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6 馬鹿なヒドインの典型例ですわ

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「ニーナ・ハヴェル子爵令嬢。学園へ入学する数日前から言動がおかしくなったそうです」
「おかしく、とは?」
「自分は王太子妃になるんだと、グウェイン様とは運命で結ばれた間柄なのだと吹聴しているそうです」
「ハヴェル家は確か小さな地方領主だったな?」
「ええ、これと言った産業もなく、街道からも外れていますから……ハヴェル子爵は娘を窘めているようですが、夫人がその世迷言を信じているそうです」

 ニーナ……ニーナ・ハヴェル子爵令嬢。ピンクの髪……名前に覚えはないけれど、ピンクの髪は代々ヒロインに多い色だ。私はゆっくり目を開ける。ここは学園の救護室で、近くに人の気配……この声はグエィン様とマックス様だから、きっと二人はあの女生徒のことを調べて報告書を見ているんだろう。
 ああ、ここにきてとうとう「ヒロイン」が現れたんだ……やはり私は「悪役令嬢」だったんだ……。

「あっ、お姉様、お姉様! グウェインさま、お姉様が気が付かれました!」

 ベッドの左側にカリンがいて、私の左手を握り締めていてくれた……暖かいわ、カリン。ありがとう。

「カリン……怪我はない? どこか痛い所は……?」
「私は大丈夫です、私が丈夫なのはお姉様もご存じでしょう?」
「いくら丈夫でも、怪我をしては嫌よ……? それにあんなことはしないでちょうだい、あなただって立派なリンデンドール家の令嬢なのよ」

「庇った件についてはお姉様に言われたくないですわ。お姉様だってグウェイン様の前に出たじゃない。だから私も出たんです。お姉様は……そ、その、ついでです、ついで!」

 カリンが頬を赤らめて右横を向きました。嘘をつく時に目を合わせず右横を向くのはカリンの癖です。なんて可愛いんでしょうか。

「……そうね、殿下をお守りしなくてはいけないものね」
「そう、そうですよ! お姉様」

 私より素直で可愛いカリン。どうかそのままでいて頂戴ね?

「でも私にも少しは良い恰好をさせてもらいたいんだ。カリン、エイミア……。そして私の心臓のことを考えてくれるのなら、私の背に庇われてくれないかな? 君たちが怪我をしたらと思うと心臓が縮み上がったよ」
「……申し訳ございません。グウェイン様」
「ごめんなさい……」

 私とカリンは謝りますが、きっとこの先同じことがあったのなら同じことをすると思います。私達は家臣なんですから。

「それにしてもとんでもない女生徒が現れたものだ。私もこんなことを言い出す人間がいるとは正直信じられない」

 見て欲しい、とグウェイン様は私とカリンにニーナ・ハヴェルに関する調書を手渡してくれた。一通り読んで、頭痛が酷くなった。これ、馬鹿なヒドインの典型例じゃない……。ニーナになった中の子はあまり小説を読んでいないのかしら??

「あの子、ホントに怖いです。クラスも違うし名前も今日初めて知ったし……話もしたことがないのに、私のことを親友って言うなんて」

 調書に目を通しながら、カリンは青い顔をしている。そうよね、カリンにしてみたら意味が分からないものね。きっとあの子の読んだ小説の中で、カリンはニーナの親友なんだろう。私がカリンの教育をしなかったら……カリンは今いる上位クラスには入ることができなかったはずで、ニーナと同じ下位クラスに通うことになっただろう。
 きっとそこでニーナとカリンは友好を深める……そして今の状態ではどちらが王太子殿下と恋仲になるかは分からないけれど、意地悪なエイミアを断罪してざまぁするストーリーなんだろう。

「……本当に恐ろしいわ……」

 こうならないようにたくさん努力をしてきたはずなのに、結局その流れに乗ってしまう……強制力、なのかしら。

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