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2巻

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   第一章 元地味薬師令嬢、ヘーラクレールへ


 私の名前はマーガレッタ・ナリスニア。今は無きリアム王国のランドレイ侯爵家の次女で、王太子ノエル様の婚約者だった。
 地味で見栄えが悪いという理不尽な理由で、婚約を破棄され国外追放までされたけれど、隣国のレッセルバーグ国で優しい貴族のお爺様、グラナッツさんに助けられ、薬師として生きていくことにした。
 私がいなくなったリアム王国は、お貸ししていた「みなさま」という神様たちとの契約が終了したことで事件や天災が起き、やがてリアム国の経営は一気に傾いてしまう。
 それとは逆に、戻ってきた「みなさま」のおかげもあって、私はレッセルバーグ国で薬師として順調に過ごし、この国の第二王子であり、のちの夫であるアーサーと出会った。
 私を捨てた王太子や実家からの嫌がらせはたくさんあったけれど、アーサーやレッセルバーグの人たち、そして「みなさま」に手伝ってもらいながら、私はレッセルバーグ国で幸せに暮らしている。



    ◆◇◆


 リアム王国の件が落ち着いて、アーサーと婚約した私は、いつものようにナリスニア公爵邸の庭にある調剤小屋で新しいポーションを作っていた。
 すると、アーサーが顔を覗かせた。

「あ、アーサーいらっしゃい……って、どうしたの!? 元気がないように見えるわ」
「……俺は大丈夫なんだ……実は兄上が」

 いつも元気なアーサーは、今はまるで水が貰えない薬草みたいにしんなりしおれている。私は薬を調合していた手をすぐに止め、小屋の中のソファに彼を案内した。
 一緒にポーション作りをしていたメイドのカメリアに薬草茶を用意してもらい、私はアーサーの対面に腰かける。この薬草茶は少し苦いけれど気分がすっきりするから、少しは気分が晴れるといいけれど。
 アーサーはお茶をぐいっと飲み干すと、眉間にしわを寄せながら深いため息をつき「兄上が……」とこぼした。

「イグリス様に何かあったの?」
「うーん……なんていうか上手く説明できない状況なんだ。マーガレッタ、よければ兄上を診てほしいんだ」

 イグリス様は、アーサーのお兄様にあたる、レッセルバーグ国の王太子。リアム王国の件では本当にお世話になったし、今もお世話になっている。
 いつも明るく振る舞っているアーサーがこんなに焦燥しているだなんて、イグリス様の状況は深刻だと思っていいみたい。

「薬師の私でよければいくらでも。すぐにでも行きましょう」
「助かるよ」

 作りかけだったポーションをカメリアに引き継ぎ、私はすぐに王城に行く準備を始める。
 とりあえず、手近にあるポーションをバスケットの中に放り込んで、私は早速アーサーと一緒に王宮へ向かった。
 イグリス様の容態はもちろん気になるけれど、彼の婚約者、アルティナ様のことも心配だった。
 強気な発言が多いアルティナ様は、イグリス様のことを深く愛している。きっと周りを気遣って平気を装っているんだろうけれど、内心はとても心配して、時間が空けば看病しているに違いない。私はイグリス様以上に、アルティナ様の体調が気になっていた。
 アーサーに連れられてお城に着き、イグリス様の部屋へ向かう。その途中、アルティナ様に出会った。

「あら、マーガレッタ。王妃殿下に呼ばれたのかしら?」
「アルティナ様」

 いつも通りのキリリとしたお顔だったけれど……いつもよりお化粧が濃い。きっと周りに悟られないよう隠しているんだと思う。声にもいつものようなはなかった。

義姉あね上、マーガレッタにまで強がらなくてもいいじゃないですか」
「……そうね……」

 アーサーが後ろから声をかけると、アルティナ様は眉尻を下げた。二人の様子からしてもイグリス様の容態は深刻そうだ。持ってきたポーションの中に、イグリス様の容態を良くできるものがあるといいけど。

「来て、マーガレッタ。あなたの意見も聞きたいわ」
「もちろんです、アルティナ様」

 深刻そうな顔でアルティナ様が案内してくれたのは、イグリス様の寝室――ではなく彼の執務室。こんなときでも仕事をするのは困ったものだ。

「イグリス、アルティナです。入りますわよ」
「ああ。どうぞ」

 部屋の扉が開いた瞬間、私は驚いて声を失ってしまった。
 目の下が真っ黒で、素敵な紳士の片鱗へんりんも残っていないほどヨレヨレのイグリス様が、執務室の机で書類を書いていたからだ。

「こんにちは、イグリス様。ご体調は大丈夫でしょうか」
「まぁ……万全とは言えないかな」

 イグリス様は疲れきった表情でにっこりと笑うと、訥々とつとつと語り始めた。

「二週間ほど前だったか。母上のシュー・ア・ラ・クレームを全部食べてしまったんだ」
「シュー・ア・ラ・クレーム……というのは、小山のような焼いた生地の中に、クリームをたっぷり入れたお菓子ですね?」
「ああ。美味しくて二十個ほどいっぺんに食べてしまったら、その日から夢にそのシュー・ア・ラ・クレームが出てくるようになったんだ……っと」
「イグリス!」
「兄上!」

 話しながら上半身が倒れそうになるイグリス様を、アーサーとアルティナ様が素早く支える。

「兄上。今はお休みになられたほうが」
「寝ると、シュー・ア・ラ・クレームが現れるんだ」

 その夢はとても美味しそうだけれど、イグリス様の様子を見るに、悪夢なのかもしれない。

「白くて丸いシューが食べないでくれ、助けてくれって……」
「助けて……?」
「ずっとそんな感じで夢に出てくるから、最近全然眠れないんだ。ああ、こんなことならあんなに食べるんじゃなかった。ちゃんとアルティナやマーガレッタに分けるんだった……」

 イグリス様は、頭を押さえて深いため息をつく。
 これは病気というより重度の睡眠不足という感じがする。まさかお菓子がイグリス様から睡眠を奪っているとは……いや、そんな話あるわけがない。

「医者も病気ではないって言うから、原因がわからなくてね」

 アーサーも重いため息をつく。
 私はひとまずバスケットの中からポーションを取り出した。

「良かったらこのポーションを飲んでみてください。睡眠薬ではなく栄養剤ですが、鎮静作用があって眠気を誘うんです。眠ることができればご体調は改善すると思うのですが」
「ああ……でも、もう夢でシューには会いたくなくてな」

 私はアルティナ様に色々なポーションの入ったバスケットを渡す。はかなげに笑いながら受け取った彼女は、イグリス様の背中を支えて立ち上がらせた。

「せっかくだものイグリス、これを飲んで休んでみましょう?」
「ああ、我が義妹のポーションが効くことは、周知の事実だからな」
「当たり前じゃないですか、兄上。マーガレッタのポーションなら、兄上も悪夢なんて見ずにぐっすり眠れますよ」

 逆側からアーサーが支えて、三人は執務室からイグリス様の寝室へゆっくりと歩き出した。私も後ろからついていく。部屋まで送り、アルティナ様は中に残ったけれど、アーサーは廊下へ出てきた。
 扉の閉まる音が心なしかいつもより重く聞こえ、アーサーはもう一度ため息をつく。アーサーもイグリス様の前では無理をして明るく振る舞っていたんだろう。

「あの通りなんだ。シューの呪いなんてある訳ないって分かっているんだけど、それしか今のところ思い当たる節がないっていうんだよ」
「そうね、食べたくらいでお菓子が呪ってくるわけないもの……それに『助けて』はおかしいわ」
「食べられたくなくて助けを求めたのかな? いやそんなはずない。もう兄上はシューを食べてしまった後なんだから」

 イグリス様のお部屋の前で、私とアーサーは考え込む。

《ジジッ……たす、……たすけて、だれか、たすけて》

 その時ふと、小鳥の鳴き声が聞こえた。
 辺りを見回すけれど、近くに窓もないし小鳥の姿は見えない。でも聞こえた声は、助けを求めていた……

「今、鳥の声が聞こえなかった?」
「え? 特に何も聞こえなかったけど……」

 もしかして、気のせい?
 ううん違う。今の声は間違いなく助けを求めていた。
 そして声が聞こえたとともに、イグリス様の部屋に向かう何かの気配を感じた。子供の頃からよく知っている、いつも私の傍にいて助けてくれる存在によく似ている。

「もしかしたら『みなさま』が何か知っているかもしれないわ」
「本当かい?」

 私はアーサーにコクリと頷く。私たちはすぐに王宮を出ると、「みなさま」に話を聞くためにナリスニア公爵邸へ戻ることにした。
 公爵邸へ帰ってたずねてみると、「みなさま」はすぐにお返事してくれた。でも、あまり乗り気じゃないようだった。

〈えーと……〉
〈わ、わたくしたちはマーガレッタに幸せになってもらいたくて……〉
〈面倒事を押しつけたくないんだ……〉

 言い渋る「みなさま」と話をしたいとアーサーに告げると、アーサーは首肯して「下でお茶でも飲んで待っているよ」と言って部屋から出て行った。
 彼ならいても問題はなさそうだけれど、「みなさま」に本当のことを聞きたくて甘えさせてもらった。
 再度話しかけると、再び躊躇ちゅうちょしたような返事があった。やっぱり「みなさま」はあの鳥の声について何か知っているらしい。
 私が根気よくお願いし続けると、「みなさま」は顔を見合わせてから、ゆっくりと話し始めた。

〈えーと……実は〉

 話してくれたのは、レッセルバーグ国から一つ国を挟んだ先にあるヘーラクレール王国のことだった。

〈ヘーラクレール王国がある場所は、ずっと昔に九つの首がある毒竜ヒュドラが住んでいたんだ。そいつは大地を汚染して人々の命を奪った厄介者だったんだけど、ヘーラクレールっていう聖騎士が討伐のために立ち上がったんだ〉
〈私たちはヘーラクレールに力を与えてヒュドラ討伐を手伝ったの。討伐は成功したのだけれど、長年汚染され続けた大地は中々回復しないし、ヒュドラの遺骸いがいも酷い毒と瘴気を放って浄化しきれなくて、大地に封じ込めるのがやっとだったの〉
〈だから聖騎士ヘーラクレールの一族は代々王族として、ヒュドラの毒と瘴気を封印し続けることになった。だけど最近になって封印が緩んだんだ〉

 悲しみの感情が伝わってくるから、きっと「みなさま」は今、深いため息をついたんだろう。

〈情報は広がっていないが、ヘーラクレール王国は今、封印から漏れ出る毒と瘴気にさらされ、かなりの死傷者が出ている……少し前に聖女が亡くなってからさらに酷い〉
〈さすがに哀れに思った私たちは、神殿からの悲痛な叫びもあってヘーラクレール王国に神獣を送ったの。でも彼らでは送った神獣を育てることができなかった。現聖女に力がなくてね〉
「ということは、あの声はその神獣様が助けを求めている声なのですね。でもどうして私ではなく、イグリス様に求めているのでしょう?」

 湧き出た疑問を口にしたところ、また「みなさま」は言い渋った。それでも私は辛抱強く返答を待つ。
 私が諦めないと知った「みなさま」は、再びため息をついてから教えてくれた。

〈あなたに助けを求めるのは、やめてもらったの。一番聖女の適性があるのはマーガレッタなんだけど、あなたに迷惑をかけたくなくて〉
「まあ、水臭いじゃないですか! 私、迷惑だなんて思いません。いつも「みなさま」には力を貸していただいて感謝しているんですから」
〈マーガレッタ……そう言ってもらえると嬉しいよ。でも君には君自身の幸せを考えてほしいんだ。聖女として頑張ることなんてしなくていい〉
「大丈夫です、私は十分幸せですよ! イグリス様のこともありますが、その神獣様も心配です。毎夜助けてと泣いているんでしょう?」

 イグリス様の話から推測するに、昼間もずっと助けを求めているのだろう。だからイグリス様はちゃんと眠れずにいる。その神獣様を助けないと、イグリス様はきっとあのままだ。

〈……マーガレッタの次に神獣と親和性が高かったのがイグリス王太子でね。彼には迷惑をかけているね〉
「私、ヘーラクレール王国へ行ってきます。体力回復のポーションを飲ませてあげるだけでも、神獣様の元気が出るかもしれませんし」
〈でもマーガレッタ、あなたはもうそんなことしなくていいのよ。ここで皆と幸せに暮らせるんだから〉
「私がしたくて行くのであって、誰かに強制されているわけじゃありません。私に、神獣様を助けさせてください!」

 私が力強く伝えると、「みなさま」は三度ため息をついたのち、〈ありがとう〉と私に賛同してくれた。
 よし、そうと決まればすぐにヘーラクレール王国へ行く準備をしなくちゃ。
 神獣様を助けるために!


「俺も行く」
「アーサーは第二王子なのよ。レッセルバーグに残ったほうが……」
「嫌だ、絶対マーガレッタと一緒に行く!」

 私が勝手に決めたことだったから一人でヘーラクレール王国に行くつもりだったが、アーサーに話した途端、断固として反対されてしまった。

「でもアーサー……」
「これは譲れないよ、マーガレッタ。婚約者を一人で国外に行かせるだなんて絶対に駄目。というか俺が嫌だ」

 その隣でグラナッツさんも、うんうんと頷いてアーサーに同意している。

「うむ、アーサーは腕が立つから絶対必須だ。それとカールを呼ぶぞい。一緒に連れて行かねば、ヘーラクレールに行くことは許さん。カールたちの給金は国庫から出そう。ラディアル、すぐに手配を」
「かしこまりました、お祖父様。マーガレッタ、イグリス様の不調の原因を調べに行くんですから当然ですよ。それにヘーラクレールはきな臭い」

 私の義兄にあたるラディアルさんにも注意されてしまった。
 でも、一番怖かったのは、公爵邸のメイド、ロジーさんだった。

「公爵家の令嬢を、一人で別の国へ出かけさせるわけがないでしょうっ!」
「で、でも……」
「でもじゃありませんっ!」
「は、はい……」

 最終的に、一人で行くつもりだったヘーラクレール王国への旅は、想像以上に大所帯になってしまった。


    ◆◇◆


 数日後、私はナリスニア公爵邸の玄関で、出立の最後の準備をしていた。そこにアルティナ様が見送りにやってきてくれた。

「気をつけて行ってきてちょうだい。できる限りの支援は約束するわ」
「分かりました、アルティナ様」

 アルティナ様は、動きやすい服装の準備から、ヘーラクレールでの宿泊先まで手配してくれた。荷物の準備だけでてんやわんやしていたから、本当にありがたかった。

「アーサー、死んでもマーガレッタを守るのよ」
「当然です、義姉あね上」
「し、死なないでくださいー!」

 ちょっと大袈裟にアルティナ様が激励してくれたのち、私たちはヘーラクレール王国へ向かうべく、馬車に乗り込んだ。

「やっほーマーガレッタちゃん!」
「あっ! あなた方は……」

 なんと用意してもらった馬車の中にはもうすでに人が乗っていて、私をリアム王国からこのレッセルバーグまで連れてきてくれた、魔法使いのメリンダさんと吟遊詩人のトリルさん、そしてカールさんがいた。

「すんげー給料が高いワリのいい仕事があるってカールさんに誘われちゃってね!」
「やあ、マーガレッタさん。今回もよろしくお願いしますよ~」
「メリンダさんにトリルさん、お久しぶりです! 最近の調子はどうですか?」
「最近はマーガレッタさんの作ったハーブのど飴にお世話になってるよ~、吟遊詩人にとってはアレは最高だねぇ~」

 トリルさんが言っているのは、たしかアルティナ様が風邪で喉を痛めていた時に渡したのど飴だった気がする。アルティナ様の強い勧めで商品化したけど、風邪だけじゃなくて声のお仕事をしている人にも好評だったんだ。

「最初にレッセルバーグへ逃げていた時に、護衛してくれた人たちだっけ」
「はい! とても心細かった時にたくさん励ましてもらいました」
「そっか、みんなよろしくな。俺はアーサー! メリンダにトリル、そしてカールも」
「はーい、よろしくお願いします。アーサー王子。あと私はグラ爺ちゃんに定期連絡するという密命も帯びているのよ。変なことしたら即、通報! なんだからね」
「グラ爺心配しすぎだろ!」

 メリンダさんが早速『密命』を暴露してしまうものだから思わず笑ってしまった。密命なら内緒にしないといけないのでは!?

「何言ってるのよ、アーサー王子。マーガレッタちゃんはこんなに可愛いのよ~。心配しすぎる気持ちわかるでしょ?」
「うん。たしかに」

 アーサーまで何を言っているの!? ぽっと顔が熱くなる。

「ほらねーっ、可愛い!」
「メ、メリンダさん」

 見知った人たちと一緒にいられるおかげで、見知らぬ地へ行く不安はすでに吹き飛び、長い道のりを楽しく過ごすことができそうだった。
 和気藹々と話していると、やがて馬車が動き出す。ナリスニア公爵邸の敷地を出て大通りまで来ると、トリルさんが愛用の楽器であるリュートを取り出して、口を開いた。

「さてさて、吟遊詩人の私がいる理由をお教えしましょう」
「子守唄を歌うだけじゃねえんだよな、これが」

 なぜかちょっぴりカールさんが訳知り顔でふふん、と鼻を鳴らした。トリルさんはそんなカールさんを気にも留めず、軽く弦を弾いた。

「マーガレッタさんはヘーラクレール王国のことをあまり知らないと聞きましたから、私が知っているヘーラクレールの叙事詩サーガをお教えしましょう」
「少しだけ勉強はしてきましたが……助かります。ぜひ教えていただきたいです!」
「この吟遊詩人にお任せあれ。歌唱代金はレッセルバーグ王家にツケておきましょう」
「兄上のお小遣いから払うように取り計らっておこう」

 笑いながらそんなやり取りをしているけれど、トリルさんは本当は金銭なんて要求しないだろうし、アーサーもイグリス様のお小遣いからお金を持ってくることもしない。彼らはこういう冗談のやり取りが好きなのだ。

「さあて、それでは神に愛されし、英雄ヘーラクレールの物語が始まります。心ゆくまでお楽しみください」

 ぽろろん、とトリルさんが楽器の弦をつま弾くと、綺麗な音色が馬車の中に響く。ガラガラと響く車輪の音が聞こえなくなった。
 カールさんは腕を組んだままだったけれど、私とメリンダさん、そしてアーサーはわくわくしながらトリルさんに視線をやる。
 こほん、と小さな咳払いをしてから、トリルさんはリュートを弾きながら歌い始めた……すごく綺麗な声で思わずうっとり聞き入ってしまう。

「時は今よりずっとずーっと昔。現在のヘーラクレール王国のある場所は、深い毒の沼地でした。そこには巨大な毒竜ヒュドラが住み着いていたのです」

 毒竜ヒュドラは巨大な竜で、さらに頭が九つもあり、人間や動物など目につくものをなんでも食い荒らす凶暴な生物だった。その様子に神様は心を痛めていたが、地上のことに直接手を下すわけにもいかず、悩んでいた。
 そこで立ち上がったのが聖騎士、ヘーラクレールだった。
 ヘーラクレールは神から加護を受け……ヒュドラの首をバラバラに斬り落とし、討伐に成功する。しかしその首は、ヒュドラが死んでもなお強い毒を放出し続けた。
 ゆえにヘーラクレール一族はそれを封印するための塚を作り、子々孫々にわたりヒュドラとその毒を封じ続ける要となった。

「こうして神の加護厚き地は、英雄ヘーラクレールの名を冠したヘーラクレール王国と名づけられたのです。ヘーラクレールの血を継ぐ代々の王は神聖力でヒュドラの毒を封じ続けることを義務付けられており、そのおかげでヘーラクレールの大地の平和は成り立っているのです」

 トリルさんはそう締めくくって、最後にもう一度ぽろろんと弦をつま弾く。美しい音色と共に語ってくれたヘーラクレール王国の話はとても面白かった。

「ヘーラクレールかっこいいな……特にヒュドラ戦の所が良い。神の助力である神獣に乗って空中戦するのが特に良い!」
「ああ、空飛ぶ馬だろう。乗ってみたいなあ」

 アーサーとカールさんは臨場感たっぷりに歌われたヒュドラ戦が特に気に入ったようで、何度ももう一度歌ってくれと頼みこんでいる。

「良いですとも! 毒竜ヒュドラは山を思わせる巨大な体躯、神の力を授かった聖騎士ヘーラクレールと銀に輝く聖剣シルヴァンティンをもってしても、弱点である額まで届かない。そこへ暗き天を割って神の僕たる神獣たちが現れたのです!」
「おーっ」
「男ってさぁ~いくつになってもああいうの好きだよねえ。英雄譚みたいの」

 子供のように目を輝かせて夢中になっている二人はまるで少年のようで、メリンダさんが小声でささやくのを聞いて私は思わず小さく吹き出してしまった。

「あはは……そうみたいですね」
「何回同じ歌を聞くのかしら? 私、飽きてきちゃった」
「うふふ、ちょっとだけ分かります」

 ヘーラクレールが何度も危機に陥りながら、神獣や仲間たちとヒュドラの頭をすべて大地に打ちつけ、封印する所がよっぽど気に入ったらしい。

「ヒュドラが最期にヘーラクレールを道連れにしようと一番強力な毒を吹きかける所は良いなぁ」
「ああ、神獣の天馬がその身に毒を浴び、ヘーラクレールの身代わりになる所だろう?」
「そこにもう一頭、薬神様やくじんさまの使いの角のある馬がやってきて天馬を癒すんだ」
「ああ、良いですよねぇ~。天馬は毒で全身が真っ黒になって純白の輝きを失いながらも命は助かる。それを見ていた全能の神様の計らいで、真っ黒な天馬は体だけ白に戻してもらい、それから全能の神様の乗り物になった、ってところですね」
「うん。天馬とヘーラクレールには友情があったんだろうな」
「違いねえ……」
「うんうん」

 三人が意気投合するのを見て、私とメリンダさんは顔を見合わせてくすっと笑った。
 良い話というのもあるけれど、男性三人が目を閉じてうんうんと頷きあっている姿が面白かったのだ。


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