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【閑話】蚕(ランドセン侯爵視点)
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ザアザアザアザア
まるで激しく雨が降っている様な音が聞こえる。
ここに来た時は雨が降ってきたのかと思った。
しかし、これは蚕が桑の葉を食べる音だった。
妻のビアンカから与えられた罰は蚕の世話だった。
虫が苦手な私には恐怖でしかない。
アーサーの妻の実家の養蚕農家に世話になることになった。
それにしても、どうして私はこんなに気が弱いのか? 強いものにはもちろん弱いものにも強く言えない。
それでも仕事はちゃんとしている。私は土木の道ではそれなりの人物なのだが、それ以外は全く気弱なおっさんなのだ。
とりあえず私に与えられた仕事は桑の葉を切らさない様にすること。従業員は沢山いるが、まだ足りないらしい。蚕は桑の葉がなくなると成長できないので常に切らさない様に気をつけて、沢山食べさせ、大きくしないといけないらしい。
そもそも私は養蚕農家が何を作っているのか知らなかった。
養蚕農家では蚕を育てて繭にする。そしてその繭から糸をとり、その、糸を折り布地にして、洋服やドレスにするそうだ。
私の着ているこの服もこの蚕たちからできるのか?
「閣下、蚕から採れるのは絹ですよ。綿や麻は畑になります」
絹は虫からできて、綿や麻は植物だったんだな。
養蚕農家のゴードンさんはなんでも詳しく教えてくれてる。本人は言わないが元は貴族だったらしい。貴族をやめてこのような仕事をしているとは凄いとしかいいようがない。私にはできないことだ。
ゴードンさんと一緒にいるうちに、私はいつも大きな工事ばかりしていたがこんな生き物相手の仕事もいいなと思っていた。
「閣下、今日は桑の葉を取りに行きましょう」
ゴードンさんに言われたのでついていく。
蚕は毎日たくさんの桑の葉を食べるので専用の桑畑があるそうだ。良い絹の為に良い桑の葉を育てているらしい。
一面の桑畑に着いた。思っていた以上に広い。たくさんの人が作業をしている。
「閣下、ゆっくりで大丈夫ですので葉っぱを摘んでいってください」
「はい、頑張ります」
外の作業は慣れているつもりだったが、いつものとは勝手が違う。腰も腕も手も痛い。
昼までに背中に背負ったカゴいっぱいになった桑の葉を今度は洗浄するそうだ。私も手伝った。
これも腰が痛い。
洗浄した桑の葉は乾かしてから刻む。蚕が食べやすい様に刻むのか? 人間が与えやすい様に刻むのかはわからないが、この作業も腰が痛い。
今日はよく働いた。
晩御飯はゴードンさんの奥さんと娘さんでアーサーさんの奥さんが作ってくれた。
「閣下のお口に合いますかどうか」
「美味しいですよ。ありがたいです」
本当に美味しい。
「明日は糸取りをしましょうか」
糸取り?
繭から糸を取るのか。
繭から糸を取ると中にいる蚕はどうなるのだろう?
そんなことを思いながら眠った。
次の日、ゴードンさんに連れられ製糸工場に行った。たくさんの人が働いている。
ふと見ると、繭がお湯に浸かっている。ん? 中の蚕は?
「ゴードンさん、蚕はどうなるのですか?」
「蚕はもう役目を果たしました。卵を取る蚕以外は繭を作った時点で役目は終わります。私たちは蚕が良い繭を作ってくれる様に良い桑を作り与えます」
蚕は死ぬのか?
成虫になれないまま死んでいくのか?
「私たちは蚕の命をもらい絹織物を作っています。蚕は私たちに命をくれています。蚕だけではありません。動物も植物も全て私たちに命をくれているのです。私たちも命をかけているものがありますよね」
命をかけているもの?
私は妻や娘や息子、領民たちの為に命をかけているか?
いや、命をかけていたらミディアをあんな目に合わせる事はなかった。
私は怖かっただけだ。上から強く言われると断ることなどできなかった。
まさか、あんなことになるなんて思わなかった。
リカルド様なら絶対身重のミディアに移動魔法など使わせなかっただろう。私は全く気がつかなかった。リカルド様は妊婦の健康のことをちゃんとわかっている。
それはリカルド様が命をかけてミディアやお腹の子供を守っているからだろう。
リカルド様が国王陛下に否と言うのは命をかけて守るものの為なのかもしれない。
私は怖いから「はい」と言ってしまう。それは私が弱いからだとばかり思っていた。
弱いとか強いとか関係なかった。
私が命をかけてなかったからだ。私は今まで逃げていた。
蚕も命をかけている。桑も綿や麻も命をかけている。
私は命をかけて妻や子や領民を守らなくてはならない。
そして私自身も守らなくてはならない。
私は何も守ってなかった。
蚕に教えられるとは……。
屋敷に戻ったらランドセン領に行こう。ランドセン領は妻やメイソンに任せっきりだった。
フェノバール領を守るリカルド様の様に私もランドセン領をもっと知らなくてはならない。
命をかけて、家族、領民を守る。
あれほど怖かった蚕がなんだか愛しく思えてくる。
命をかけてくれているんだな。
私も蚕のように命をかけて作ったものを残したいな。
これから先の人生は命をかけて、みんなを守り、何かを残そう。
ランドセン領をもっと豊かにしよう。気の弱い逃げてばかりの私とはお別れだ。
明日もがんばって桑の葉を摘もう。
まるで激しく雨が降っている様な音が聞こえる。
ここに来た時は雨が降ってきたのかと思った。
しかし、これは蚕が桑の葉を食べる音だった。
妻のビアンカから与えられた罰は蚕の世話だった。
虫が苦手な私には恐怖でしかない。
アーサーの妻の実家の養蚕農家に世話になることになった。
それにしても、どうして私はこんなに気が弱いのか? 強いものにはもちろん弱いものにも強く言えない。
それでも仕事はちゃんとしている。私は土木の道ではそれなりの人物なのだが、それ以外は全く気弱なおっさんなのだ。
とりあえず私に与えられた仕事は桑の葉を切らさない様にすること。従業員は沢山いるが、まだ足りないらしい。蚕は桑の葉がなくなると成長できないので常に切らさない様に気をつけて、沢山食べさせ、大きくしないといけないらしい。
そもそも私は養蚕農家が何を作っているのか知らなかった。
養蚕農家では蚕を育てて繭にする。そしてその繭から糸をとり、その、糸を折り布地にして、洋服やドレスにするそうだ。
私の着ているこの服もこの蚕たちからできるのか?
「閣下、蚕から採れるのは絹ですよ。綿や麻は畑になります」
絹は虫からできて、綿や麻は植物だったんだな。
養蚕農家のゴードンさんはなんでも詳しく教えてくれてる。本人は言わないが元は貴族だったらしい。貴族をやめてこのような仕事をしているとは凄いとしかいいようがない。私にはできないことだ。
ゴードンさんと一緒にいるうちに、私はいつも大きな工事ばかりしていたがこんな生き物相手の仕事もいいなと思っていた。
「閣下、今日は桑の葉を取りに行きましょう」
ゴードンさんに言われたのでついていく。
蚕は毎日たくさんの桑の葉を食べるので専用の桑畑があるそうだ。良い絹の為に良い桑の葉を育てているらしい。
一面の桑畑に着いた。思っていた以上に広い。たくさんの人が作業をしている。
「閣下、ゆっくりで大丈夫ですので葉っぱを摘んでいってください」
「はい、頑張ります」
外の作業は慣れているつもりだったが、いつものとは勝手が違う。腰も腕も手も痛い。
昼までに背中に背負ったカゴいっぱいになった桑の葉を今度は洗浄するそうだ。私も手伝った。
これも腰が痛い。
洗浄した桑の葉は乾かしてから刻む。蚕が食べやすい様に刻むのか? 人間が与えやすい様に刻むのかはわからないが、この作業も腰が痛い。
今日はよく働いた。
晩御飯はゴードンさんの奥さんと娘さんでアーサーさんの奥さんが作ってくれた。
「閣下のお口に合いますかどうか」
「美味しいですよ。ありがたいです」
本当に美味しい。
「明日は糸取りをしましょうか」
糸取り?
繭から糸を取るのか。
繭から糸を取ると中にいる蚕はどうなるのだろう?
そんなことを思いながら眠った。
次の日、ゴードンさんに連れられ製糸工場に行った。たくさんの人が働いている。
ふと見ると、繭がお湯に浸かっている。ん? 中の蚕は?
「ゴードンさん、蚕はどうなるのですか?」
「蚕はもう役目を果たしました。卵を取る蚕以外は繭を作った時点で役目は終わります。私たちは蚕が良い繭を作ってくれる様に良い桑を作り与えます」
蚕は死ぬのか?
成虫になれないまま死んでいくのか?
「私たちは蚕の命をもらい絹織物を作っています。蚕は私たちに命をくれています。蚕だけではありません。動物も植物も全て私たちに命をくれているのです。私たちも命をかけているものがありますよね」
命をかけているもの?
私は妻や娘や息子、領民たちの為に命をかけているか?
いや、命をかけていたらミディアをあんな目に合わせる事はなかった。
私は怖かっただけだ。上から強く言われると断ることなどできなかった。
まさか、あんなことになるなんて思わなかった。
リカルド様なら絶対身重のミディアに移動魔法など使わせなかっただろう。私は全く気がつかなかった。リカルド様は妊婦の健康のことをちゃんとわかっている。
それはリカルド様が命をかけてミディアやお腹の子供を守っているからだろう。
リカルド様が国王陛下に否と言うのは命をかけて守るものの為なのかもしれない。
私は怖いから「はい」と言ってしまう。それは私が弱いからだとばかり思っていた。
弱いとか強いとか関係なかった。
私が命をかけてなかったからだ。私は今まで逃げていた。
蚕も命をかけている。桑も綿や麻も命をかけている。
私は命をかけて妻や子や領民を守らなくてはならない。
そして私自身も守らなくてはならない。
私は何も守ってなかった。
蚕に教えられるとは……。
屋敷に戻ったらランドセン領に行こう。ランドセン領は妻やメイソンに任せっきりだった。
フェノバール領を守るリカルド様の様に私もランドセン領をもっと知らなくてはならない。
命をかけて、家族、領民を守る。
あれほど怖かった蚕がなんだか愛しく思えてくる。
命をかけてくれているんだな。
私も蚕のように命をかけて作ったものを残したいな。
これから先の人生は命をかけて、みんなを守り、何かを残そう。
ランドセン領をもっと豊かにしよう。気の弱い逃げてばかりの私とはお別れだ。
明日もがんばって桑の葉を摘もう。
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