銀の髭、黄金の眼

遠影此方

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竜と血

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 いわく、人間の賢しらで作ったもので、高貴な存在は傷つくことはないらしい。その銀色に輝く鱗が鎧のようにその身を守るのだというのだ。しかし、白銀の竜は明らかに怪我を負っており、両翼に合わせて四箇所、胴には二箇所、放たれた矢によって身が裂かれている。それらは鱗の隙間を一見丁寧に狙ったもののように思えたが、そうではない。銀の鱗はそれらの矢の前には防壁としての役割を果たせておらず、螺旋のような創傷の穴が痛々しくも穿たれている。矢そのものは逃げ去った時の風圧で傷口から剥がれていったものがほとんどだが、一つだけ深く刺さった矢が胴に一つだけ残っていた。引き抜いてその矢じりの形を確かめようとしたのかヤヌアが手を伸ばした。矢はそこまで深く刺さってはいないのか、少年の手の力でもやすやすと抜くことができた。しかし、ヤヌアはその矢を引き抜くことばかりに気を取られ、その後については全く考えてはいなかった。矢が引き抜かれると同時に竜の傷口から赤い血潮が吹き出したのだ。ヤヌアはそれを頭から被った。血潮はすぐに止まった。俺が見ていることをヤヌアは気付き、少し恥ずかしそうに笑った。俺はそれに笑い返した。レーゲは矢が引き抜かれたことに気づいてはいなかった。俺が矢によってできた傷の具合をレーゲに伝えると、レーゲは傷が塞がるにはひと月かかるだろうと返した。その言葉は冷静そのものだったが、その中に込められた感情には屈辱の炎が燃えていた。ヤヌアが矢を引き抜いたことは言わなかった。引き抜かれた矢じりの形には、螺旋を思わせる凝った造形はなく、無骨な三角の矢じりがついているのみだった。レーゲにその矢について問うと、忌々しそうに顔を背けると目を閉じてしまった。
 
 俺はトリシャとヤヌアに、レーゲがその傷を癒すための休眠に入ったことを告げる。トリシャは顔を曇らせて酷い怪我なのかと聞いてきたが、大したことはないと言った。ついでにトリシャの抱えた責任の誤解も解こうかと考えたが、無作法なのでやめた。ヤヌアは元気をなくしたトリシャを心配そうに眺めていたが、今は自分の体中に染み付いた血の匂いに辟易しているようだった。俺は近くに泉が湧いてはいないかと探してみたが、この森の中でいくら耳をそば立ててみたところで、川のせせらぎの音は聞こえては来ず、鼻に意識を集めてみたところで、湿った匂いはしなかった。しかし、どこかにないかと三人で泉を探すことを目的に歩き始めた。我々がレーゲのそばを離れ、ほの暗い森へ進み出た時、背後につむじ風が起こった。振り返ると、伏した竜を囲むように竜巻が起こっており、外部からの侵入を防ぐように渦を巻いていた。私のせいね、とトリシャは呟いて、ヤヌアはそれを否定する。しばらく歩いていると、ヤヌアの服から血の色と匂いは消えていなかったが、その全身から赤い血の色は消え失せていた。
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