上 下
60 / 117

60 気づけなかった罪(フロウライト

しおりを挟む

凛莉は美しい。だからその時も見惚れていただけなんだ。美しく、強く、そして自信たっぷりにいう君に魂まで服従したようにうっとりと眺めてしまっていたんだ。

 その赤い瞳の奥に微かに揺れる不安に気がつけなかった私はなんて愚かなんだろう、悔やんでも悔やみ切れない致命的な過ちだった。

「悪かった……おかしな事を聞いて」

 何故それに気がつけなかったのか。ここずっと誰よりも何より凛莉の側にいたはずなのに、隠れて涙を流した素直な心に気がつけなかった。

「水を飲んでくる」

 今更だが、凛莉はそんな事を言ったことがない。普段ならこう言ったはずだ。

「喉が渇いたな、水。お前もいる?」

 必ず人を気遣い、自分以外の者に声をかけてくる、それなのにその差異にさえ気づけずほんの一時、あの長身から目を離してしまった。瞬き一つあれば溶けて消えることが出来る闇暗殺者を数秒も視界から外してしまったんだ。

「凛莉……? 凛莉?!」

 外へ通じる扉が開いた形跡も、窓が開いた痕跡もない。ただ、ダイニングに足を踏み入れたはずの凛莉の姿だけが消えていた。

「凛莉っ?!」

 気配を探しても私レベルでは見つけることなど不可能なのに!

「凛莉っ! どこだ、凛莉っ!」

 私の罪は愛する人を絶望させた事。なんという事をしてしまったんだ……。

「り……いや、マークか……な? はは、また叱ってくれ、頼む……マークどこだ……お前は、今どこにいる……?」

 マークなら街にいるはずと彷徨い歩いても見つからない。ああ、マラカイト・凛莉が会いたくないと思ったら……一生会えない、そういうものか……。
 それでも諦めきれずに街を彷徨い、騎士団の部下達を脅かせてしまう。

「だ、団長……!?」
「すまんが、しばらく休業だ。大切な物を取り戻すまで」
「団長、もしかしてマークさんと喧嘩ですか?」
「……間違ってはいけない場面で私はやってしまった……」
「……大丈夫、聖騎士団の方は我々で何とかしておきます。マークさんを探してください!」
「ありがとう……」
「我々も目撃情報を集めてみます」
「ああ、頼む」

 だが、マークの痕跡はやはり綺麗になく、誰も見つけることができなかった……だって彼はマラカイト・凛莉なんだから。たかが私では闇に溶けてしまったあの人を探すことなど不可能なのだ。
 もしやと思って極会議にも顔を出したが彼の部下に叱られるだけで収穫はなかった。

「……」

 名を呼ぶのも気を遣わなくては。また叱られてしまう。

凛莉、凛莉、何処にいる?会いたい、抱きしめたい。

「止めろ! 殺す気か? お前は普段野生の熊とでも抱き合っているのか?!」

 記憶の中の凛莉が怖い癖に美しい顔で叱ってくる。いや、私が抱き合っているのは野生の熊なんて片手で捩じ切れるくらいもっと凶暴で凶悪で……綺麗な可愛い君だ。
 おかしいな、君と親しくなる前も私は生きて呼吸をし、食べ物を食べ、夜には眠っていたのに、そのすべてのやり方を忘れてしまったようだ。
 息を吸っても苦しくて、水の中にいるようだ。食べ物は砂を噛んでいるのと変わらない。夜は特に寒くて寒くて凍えそうだ。心の中に残っている君の私を呼ぶ声の一欠片で何とか暖を取っている。

「愛しい人。私の奇跡」

 夜の星はあの日と変わらず、月は煌々と照る。願わくばまた二人で並んでフィンの背に。

 何処をどう彷徨ったか分からないが、私は家に帰ってきたようだ。

「くるるー……」

 いつもは声を上げないフィンが獣舎から声をかけてくれた。情けないしょぼくれた私を慰めてくれているのか。

「すまない、お前にも迷惑をかける」

 体は鉛のように重かったが、フィンの顔を直接見たかった。もしかしたらフィンの嗅覚なら凛莉を探せるのでは? いや、多分無理だろうな。でもフィンのふわりと優しい羽毛を触ればあの日の凛莉を思い出せる気がしたのだ。

 
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

王道学園なのに、王道じゃない!!

主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。 レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ‪‪.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…

処理中です...