいのよ」
「いえいえそういうわけにはまいりません。新婚旅行ですのよ。おふたりでゆっくりして下さいませ」

 いやいや、いつ新婚旅行になったんだ? リュカに手を伸ばそうとしたが左右に首を振る。

「リュカはふたりでどうぞと言ってるよ」

 いや、言ってないだろう?

 リカルド様はリュカと念話で話しているそうだがほんとかな?

「着替えたら海に行ってみないか?」

 海?

「ミディアは海を見たことがないだろう?」

 そうだ私は海に行ってみたかったのだ。

 チョロい私はリカルド様に海に行こうと言われてすっかり舞い上がってしまった。


 とりあえず着替えてお昼ご飯を食べることになった。
 海が近いだけあって、魚介類も沢山出てくる。フェノバール領のシェフの料理もとても美味しいけど、ここの料理も美味しい。とにかく新鮮だわ。
 生でお魚を食べたのは初めてだし、海老の殻で出汁をとったスープもとても美味しい。

「公爵閣下、奥様、お口に合いましたでしょうか?」

 シェフが挨拶に来てくれた。

「美味しかったです。滞在中の料理が楽しみです」

 リカルド様が答えた。私も微笑みながら頷いた。

「リカルド様、ミディア様、食事の後は海に行かれてはどうですか? 海遊びをされては?」

 ケリーがニコニコしながら言う。海に温泉か~。いいなぁ~。
 
 私は海に行くためにラフなドレスに着替えた。
 リカルド様はシャツにトラウザーズという簡単な姿だ。

 海に足をつければいいよとリカルド様がいうのでストッキングは履かなかった。

 初めて見る海は広くて青くて清々しくてまるでリカルド様みたいだった。

 私は興奮してドレスの裾を持ち上げ走り出し海に足を入れた。

 うわ~気持ちいい。

 砂浜の暑さと水の冷たさが混ざり合いなんとも言えない気持ちよさだ。

 海には波があり寄せては返す。

リカルド様は砂浜に置いたデッキチェアに腰掛け、遊ぶ私を見ている。

 私はあまりの気持ちよさにぼんやりしていて大きな波に気が付かなかった。

 リカルド様が何か言いながらデッキチェアから立ち上がり慌てて走ってきた。

 ザブ~ン!!

 ひゃあ~!

 大きな波に足を取られ転んでしまった。

「ミディア! 大丈夫か!」

 走ってきたリカルド様が私を起こしてくれた。

「大丈夫です。ぼんやりしちゃった」

「怪我がなくてよかった。しかし酷いな」

 確かに酷い。

 顔はなんとか助かったがあとは濡れ鼠状態。

「ごめんなさい。はしゃぎすぎました」

 私が凹んでいるとリカルド様は優しく微笑む。

「このまま、温泉に行こうか?」
「温泉ですか?」
「うん、海に入って冷えてしまっただろう?」

 入ったわけではなくて、転んで浸かってしまっただけだ。


「よし、そうしよう……」 

 小さく呟いてから、リカルド様は私を抱き上げた。

「リカルド様、服が汚れますよ」

「汚れてもいいよ。一緒に風呂に入ろう。ここの屋敷の部屋にある風呂は皆温泉を引いているとさっき言っただろ? 自然に湧き出ているお湯は気持ちいいよ」

 そういえば、そんなことを言っていたな。本当にお湯が泉のように湧き出ているのだろうか? 


 屋敷に戻ると、使用人たちが大きなタオルを持ち待っていてくれた。

 何故私が濡れ鼠で戻ると知っているのか?

 そのタオルで私を包んで部屋まで運ぶ。廊下が汚れないようにだろうか。

 部屋に入るとリカルド様は奥まで進み扉を開ける。

 温泉とやらはここにあるのか?

 そこはベンチのような椅子と台や棚、タオルがたくさんある。
 私はそこでベシャベシャになったドレスを脱がされた。
 簡易なドレスなんですぐに脱げる。

 恥ずかしいんですけど。いきなり真っ昼間に服を脱がされるなんて。
 モジモジしていたらいつのまにかリカルド様も服着てない。
 相変わらずの細マッチョだ。目のやり場に困っちゃうな。

「早く入ろう風邪引くよ」

 リカルド様は再び私を抱き上げた。

 いや、歩けますって。
 
 リュカがお腹にいる時から、やたらめったらお姫様抱っこされている。リカルド様はこれが普通と思っているみたいで怖い。


 扉を開けると……温泉? 広い、めっちゃ広い。
 いつも湯浴みしているバスタブとは雲泥の差だ。

 リカルド様に身体にお湯をかけられた。温泉って入る前に身体にお湯をかけるのか。

 抱っこされたままお湯につかる。

 うわ~、何これ気持ちいい。

「リカルド様、温泉気持ちいいですね」

「泳いじゃダメだよ」

「はい」

 泳ごうとしたのがバレたようだ。


 すっかり温まって眠くなってきた。

 リカルド様はお湯から出て髪と身体を洗っている。

 美形細マッチョのヌードを昼間から見ている私ってどうよ。

 私も髪洗いたいけど、お湯から出るの恥ずかしいしな。

「ミディア、髪と身体洗ってあげるよ」
 
 へ?

 いやいや、いいです。自分でやります。

「自分でやります」

「できないだろう」

 そういえばいつもメアリーに髪を洗ってもらっているので自分では洗えない。

「見よう見まねでなんとかなりま……」

 最後まで言い終わらないうちにまた抱き上げられてお湯から出されて、椅子に座らされた。

 リカルド様は手際良く私の髪を洗い出す。

 リカルド様に髪を洗ってもらうのは気持ちよくて大好きなんだけど、この格好はいかがなものか?

 胸もお腹も丸見えで恥ずかしい。

 手際よく洗った髪をタオルで巻上げる。そして今度は身体を洗い始めた。

「リカルド様、身体はひとりで洗えます」
「ついでだから。砂がついてたらダメだろ? ちゃんと洗っておこう」

 いやいや、もうすでにお湯で流してるから浸かってるし、砂はついてないだろう。

 リカルド様は前に回ってきた。

 泡立てた泡を手にいっぱい持ち、私の身体の上に落とす。

 泡だらけにされた私。まな板の上の鯉だ。私は隅々まで洗われた。


 また温泉に浸かった私はうとうとしてしまった。

 気がつくとなぜか寝台の上にいる。うとうとしてたからお昼寝かな? 髪も身体もすっかり乾いている。魔法で乾かしてくれたのね。

 ん? 服は? 服着てないんですけど?

「せっかく温泉に入って、身体があたたまったし、子作りしようか」

 ん? 

 隣にいる色っぽい顔をしたリカルド様がそんなことを言う。

「ダメです。まだ日が高いし」
「大丈夫。気にしないで」

 いや、気にするよ!

 みんなもいるんだよ。子作りはまた今度にしよ。せめて夜にしよ。

「ミディア、愛してる」

 リカルド様は私の唇に熱い唇を押しつけてきた。

 両手で胸を押して身体を離そうとしたがいとも簡単に大きな手で両手首を掴まれ頭の上に押しつけられた。

 こうなったら、もう逃げられないな。諦めよう。

 それから子作りは延々と続き、寝台から起き上がることができなくなった私は次の日のランチも寝台で食べる羽目になった。

 リュカ丸一日ほったらかしてごめんよ~。
 怒るならパパを怒ってね。

 もう、リカルド様もちょっとくらい手加減してよ。みんなの前に顔出すの恥ずかしいじゃない。
しおりを挟む
感想 533

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。