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2巻

2-3

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「どこの馬の骨か知らないけれど、その使えないヤツをこちらに渡しなさいっ」

 しかしタニア王女の高圧的な叫びを聞いて、せっかく落ち着いてきた神獣様の体がビクンと大きく震えた。私でも怖いと感じるのだから、神獣様が怖がってしまうのも無理はない。
 少しでも落ち着けばいいと私はふわふわの丸い体を抱きしめた。

「渡しません。なぜあなたに渡す必要があるのですか? あなたはこちらの方に触ることも許されないのに」
「諦めて帰りな、あばずれ王女様。ここにいる全員があんたの秘密を聞いちまってるし、神獣様に真実はバレてるようだぜ?」

 カールさんも加勢してくれて、タニア王女はじりじりとあと退ずさっていく。

「お引き取りくださいませ!」

 さらには大勢の神官さんが間に入ってくれたことで、タニア王女との距離はどんどん広がっていく。神獣様は神殿の皆さんに愛されているみたいで、本当に良かった。
 恐怖で逆立った神獣様の羽毛が少しずつ落ち着いてくる。
 大丈夫、大丈夫ですよ、皆あなたのことが大好きです。そんな思いを込めて白くてふわふわした体を優しく撫でた。

「タニア王女、とにかくお帰りください。あなたがここにいては神獣様がおびえるばかりです。聖女がいなければ神獣様が成長できないかと思いご足労願っておりましたが、どうやら逆効果のようだ」
「な、なんですって!? 聖女である私がいないとそいつが一人前になれないと言うから、わざわざこんな所まで来てやっているのに、何よっ」
「あなたがいなくともこちらのレッセルバーグからの方々のお力添えがあれば……いえ、とにかくあなたの存在は神獣様に悪影響があります!」
「お、覚えてなさいよっ」

 タニア王女の声はことさら大きくなり、私は怖くてぴくりと身体を震わせる。そのたびにアーサーが大丈夫だよと笑いかけてくれた。でも、私が怖がると神獣様にも恐怖が伝わってしまうから、それは避けたくて、神獣様ににっこりと笑いかけ続けた。
 神官さんたちに押し出され、タニア王女は護衛と共に部屋から外に出されていく。廊下からはまだわめき散らす声が聞こえていたけれど、少しして完全に聞こえなくなり、やっと安堵のため息が漏れた。

「マーガレッタ、頑張ったね」
「あ、ありがとう……アーサー」

 いつものように明るい笑顔で労ってくれたアーサーの視線は、私と、私の腕の中にいる白くてほわほわした神獣様に注がれた。

「その子、可愛いね」
「ええ、とっても! あら」

 どうやら私は緊張のあまり少し強めに神獣様を抱きしめていたらしい。アーサーに声をかけられて、やっと腕の力を少し抜くことができた。
 神獣様はもそもそと少し身じろぎしたあと、可愛らしい真っ黒でつぶらな目をこちらに向けて瞬きをした。

「おでこに緑の豆がついてるな? それに、シュー・ア・ラ・クレームっていうより、ただの白いぽわぽわだ」
《ボクはぽわぽわじゃない! シューでもないよっ》
「ふふっ、アーサー。神獣様が怒っているわよ」

 私には神獣様の声が言葉として聞こえるが、アーサーにはそうは聞こえないはず。それでもアーサーは笑いながらゆっくり手を伸ばして神獣様の頭を撫でた。神獣様に嫌がっている様子はない。むしろ撫でてもらって嬉しいようだ。

「よし、お前の名前は……シロだ!」
《なっ!?》
「だって白いし」
《変な名前を付けないでよっ! ああっ、名前が固定しちゃったじゃないかー! ばかばか、アーサーのばかあ!!》

 黒いお豆みたいな目をちょっと吊り上げて、神獣様は抗議の声を上げたけれど遅かったようだ。

「えっ! 本当に名前がシロになっちゃったんですか!?」
〈そうだよ~! 今までだれも名前をつけてくれなかったの。だからマーガレッタにかっこいい名前をつけてもらおうと思ったのに、アーサーが勝手に~〉
「滅茶苦茶可愛いよ、うん! 白いから、シロ。分かりやすいし」
《白いからシロなんて、適当だよ~。わーんばかばか、手を突いてやるぅ!》

 アーサーの指先をつんつん突きながら神獣様――シロ様は怒り始める。でも端から見ると、助けてくれたアーサーに懐いているように見えるし、一緒に遊んでじゃれついているようにしか見えなかった。


    ◆◇◆


 私たちは神殿からお願いされたこともあって、王都の宿ではなく神殿の一室に泊まることになった。
 タニア王女と対峙した翌朝。私は応接室で、シロ様を膝に乗せてポーションを飲ませていた。

《甘くておいしいねえ、このジュース》
「お口に合って何よりです。栄養たっぷりですから、たくさん飲んでくださいね」
《うん!》

 シロ様はかなり力が足りずに疲弊していたようだから、持ってきた滋養強壮の効果があるポーションをいろいろと飲んでもらっていたが、その中の一つがとてもお口に合ったようで、小さな体なのに人間用のポーションを丸々一瓶飲み切った。

「あ、おはようございます。カールさん」
「おうおはよう……って、マ、マママママーガレッタさん!? その白毛玉に何飲ませてんだ!?」

 頭を掻きつつ欠伸あくびをしながら応接室に入ってきたカールさんは、私を二度見したのち目を見開いで叫んだ。
 結構大きな声だったのに、シロ様はあまりびっくりされずに不思議そうな顔をしてカールさんを見上げている。カールさんのことは怖くないみたい。

「えっと、ポーションですよ。元気がなかったので飲ませてあげたのですが、シロ様のお口に合ったみたいで一本まるっと飲んじゃいました」
「そ、それ! アンタが作る中で最高級の特級ポーションじゃねえか!」
「ええ、そうですね。甘くて美味しかったんですって。特級ポーションは中々売れないから、こういう時に役に立って本当に嬉しいです」
「そりゃあんだけバカ高かったら、誰でもホイホイ買えるもんじゃねえよ! ソレ、瀕死の人間も治すとかいうやつだろ!? なんでそんな超貴重品を、そんな白毛玉に!」
「えっ……取っておくより使ったほうが良いじゃないですか……」
「それ一本で国が買えるって値段だろオオオオオ!?」

 さすがにそれは誇張しすぎだと思う。でも、何年も保管庫でほこりをかぶっているより、美味しいって飲んでもらえるほうがポーションも喜ぶだろう。

「うわっ! 現物なんて初めて見ました。伝説のアイテムじゃなかったんですねぇ」
「ホント! 国王だって持ってないとかいうやつでしょ? ギルドマスターが若い頃に一度見たことがあると言っていたのは聞いたことあるけど、本当に実在してたんだ」

 カールさんの後から入ってきたトリルさんとメリンダさんも、私たちを見てヒソヒソと話している……だからそんなすごいものじゃないですってば。
 するとシロ様が小首をかしげて短く鳴いた。

《マーガレッタ、これすごく高いの? ボク飲まないほうがいい?》
「いいえ、私が作ったんです。ちょっと手に入りにくい材料も使いましたが、普通のポーションとさほど変わらないと思いますよ」
「変わるよおおおおっ! 俺だって欲しいよおっ!」

 カールさんは泣きながらその場にくずおれる。ポーションならいくらでも作れるから、そんなに泣かなくても……

《カール、おもしろい、おもしろい》

 そんなカールさんの様子を見たからなのか、ポーションのおかげなのか、少し元気を取り戻したシロ様は、小ぶりな羽をぱたぱたと動かして私の膝の上から飛び立つと、カールさんの頭の上にちょこんと座る。それを見てトリルさんは手を叩いて満面の笑みを浮かべた。

「綺麗に着地しましたねぇ! シロちゃん!」
「シロちゃん可愛いわよねえ~~……あたしとトリルは触れないけど。うふふ」
「にしてもカールさんがねえ……」
「黙れっ!」
「うふふ、あんまり怒るとシロちゃんがびっくりするわよお~?」
「そうですよ、カールさん。カールさんのせいでシロちゃんの元気がなくなったら、特級ポーションの無駄遣いですよ~」
《みんなおもしろい! もっとやってもっとやって!》
「お前らいい加減にしろーっ」

 少し離れた場所からカールさんを揶揄からかうトリルさんとメリンダさんは、昔恋人がいたとかでシロ様に触らなかった。
 カールさんは頭にシロ様を乗せたまま、揶揄からかってきたメリンダさんとトリルさんを追いかけ回し、部屋にはシロ様の笑い声が響いている。
 元気になったシロ様を見て、私は頬が緩んだ。

「私たちはナデナデしてあげられないけれど、護衛とかできるからね、任せてシロちゃん」
《わぁいありがとう~》
「そして誰ともお付き合いしたことがないカールさんは、シロ様と遊ぶ権利があったという訳ですね」
「う、うるさい! 悪いかっ」
「悪くないですよねー? マーガレッタさん」

 悪戯っぽくトリルさんにそう聞かれたけれど、特に何か悪いこととは思わない。

「もちろん! 貴族だとそれが当たり前の所もありますから」
「ということは、あのタニアとかいう王女サマ大丈夫なのか? 王女で聖女だったのにまずいんじゃねえ?」
「……たしかに……」

 さっきまで楽しく笑いあっていたのに、カールさんの言葉で場の空気がずんと重くなる。それを見てシロ様は不思議そうな顔をした。

《どうしたの? おなかいたい?》
「大丈夫だ、シロ坊主。大人って大変だなって話だよ」
《そっか~、大人ってたいへんだね》

 カールさんは頭の上にいるシロ様に手を伸ばして、喉の所をちょいちょいと撫でてあげている。カールさんにシロ様の言葉は分からないはずだけれど、きちんと意思疎通している所がとても微笑ましい。
 シロ様は普通の鳥と違って表情が分かるから、注意してみていれば何を考えているのかきちんと分かるのだ。
 私はシロ様の様子を見ながら朝食を終えると、シロ様を連れて部屋を出た。
 廊下にはすでに仕事を始めている神官さんたちが歩いており、シロ様はその間をぴょんぴょんと飛び回り、時には弾むように床を歩いている。

《マーガレッタ、お散歩しよ!》
「良いですよ、どちらへ参りましょうか」
《んー……あっち!》

 神官さんたちは神殿内の危険なものは排除したと言っていたけれど、少し心配だったので、私はシロ様のお散歩について歩いた。すれ違う神官さんたちに撫でられたり祈られたりして、シロ様はとても楽しそうにしている。

「部屋にいないと思ったらシロと散歩中かい? マーガレッタ」
「あ、アーサー」

 後ろから声をかけられて振り返ると、神官長と話し合いをしていたアーサーが立っていた。

《アーサー!》
「シロ~、元気になったなあ」

 シロ様はぱたぱたと羽ばたいて、アーサーの真っ赤な髪の毛の上にちょこんと座る。どうやらシロ様は背が高い人の頭の上に乗るのが好きなようで、カールさんとアーサーの頭の上によく乗っている。

《アーサー! 昨日内緒でくれたクッキーちょうだい!》
「ん~……シロ。それは『マーガレッタには内緒にするんだぞ』、って渡したクッキーのことかい?」
《そうだよ! サクサクしてておいしかったぁ》
「それはマーガレッタの前で言っちゃ駄目なんじゃないかなあ?」
《あっ……》

 お夕飯前にクッキーを渡した犯人はあなただったのね、アーサー。
 それにしてもアーサーにはシロ様の言葉は小鳥の声に聞こえているはずなのに、どうして完全に意思疎通ができているんだろう?

「シロ様。いくら神獣様とはいえ、お夕飯前におやつを食べてはいけません。それとアーサーもそういうのを隠れてやるのはやめて」
「うっ、ごめんね……ほら、シロも謝って」
《ごめんなさい、マーガレッタ……》
「今後は許しませんからね?」
「了解です」
《はいっ》

 その様子をアーサーと一緒にいた神官長様も見ていたらしく、微笑んでいらっしゃった。
 シロ様と散歩してみてわかったのだが、ここはとても居心地の良い神殿で、神獣であるシロ様が降りてきて力をたくわえるのに最適な場所だ。
 皆さん、シロ様を撫でるたびに自分の中にある神聖力を注いでいるし、触れない人たちも祈りを欠かさない。シロ様の気持ちもすぐに落ち着いたし、ボロボロになっていた羽にもすぐに艶が出てきた。
 王女一人いなくなっただけでこんなに素晴らしい場所になるなんて。
 このままシロ様が真の神獣の力を取り戻すまで、穏やかに過ごせるようになってほしい……
 私はシロ様を撫でながらそう祈った。


    ◆◇◆


「私たちはヘーラクレールの冒険者に声をかけてみるわ」
「私はついでに酒場なんかを回ってきますね。お任せください、吟遊詩人の情報収集能力の高さを見せてあげますよ」

 メリンダさんとトリルさんは、神殿にいてもシロ様のためにできることがないため、街へ向かうことになった。

《お歌のお兄さん、戻ってきたら新しいお歌、聞かせてね》
「お任せくださいませ~~♪」

 やけに美声な別れの言葉を発したトリルさんを、シロ様は名残惜しそうに見ていた。
 シロ様はトリルさんの歌をすごく気に入っているようで、よく一緒に歌っている。
 トリルさんもシロ様に天上におわす神様たちのお話を聞くのが好きみたいで、目を輝かせながら聞いている。
 というか、トリルさんもシロ様の言葉がわからないはずなのに、きちんと会話が成立している。やっぱりシロ様は普通の鳥ではないからなのだろう。神官さんたちともなんとなく意思の疎通ができていて、お水を貰ったり、散歩に連れて行ってもらったりと何不自由なく暮らしている。
 ハッキリとした言葉はわからないみたいだけど、ニュアンスはわかっているのかもしれない。シロ様が力を取り戻しはじめたからだろうか。

「お姉さんもシロちゃんのために頑張ってくるわねぇ~! 夜には戻ってくるから、良い子で皆と遊んでるのよ~~」
《絶対戻ってきてね! お姉さん~》

 シロ様はメリンダさんのことも大好きだ。撫でたり触ったりできないだけで、こうやって様子を見たり会話をしたりするのには何の問題もない。

「シロ様はこんなに無邪気で活発な方だったのですね」
「神官長様……」

 街へ向かう二人を門の側まで見送るシロ様を、神官長様は目を細めて見守っている。

「私たちが来るまでは違ったのですか?」
「……シロ様が地上に降りられた時、すでにタニア王女がいらっしゃったので……」
「ヘーラクレール王国の聖女の方、ですよね?」

 神官長様は小さくため息をついてから、私のほうを見て小さく頷いた。

「ええ。このヘーラクレール王国では、代々王家のご息女が必ず一人は聖女として神殿に入られると決まっております。神殿で指名した王家以外の聖女も一人在籍していたのですが、彼女が老衰でこの世を去ってから、国はヒュドラの封印を御しきれていないのです」
「あの……新しい聖女様はおられないのですか?」

 神官長は悲痛な面持ちで首を横に振った。

「八方手を尽くし探しているのですが、適任者がおらず……。タニア王女が聖女として在籍しているから何とかなるだろうと、様子を見ていましたが、やはりダメなのでしょうね。私どももタニア王女の聖女としての力は疑問に思う所がありましたが、『聖女は王家より選ぶ』という決まりですから」
《ボクがお父さんから聞いたお話とちょっと違うよ?》

 トリルさんとメリンダさんのお見送りが終わったシロ様が、私の足元までぴょんぴょんと跳ねて戻ってきて、可愛らしく首をかしげた。

「シロ様。お父様に聞いたお話とは何のことでしょうか」
《んーとね……》

 しゃがんで腕を伸ばすとシロ様はぴょんと飛び込んでくる。
 私はシロ様を抱きかかえて、顔を覗き込んだ。

「たしか、毒竜ヒュドラとの戦いに勝利したヘーラクレールだったけれど、完全に消滅させることができなかった。遺骸いがいと毒は大地に残り続け、それを見守り封印するための長いお役目をするものが必要になった……それがヘーラクレール王国の王族の始まりでしたよね?」
《うん、そんな長くて大変なお役目をみんなにさせるわけにいかないから、自分たちでなんとかするってへーラクレールは言ったんだ。でも何かあったら助けてほしいな、っていうのも言ってたの。だから別に、聖女は王家の人じゃなくてもいいんだよ》
「じゃあ聖女の力がない王女に、無理やり聖女の役目をさせなくていいということですか?」
《そうだよ。力がないのに聖女なんてできないでしょ~? 聖女がいなくてこの国は毒がいっぱいになっちゃったから、ボクが助けにきたんだよ》
「そうだったんですね……」

 シロ様のお話は神官長様も一緒に聞いていた。とはいえニュアンスしかわからないので、私はシロ様の話をなるべくそのまま神官長様に伝える。
 すると、神官長様の眉間に深いしわが刻まれてしまった。

「……近年、聖女は救いの主であるように崇め奉られておりました。特に王家から選出される聖女はそれこそ神の如く神聖であるかのように扱われておりましたが、シロ様のお話では、聖女とは過酷なお役目を担うがゆえに民の負担とならないよう、王家より遣わす……と初代ヘーラクレール王はお決めになったのですね」
《そーなの。だからヘーラクレールの王族は勉強して、いつでもヒュドラをやっつけられるくらい実力を磨かないといけないから、いっぱい頑張らないといけないんだよって、お母さんが言ってた》
「ヘーラクレール王族は常に己を律していらっしゃるんですね」

 そう神官長様に話しかけるが、肯定の言葉は一つも返ってこず、神官長様の顔色は悪くなり深いため息をついてしまった。

「……初代様の高い志は一体どこへ行ってしまわれたのでしょうか……嘆かわしい」

 この国の内情にあまり詳しくない私でも、今の言葉で、この国の王族がどうやらあまり勤勉ではないということがわかってしまった。

《ボクのお父さんは、ヘーラクレールを乗せていっぱい活躍したんだよ! だからボクも勇者を乗せて活躍するんだ!》
「まあ、素敵ですね」

 黒いつぶらな瞳をキラキラさせて未来の活躍を語るシロ様は、この国に向かう途中の馬車で英雄の活躍を聞き、目を輝かせていたカールさんやアーサーと似ている。
 男性というより、元気な男の子みたい……うん、これは良い傾向だ。かなり元気になってきた証拠にシロ様はぱたぱたと羽ばたいて私の周りを一周した。
 力もしっかり回復して調子もよさそう。この調子で行けばシロ様は立派にお役目を果たせるようになるだろう。

「でも今のままじゃ人は乗せられないぞ、シロ。もっといっぱいご飯を食べたほうが良いんじゃないか?」
「アーサー!」

 ふいに後ろから腕が伸びてきたかと思うと、シロ様の頭を大きな手が撫で始めた。

《ボクはもっともっと大きくなるもん! アーサーだって乗せられるくらいになるんだからっ》
「頑張るんだぞ。……マーガレッタたちがこっちにいるって聞いて、迎えにきたよ。……神官長、招かれざる客が来たぞ。マーガレッタもシロも……城から王女と王太子が来た」

 やってきたアーサーは最初こそシロ様に笑いかけていたが、後半は苦々しい顔つきでそう口にした。
 恐ろしくなったのか、シロ様は慌てて私の胸に顔を埋める。それをしっかり抱きしめて、私は神官長様とアーサーを見た。
 二人とも表情は硬かったけれど、力強く大きく頷いてくれた。


    ◆◇◆


「何あいつ! 何者なの!?」

 私はタニア・ヘーラクレール。このヘーラクレール王国の第一王女であり、誉れ高き聖女のお役目を全うする、素晴らしき者。
 それなのに私の神殿でどこぞの馬の骨とも分からぬ地味な女に罵倒され、追い出されてしまった。あの神殿は聖女である私の物なのに!
 爪を噛みながら馬車で王城へ戻ると、お兄様と出くわした。

「おや、我が麗しの妹姫はご立腹だね?」
「お兄様っ、聞いてくださいませ!」

 私は自分の中から沸き立つ怒りをお兄様に訴える。なんとかしてあの無礼な一団をこの国から追い出さなければ気が済まない!

「ふむ。神殿にレッセルバーグ国から特使が来ると小耳に挟んだけれど、もしかしてそれかい?」
「特使……? レッセルバーグなんて名前を聞いたこともありません。だから無礼なのねっ」

 私が知らないということは、どうでもいいちっぽけな国なのよ!

「無礼って一体何が起こったんだ?」
「地味女が聖女である私を神殿から追い出したのよ! それにあの役立たずと話ができるからって、神官共は地味女の味方をするし、もう最低よ!」
「役立たず……あの神獣をかたる丸い変な鳥か。我がヘーラクレールの神獣ならば初代英雄様と所縁が深い天馬が現れるはずなのに、小鳥では見栄えも悪い」
「本当に! それなのに神官共もあんな役立たずを持ち上げて! 腹が立つ!」

 しかも……汚れてるって何よ、汚れてるって!!
 だって聖女は夫を得ても構わないのよ。この間までいた婆さん聖女だって孫がいたもの。私だっていずれ地位の高い夫を得るんだから、それまでちょっとくらい遊んだって許されるのよ。神官長がダメと言っても、私が許されるって言ったら許されるんだから。

「それなのに……あの役立たず! また鳥籠とりかごに入れてしつけてやるわ!」

 何の力もないくせにジージー、ジージーうるさいのよ、あの鳥!
 それにしても頭にくるっ! イライラのあまり、綺麗に塗られた爪をかじってしまう。

「そうだわ、お兄様も一緒に来てよ、私一人だからあんなならず者に舐められるのよ、王太子であるお兄様が一緒なら心強いわ!」
「ふむ……そうだね。可愛い妹のお願いだ、聞いてやらんこともないな。タニアに無礼を働いた地味な女も見てみたいし」
「なら早速行きましょう! 今度は騎士もたくさん連れていくわ。地味女たちに痛い目を見せてやらなきゃ」

 そして私がこの国の唯一の聖女だって認めさせるのよ。
 全員私の言うことを聞けばいいのだわ!
 そうして私はお兄様とたくさんの兵士を引き連れて、もう一度神殿へ乗り込むことにした。これだけいればあいつらも私に平伏するでしょうよ!


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