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絵姿
しおりを挟む社交シーズンが終わり王都から領地に戻ることになった。
領地に戻っても夫は泊まりの視察が多く、あまり家にいない。家の事は全て私に丸投げしている。王都にいても出掛けてばかりだ。いったいどこへいっているのやら? 視察ってそんなにあるのかしら?
私は侍女に手伝って貰いながら領地に戻る用意をしていた。
3年前、侯爵家の嫡男だった夫と結婚をした。夫の両親は早く孫の顔が見たいと適齢期を超えてもなかなか結婚しない息子の結婚相手を探していて、夫の母と知り合いだった、叔母経由で父のところに話が来た。
相手は侯爵家、父は格上からの打診に大喜びだった。
◆◆ ◆
昨日、夫の浮気相手だという人のご主人と魔導士に呼び出された。
ご主人は大きな商家を営んでいるという。平民ではあるが、豊かそうに見えた。
魔導士から二人が浮気をしている証拠を見せられた。
それは写真というものらしい。写真機という魔道具で写せば、寸分違わずその時の姿が映し出されるらしい。絵姿とは明らかに違う。
そして、録音機という魔道具はその時の声をそのまま移しとることができるそうだ。仲睦まじいそうに寄り添うふたり、そして愛をささやく言葉が魔道具から聞こえてきた。
「愛しているのは君だけだ。あんな女ただのカムフラージュさ。親がうるさいから適当に結婚した。愛するつもりなんかない。あの女に家の仕事をさせれば、君とこうして会える時間が増える」
「私もあなただけを愛しているわ。あんなお金に細かい口うるさい男なんか嫌よ。あなただけをずっと愛しているわ」
そのあとはチュッチュッというリップ音になり、喘ぎ声になった。閨事に突入したのだろう。私達3人は顔を見合わせため息をついた。
こんなすごい魔道具を見たのは初めてだった。
夫とその人は学生時代からずっとお付き合いをしていたらしく、結婚してからも関係を続けていたようだ。
お相手は平民で結婚することはできなかったので、適齢期を過ぎても夫結婚しなかった。
しかし、恋人は先に結婚していて、私の夫とずっと不貞をしていたのだ。
両親がうるさいから、私と結婚した。録音機という魔道具から流れてきた夫の言葉どおり、私はカムフラージュのために結婚し、夫の仕事まで押し付けられているお飾り妻だ。
今から思えば、夫は最初から私に関心がなかった。婚約時代から、二人で出掛けようと誘っても適当な理由をつけて断られる。贈り物などもらったこともない。
政略結婚なので仕方がないと思っていた。きっと一緒に生活するうちに、分かり合い仲良くなれると思っていた昨日までの自分の馬鹿さ加減を笑ってしまう。
不貞のことを知り夫の態度の理由がわかった。夫は馬鹿なお飾り妻にばれるわけがないと思っているはずだ。確かに私は教えられるまで全く気付かなかった。
領地に戻っても夫は今までのように、泊りの視察と噓をつき、恋人との関係を続けていくつもりなのだろう。
まぁ、あちらのご主人が行動を起こすだろうからそういうわけにはいかないかもしれない。
◆◆ ◇
領地に戻る用意の途中で本に挟んでいたユリウス様の絵姿を見つけた。
学生の頃、友達に書いてもらったユリウス様の絵姿が挟んであるその本を懐かしく思い開いてみた。
そこには夫と出会う前、貴族学校に行っていた頃に憧れていたユリウス様の絵姿が何枚かあった。
彼は貴族学校の先輩で生徒会の仕事を一緒にしていた。
公爵令息で高嶺の花だったけど、とても私に優しく接してくれた。
彼の卒業パーティーで一緒に踊った時が私は生きていて1番幸せな時間だったと思う。
この頃に戻りたい。この頃は幸せだった。こんなになるとわかっていたのなら結婚などしなかった。
父や叔母のいいなりになって、良い人そうに見えた夫と深く考えずに結婚した。貴族の娘なのだから仕方ないと思った。
母は「もう少し考えてみては? 何も慌てて結婚しなくてもいいのよ」と言ってくれていたのに。母の言う通り結婚なんかしなければよかった。
ちょうどいい機会だ。もう、領地には戻らない。夫と離婚しよう。そう思いながらユリウス様の絵姿を見つめていた。
「フィーネ、ぼんやり絵姿なんか眺めてるけど、結婚のこと迷っているの?」
後ろから母の声がする。なぜ母がここにいるんだろうと思い振り向くと、ここは実家の私の部屋だと気づいた。
「嫌なら結婚なんてしなくてもいいのよ。フィーネはまだ17歳だし、いくら爵位が上でも慌てて、年齢差のある人て結婚することはないわ。まだまだ良い人が現れるわよ」
ああ、あの時か。結婚の打診が来た時だ。
私は夫の絵姿を手に持っている。
きっと夢を見ているのだ。
本に挟まっていたユリウス様の絵姿を見ていて、居眠りをしてしまったのだろう。夢の中でくらい自由になりたいわ。いいわよね。夢なんだもの。私は母に向かって宣言した。
「この方との結婚は断るわ。私、この方とは結婚しない」
「よかった。旦那様にそう言っておくわ。私もなんだか、この人は嫌だったのよ」
母は嬉しそうに微笑んだ。そういえば母は夫が嫌いなようだった。結婚前から何度も私に「本当にこの人でいいの?」と念押しをしていたし、結婚してからも夫と距離を置いていた。「何かあればすぐに戻ってきなさい」とも言ってくれていた。母の勘は凄いと今なら分かる。
母が父と叔母に話をしてくれた。
「フィーネはまだ若いわ。いくら良いご縁でも、初婚なのに年の離れたお相手は可哀想よ。フィーネも気が進まないみたいなの。私もフィーネは年の離れた方などではなく、もっと気楽な相手はいいと思います。あの家は厳格で甘ったれのフィーネには荷が重いです。あの家に嫁いだら、フィーネは心を病んでしまうわ。せっかく良いお話を持ってきていただいたのですが、辞退させて下さい」
「そうだな。良い縁だが、年が離れている。甘やかして育てたフィーネにあの家は確かに荷が重いな。婚家で気苦労するのが目に見えている。この話は辞退しよう。せっかく話を持ってきてくれたのにすまない」
「そうね。確かに良い話だと思ったけど、フィーネには荷が重いわね。まだ正式な申し入れではないし、私から辞退させてほしいと言っておくわ」
父も叔母も納得してくれて、私の結婚話は夫に会う前に消えてしまった。
◇◇◇
「フィーネ、こんなところで居眠りなんかしてたら風邪ひくぞ」
夫が帰ってきたのか。やはり私は居眠りをし、夢を見ていたのだな。
また現実に戻るのか。目覚めたくなかった。
しかし、どうしたのだろう。今まで夫がそんな風に声をかけてくれた事はなかった。
眠い目を擦りながら顔を上げると、夫ではない男性がそこにいた。
「寝ぼけてるのか? 全く俺の奥さんは寝ぼけた顔も可愛いな」
その男性は後ろから私を抱きしめた。頭の中にその男性との記憶がすっと入ってくる。
あの時お見合いを断った私は、しばらくしてから学生時代に憧れていたユリウス様から結婚の打診をされ、妻になったのだ。
「なんだ、また私の絵姿を見てたのか。この絵姿の頃は、一緒に生徒会の仕事をしていたのにあんまり喋った事がなかったな。まさかフィーネが私を好いてくれていて、絵の上手い友達に絵姿を描いてもらっていたなんて夢にも思ってなかったよ。もっと早く気持ちを伝えればよかったよ」
私が手に持っているのは、本の間に挟んであったユリウス様の絵姿だった。
この頃に戻りたかったと思いながら見ていた絵姿だ。
私はこの頃に戻り、お見合いを断り、違う人生を生きているのだろうか。
あれ?
夫はどんな顔だったのかしら?
不貞?
お飾りの妻?
夫?
誰?
私の頭の中からあの夫との結婚生活の記憶が消えていく。
「領地に戻ったらふたりの絵姿を描いてもらおう」
「そうね」
ユリウス様は私の顔を見て優しく微笑む。
これが現実でよかった。私もユリウス様の顔を見て微笑み返した。
了
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受け取り方は読み手次第っていうのは、やはり読んでて面白いですね(*´ω`*)
どちらが夢でも、フィーネにとっての幸せが唯一の真実ですからね(*´艸`)フフフッ♡
感想ありがとうございます。
どちらが夢でどちらが真実か、選ぶのはフィーネになった読者様なので自分がフィーネなら?と思って読んでもらえると嬉しいです。