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56 それで良い
しおりを挟む行き詰まる現実に嫌気がさして違う世界に行きたかった俺。
この世界から逃げ出し、平和に暮らしたかったマラカイト・凛莉師匠。
マラカイト・凛莉みたいな恋人がいたらいいなと思ったフロウライト。
多分……俺を恋人にしたかった間島。
この四人の願いが少しづつ形を変え、妥協できる範囲で叶い、一番少ない労力でそれを成しえた結果、俺と凛莉師匠の人格が入れ替わったということなんだろうか?
俺はゲームという別世界で、憧れた容姿の良さ、強さを手に入れた。
凛莉師匠は平和な日本で平凡な容姿と……愛する人を手に入れた。
フロウライトはマラカイト・凛莉の見た目の俺と恋人になった。
間島は……まあ俺の外見な凛莉師匠と恋人になった。
そういうことなのか?
「実は以前のマラカイト・凛莉に関して私は何も知らない。だから誰かと入れ替わったとしても分からないんだが……すまない。その入れ替わりも私の願いからだとしたら君は非常に困惑したのではないか?」
「困惑はしたが……いや、多分それについて謝る必要はない俺もマラカイト・凛莉になることを……望んだんだ」
「……そう、なのか?」
「ああ……そして元の凛莉師匠もある意味俺になることを望み、もう一人それを望んだ奴がいて……」
きっといるであろう神はこの望みをいっぺんに叶えたんだな。
「だから、お前のせいじゃないんだが……それで、それでも良いのか?」
狡い聞き方をした自覚はある。俺が見つめる先のフロウライトは、罪悪感と誠実を足したような顔をして真っ直ぐに俺を見つめ返して来る。100%嘘はない、90%俺に何か償いをしようとしている……そして少なく見積もっても80%以上の愛情を感じる。
俺は負けない賭けをしている。ただ、それでもお前の口から聞きたいんだ、俺で良いと。純粋な凛莉師匠ではなく、谷口ナルミが入り混じったこの世界になかった不純物混じりの今の俺を選ぶといって欲しいんだ。
「……」
間が恐ろしい。ああ、フロウライト。どうしてすぐに答えてくれない? やはり俺では駄目なのか? 俺ではお前を満足させられていないのか?
ずっと聞きたがったが怖くて聞けなかった。お前はやはり女性の伴侶を得て子を設けた方がいい。貴族席に身を置くお前はそうするべきだと俺だって分かっている。そうでなくても後ろ暗い生き方をして来た凛莉師匠。俺は凛莉師匠の過去を受け入れ、そして師匠としてやって行く決心はついている。
でも輝かしい日向の道を歩いて来たお前に影を落とすのは、本意ではないんだ。
不味いな、苦い想いが広がってくる。不味くて重く、とても冷たい思い。俺達が身を置く闇なんか比べ物にならないくらい真っ黒でドロドロした酷く汚い目を背けたくなる醜さ。
ああ、見たくない。目を閉じよう……。
やはり、道は分かったほうが良さそうだな。きっと探せばお前の全てを受け入れてくれる剛気な女性も見つかるだろう。大丈夫、なんてことはない……決断を遅らせたのは失敗だった。失敗はいつでも手痛い傷を連れて来る。
「悪かった。おかしな事を聞いて……少し水を飲んでくる」
「あ、凛莉」
吐息がかかる近い距離からスッと体を離す。腕を伸ばして俺の手を掴みたがったようだが、スルリと抜ける。
「どうした?」
作って笑って振り返り、そしてダイニングへ続く扉を開け、いつも通り静かに締める。それっきり、それで良い。
「凛莉?凛莉……?!」
どこにでも闇はある。街の中でも家の中でも、毎日暮らす部屋の中の片隅の闇に溶け、何処かに消えてしまうことなど容易いことなんだから。
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