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50 あのおっさん捨てて来てって言いそうに

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「王太子殿下には先に解毒薬を差し上げなさい」
「はっすみません!」

 会場に踏み込むとまだ中の空気は淀んでいた。うっすらと空気に色がついているから、毒を撒いたという公然の事実を知らしめる目的もあったようだ。顕示欲もある奴が黒幕か。誰だろう? まあ、そこを調べるのは俺の仕事じゃないな。

「どうして空気を入れ替えない?」
「申し訳ございませんっすぐやります」

 本当にいい所に就職できたからってサボり過ぎだろう? 毒の漂う会場をフロウライトと躊躇なくスタスタと最奥へ向かう。
 フロウライトは少し眉毛を寄せて違和感の出た鼻の頭を触っている。

「これが麻痺系という奴なのか?」
「ああ、鼻の奥がピリピリするだろう?私達はこの程度だが、普通の冒険者でも武器を取り落としたりすることがあるタイプの毒だな。何の心得もない……貴族なんかはだ」

 床に全身が痺れて動けなくなっている礼服やドレスの男女が転がっているのを視線で指し示す。壁にもたれ掛かったり、蹲って症状の軽い者も多いけど概ねこんなもんだろう。

「持病がある奴とか年寄りはこれで死ぬかもしれないが、稀だ」
「解毒薬は?」
「一般的なもので効く。手分けして飲ませている最中だろう」

 多分身分の高い人からね。ま、よっぽどじゃなきゃ間に合うだろうし。
 俺とフロウライトが並んで歩いているととても目立つ。街ではフロウライトと歩くのはマークだから、マークはどちらかというと背中を丸めて小さくなっている……そう見せたいから。だがマラカイト・凛莉はそんなことはしない。すっと伸びた体躯はフロウライトとも見劣りしない。むしろこの煌びやかな夜会の明かりの下では黒ずくめの姿はよく目立つ。

「あー……凛莉師匠が明るい所を歩いてるなんて……目に焼きつけとかなきゃ、ありがたやありがたや、寿命が10年伸びたぁ」

 拝んでる影達、やめなさい。寿命は伸びません。

「皆、聞いてくれ……凛莉師匠、今パンツ穿いてないんだぜ……」
「ぶはっ?!」

 サファイア君、黙ろうか?穿いてないけど。サファイア君へのペナルティはダイヤモンドに何か素敵な情報を流す事にしようかな? とりあえず依頼でも遂行しようか。国王を生かしておくこと、だったな。
 バタバタと貴族が倒れた夜会の会場の真ん中を、最奥で転がる国王の元へ歩を進める俺たちの前に立ちはだかる人間が現れた。

「フロウライト・アイアンメイデン!何をしに来た!今日は聖騎士の出る幕などないっ」

 俺じゃなくて隣のフロウライトに食ってかかってきたのは王宮騎士団団長、名前は忘れた。多分フロウライトなら知っているだろう。

「マクベス・レーガリア。そんなことよりこの場を早く収めたらどうだ?」
「遅れてこの場に来て手柄をあげようとてそうはいかんぞ! 少し実力があるからといってこの王宮で大きな顔が出来ると思うな!!」
「私は今日は非番であり、この夜会への参加者だ。それに私達はついさっき王太子殿下に依頼を受けたのだ、正式にな」
「な、なんだとーっ!」

 少し後ろを見れば王太子殿下が青い顔で頷いている。青いのは毒のせいだろう……先に解毒薬を飲んでも不快で刺すような喉の痛みがあるだろうし、喉が痛んで多少の吐血もあるかもしれない。まあだが死にはしない。

「そ、それになんだその男は!黒ずくめでいかにも怪しい……そ、そいつが犯人かっ!」

 こんな堂々と戻って来る犯人がいる訳がない。こいつ何言ってんだ?頭がおかしい。
 そのおかしな奴を軽く無視して、フロウライトは俺に囁く。

「マクベス・レーガリアに紹介した方が良いか?凛莉」
「要らん、二度と会うこともないだろうし。先に仕事を済ます」
「そうだな」

 殊勝にもマクベスは倒れた国王と我々との間に立ち塞がったから目に入れない訳にいかなかっただけで、俺が気にかけてやる要素は一欠片もない。壮年の、似合ってないちょび髭がカッコ悪いし、真っ赤でテカテカのマントもダサさ半端ない。顔も痩せこけてて張りがないし、それなのに目玉はギョロッとして何かを物色しているようだし、俺をみる視線に粘着質の気持ち悪さが滲んでいる。
 性的な目で見たいなら見れば良いがこの目は気持ち悪いな。
 てか、犯人だと思った奴をエロい目でみんなよ。取り調べの時にねっぷりとか思ってそうでさらに気持ち悪さが加速した。

 フロウライト、ちょっとあのキモいおっさん、外に捨てて来て。って言いそうになってやめた。口にしたら本当に外に捨てて城の外堀の水の中に落としそうだったからな。
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