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61 フィンは最高の騎獣(フロウライト

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「くるー!」
「フィン?」

 久しぶりに見た愛獣はとてもご機嫌でとても美しい姿を保っていた。グリフォンという凶暴な魔獣だ、世話ができる者が限られている。その私がこのザマなのだ、フィンには居心地の悪い生活を強いていると思ったのに様子は想像とはまったく違っていた。

「くるる~」

 ご機嫌そうに顔を擦り寄せてくるフィンは毛並みがいつもより整っているし、羽毛もふわふわと心地よい。
 切るのが苦手でいつも長さが合わない爪もきれいに切り揃えられていて、しかもピカピカに磨き上げられている。嘴も艶々で驚いてしまう。

「フィン……?」
「くるるぅ」

 見渡せば広いフィンの獣舎の中も整理整頓が行き届いていて、掃除も完璧に出来ている。こんなにきれいにフィンの獣舎を掃除できる者が家にいたとは知らなかった。

「フィン、すまない。お前に構ってやれなくて……私は情けないことに凛莉に愛想を尽かされてしまったんだ」
「くる?」
「とても大切な話をしていたのに……うっかり綺麗な横顔に見惚れていて、返事が出来なかったのだ」
「くるぅ……」
「自分でも馬鹿だと悔やんでいる。一体私は何をしていたんだと」
「くるる?」
「……フィン?」
「くるるぅ~」

 フィンは私の話を聞いているのに、何故か上を見上げている。ああ、獣舎には天窓がある。そこから大きな月が見えている……あの時をお前も思い出しているんだろうな。

「楽しかったな……また月を見に行きたいが……もう二度と会ってもらえないかもしれない。私には謝罪のチャンスも与えて貰えないかもしれないんだ」
「くる?」
「あんなに美しくて可愛い人が私と少しでも時を共にしてくれただけで暁光だったのだ……大丈夫だ、あの日々を想ってずっと生きていけるよ、私は」
「くるっ!」
「フィン?」

 良く見るとフィンは天窓を見ていない。フィンの視線の先はこの大きな獣舎の高い梁の上を見ている。

「フィン……?」
「くるる~くるる~」

 そこに明かりは届かず闇が静かに横たわっているだけだが、フィンはそこに向けて甘えた声を上げている。

「フィン……?」
「くるるぅ~」

 闇が舌打ちをした。

「チッ。こんなに世話してやったのに、主人の方が可愛いか、フィンめ」

 闇に目を凝らす、必死に、ありったけの集中力を使って。いや、その必要はないのかもしれない。声を出したということはこちらに姿を見せても良いと判断したから、そうでなければ溶けた闇から出て来ない人なのだから。

「くるるぅ~!」
「あーはいはい。背中が痒いって? まったくお前の主人はお前を放って何してんだろうなー? どうだ、見限って私の騎獣にならないか?」
「くるっ」
「駄目かー」

 高い獣舎の一番高い梁の上から黒い長身が真っ直ぐに音もなく地上に降り立った。黒い髪、真っ赤な目。鍛えられた体躯は力強くそれでいてどこか柔らかそうで触り心地が最高に良いことを私は知っている。他のことを考える前に駆け寄って長い艶やかな黒髪に手を伸ばす。もしかしたら、私の幻視かもしれない。恋し過ぎて見た幻かもしれないから。

「触れた」

 つるりとなめらかな髪は凛莉の時もマークの時も変わらない。凛莉の匂いがする。もう少し欲張ることは許されるだろうか。少しだけ微笑みを湛えている頬に触れたい……あれは物凄く怒っている、それでも触れたいんだ。
 指先が怒れる女神に触れる前に断罪の鐘が鳴った。

「本当はどこか遠くの国に行こうと思った」

 ヒュッと吸い込んだ息で喉が悲鳴を上げた。そんなことになったら、それこそ永遠に会えなかったではないか!

「そしたらフィンに見つかって、約束を思い出した」
「フィンには何度も命を救われている……今回も」

 フィンは最高の騎獣だ! なんて素晴らしいんだ! フィンが引き留めてくれたおかげで私はまたこの人に会えた。謝罪の機会を貰えた。

「俺にいうことは?」

 凛莉が自分のことを「俺」と言った。だが、私にはどちらでも構わない。私の知っている、愛しているのは「俺」であり「私」のマラカイト・凛莉であり、マークなのだから。

「愛している。今、目の前の君を」

 伶俐な美貌は変わらずに、ただ真っ赤な瞳の中の揺らぎはぴたりと止んで満足そうに嗤った気がする。ああ、傲岸不遜の君はとても素敵だ。

 止まってしまった私の手を甲の方から包み込み、頬に触れさせてくれる。

「そうか……それなら良いや」

 その指にまだ指輪が嵌ったままなのは少しだけ私にもわがままを言っても良いという合図なのだろうか?







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