【完結】婚約破棄された傷もの令嬢は王太子の側妃になりました

金峯蓮華

文字の大きさ
上 下
13 / 20

【最終話】人生なんて何が起こるかわからない

しおりを挟む
 ようやく騎士の訓練所にたどり着いた頃には日は高く昇っていた。カレンは慣れたもので、馬車から降りると真っ直ぐに建物の中に入っていく。アステルも彼女に続いた。

「カレンじゃないか」
「ガレッド。今日も愛妻弁当を持って来たわ」
「いつもすまないな」

 カレンは夫のガレッドを見つけると嬉しそうに駆け寄っていった。彼はカレンの差し出した包みを受け取ると、後ろにいたアステルに目を向ける。

「シリウスに用か?シリウスなら今、訓練所にいるぞ」
「ありがとうございます。行ってみます」

 ガレッドに許可を貰うとアステルはそのまま案内をされた訓練所に足を向けた。すると、そこには見覚えのある背中があった。

 シリウスだ。彼は槍を持ち、真剣な表情で目の前の相手に向かって鋭い突きを放つ。その動きはとても素早くて無駄がなく、美しい。アステルは思わず見惚れてしまった。
 それからしばらくすると、休憩の時間になり、シリウスがアステルに気づき、驚いたような表情を浮かべた。

「アステル、どうしたんだ?何かあったのか?」
「お、お弁当を渡しにきたの」

 真っ先にアステルの元に来たシリウスは彼女の肩を掴んで戸惑いながらも尋ねるとアステルは手に持っていた包みを差し出す。薄い緑色の布袋に包まれた大きな弁当箱をシリウスは不思議そうに見つめていた。

「わざわざ弁当を?」
「ちょっと顔を見たくて……迷惑だった?」
「いや、そんなことはない。嬉しい」

 シリウスの顔を見ると安心して笑みがこぼれる。こうして会いに来てくれると自分のことを想ってくれているのだと実感できて幸せな気持ちになれたのだ。

「ステラは?」
「ステラにはカレンさんの屋敷で預かってもらっているの」
「そうか、元気なんだな」
「元気……だけどちょっと反抗期みたい」

 アステルの困ったような顔にシリウスは苦笑する。

「それじゃあ、邪魔になると悪いからそろそろ帰るね」
「出口まで送らせてくれ」

 アステルは名残惜しげにシリウスを見上げると、二人で並んで歩き始める。シリウスと並んで歩くのは久しぶりだったので、アステルの心は弾んだ。
 ふと、アステルはシリウスの左腕を見る。そこには包帯が巻かれており、少し血が滲んでいた。

「怪我したの?」
「ああ、大したことない」
「見せて」

 アステルは少し驚いて尋ねると、シリウスは何でもないように言ったが、彼の腕をそっと掴むとシリウスは大人しく従う。汚れてしまっている包帯を外して傷口を確認すると、まだ新しい切り傷が痛々しく残っていた。

「気がついたら……たぶん訓練中にやってしまったんだろう、放っておけば治る」
「薬塗るからじっとしていてね」

 アステルはポケットの中から塗り薬を取り出す。最近作ったもので、いつステラが転んでも大丈夫なように持ち歩いているものだ。
 丁寧に腕に薬を塗っていくとシリウスはアステルの細い指先が肌に触れる度に緊張していた。最後に綺麗な包帯を巻き直すと、アステルは顔を上げて微笑む。

「これで大丈夫。あまり無理しないでね」
「……努力する」

 アステルの言葉にシリウスは神妙な面持ちで答えたが、きっと彼は無理をしてしまうだろうと思った。シリウスはそういう人だ。だから心配なのだ。

 そしてカレンと一緒に乗ってきた馬車がある場所に到着をしたが、カレンはまだ戻ってきていないようだった。まだガレッドと話をしているのかもしれない。

「先に馬車で待っているってカレンさんに会ったら伝えてくれる?」
「わかった……アステル」

 シリウスは周りに誰もいないことを確認をしてからアステルを引き寄せると、優しく抱きしめた。お互い、温もりを感じると心が満たされていくようでとても幸せだった。
 名残惜しそうに身体を離すと、二人は見つめ合う。そしてどちらからともなく唇を重ねた。キスをするのも随分と久しぶりに感じられ、シリウスはアステルの頬を撫でながら囁く。

「できるだけ早く帰ってくる。それまで待っていてくれるか?」
「うん、ステラのことは任せて」
「頼む」

 シリウスはアステルの頬に軽く触れるだけの口づけを落とすと、彼女の頭をひと撫でした。

 ◆

 その様子を遠くの木の陰からずっと見ていたマキは持っていた包みを地面に落とす。中身のおにぎりが崩れたが、それを気にする余裕はなかった。
 マキは全身の血の気が引いて顔色が悪くなるのを感じた。
 夫婦仲が悪いと思われていたシリウスは自分の妻に対して深い愛情を向けて愛おしんでいたのだ。しかも、あんなにも優しい表情をしていた。

「私は何を考えていたの……?」

 地面に落ちたおにぎりを見ながらマキは自問自答していた。恥ずかしさと情けなさが込み上げてくる。息子にそそのかされ、仕事を休んでまで彼に弁当を渡そうとしていた。もしかしたら喜んで受け取ってくれると思っていた。かつて愛した夫のように。
 聖女の守護騎士だった頃の夫に初めて弁当を作った時、夫は美味しいと言って食べてくれた。それが嬉しくて何度も作ったことを思い出しながらこのおにぎりを今朝早起きして作ったのだ。

「馬鹿みたい……こんなもの、シリウスさんにとっては迷惑なだけなのに……」

 マキの目からは涙が流れ落ちていた。シリウスの妻への気持ちを知った以上、自分は彼の傍にいることはできないと思った。レオの新しい父親になるのは無理だ。マキは落ち込みながら地面に落としたままのおにぎりを見下ろしてから踵を返した。
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

毒家族から逃亡、のち側妃

チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」 十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。 まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。 夢は自分で叶えなきゃ。 ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

【完結】22皇太子妃として必要ありませんね。なら、もう、、。

華蓮
恋愛
皇太子妃として、3ヶ月が経ったある日、皇太子の部屋に呼ばれて行くと隣には、女の人が、座っていた。 嫌な予感がした、、、、 皇太子妃の運命は、どうなるのでしょう? 指導係、教育係編Part1

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

毛蟹葵葉
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...