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35 私の愛した公爵(アデレード回想
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「え」
春の暖かい日だった。今でもはっきり覚えている。名前も知らない木の花が咲いている王宮の庭の一角だった。
夢のような、光景だった。
きちんとした身なりの若い文官が何か呟いている。ふわり、ふわりと舞い落ちる白い花びらの奥にその人はいた。
黒いようで青い濃紺の髪に白い花びらが舞い散っていて、空の色のような水色の瞳は澄んでいた。
彼の周りに小鳥が数羽寄り添って、楽しげに歌を歌っている。男性なのに、妙に視線を捉える唇が小さく動いていて、小鳥達と何か話をしているように見えた。
これは現実なのか夢なのか、判別がつかないほど、美しいものだった。
私はその瞬間に恋に落ちたのだ。
そして、その人はこちらを見た。目が合ってこれが夢でないと知れた。小鳥達がぱっと飛び去り、その人は私に声をかけてきた。
「迷子か?ここは子供の来るところではないだろう」
優しいわけではなかったが、心地の良い声だと思った。この人の事を知りたい、強く願うほどに。
「ち、父と来ましたが、ここは広いのではぐれてしまいました。父はダン・ウィタス。どこにいるかご存知なら連れて行っては貰えないでしょうか」
私はこの頃から神童と持て囃されるほど、頭の回転は早かった。父が勤めている財務省の部屋まではここからかなり遠い事を知っている。ついでに言えば一人でも迷子になる事なく行ける。
もっと言えば、少し用事を足してくるからここで待っていなさいと父に言われていただけなのだ。後、数分も待てば父は戻ってくるのもわかっていたが、私はこの人と少しでも一緒に居たかった。
「ウィタス……ああ、ウィタス侯爵の、息子か」
私も暇ではないのだが、口の中でそう呟いたのが聞こえたが
「こっちだ、ついて来い」
案内をしてくれるようだった。私はただその後ろ姿を追う。
子供に配慮する訳ではない。優しく視線を合わせる訳でもない。時に私の存在を忘れたのか、ぶつぶつと何か言っている。耳をすませば
「あの使えない野郎、さっさとクビになっちまえ、むしろ死ね、消えろ」
あの幻想を掻き壊すような物騒な呟きだった。少しだけあどけなさを残したような美しい横顔からは想像も出来ない口汚さ。私は嬉しくなった。この妖精界から抜け出て来たような人は、妖精ではなく、人間であると分かったからだ。
人間であるなら、落とせぬ事はない、そう確信したのだ。
「着いたぞ」
遠いとは言え、大人の足で歩けば割とすぐ着いてしまう。楽しい時間が終わってしまう。
「ありがとうございます。後日お礼をしたいので、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
たったこれだけで、礼など必要ないと普通は言うだろう。でも私には確信がある。この人は野心家だ。
「この程度で礼など……」
ほら、食いついた。
「……ウィタス侯爵家か……私の名前はジュード。ジュード・スタイラントだ。礼などは要らんが父上とはぐれないようにきをつけたまえ」
「ありがとうございます、スタイラント公爵家令息」
彼はくるりと踵を返すと足早に去って行く。ウィタス家はそれほど突出した名家ではないが、侯爵家だ。野心家なら名前を売っておいて損はないだろうと思うはずだ、私の読み通りにジュードさんは名前を教えてくれた。
スタイラント公爵家。なるほどね、それにしても美しい人だった。
「あれ?アデレード君じゃないか?おや、ジュード姫に送って貰ったのかい?へえ、君もやるねぇ?もう姫とお近づきになるとは」
「姫?あの人は男性に見えますが?」
わかりきっていたが、尋ねてみた。その若い文官は笑顔で教えてくれる。
「そえなんだけど、なんとも雰囲気が儚いって言うか、姫っぽいだろ?しかも鳥とか動物にすげー懐かれてんの。たまに喋ってるんじゃないか?って思うわ。あ、でも本人に絶対言うなよ、めちゃくちゃ怒るから。キレると手がつけられないんだ」
「あ、はい」
姫、ジュード姫ね。男性に姫はどうかと思ったが、あの人なら納得だ。あの人の隣に立ちたい。私は勉強に力を入れることにした。
春の暖かい日だった。今でもはっきり覚えている。名前も知らない木の花が咲いている王宮の庭の一角だった。
夢のような、光景だった。
きちんとした身なりの若い文官が何か呟いている。ふわり、ふわりと舞い落ちる白い花びらの奥にその人はいた。
黒いようで青い濃紺の髪に白い花びらが舞い散っていて、空の色のような水色の瞳は澄んでいた。
彼の周りに小鳥が数羽寄り添って、楽しげに歌を歌っている。男性なのに、妙に視線を捉える唇が小さく動いていて、小鳥達と何か話をしているように見えた。
これは現実なのか夢なのか、判別がつかないほど、美しいものだった。
私はその瞬間に恋に落ちたのだ。
そして、その人はこちらを見た。目が合ってこれが夢でないと知れた。小鳥達がぱっと飛び去り、その人は私に声をかけてきた。
「迷子か?ここは子供の来るところではないだろう」
優しいわけではなかったが、心地の良い声だと思った。この人の事を知りたい、強く願うほどに。
「ち、父と来ましたが、ここは広いのではぐれてしまいました。父はダン・ウィタス。どこにいるかご存知なら連れて行っては貰えないでしょうか」
私はこの頃から神童と持て囃されるほど、頭の回転は早かった。父が勤めている財務省の部屋まではここからかなり遠い事を知っている。ついでに言えば一人でも迷子になる事なく行ける。
もっと言えば、少し用事を足してくるからここで待っていなさいと父に言われていただけなのだ。後、数分も待てば父は戻ってくるのもわかっていたが、私はこの人と少しでも一緒に居たかった。
「ウィタス……ああ、ウィタス侯爵の、息子か」
私も暇ではないのだが、口の中でそう呟いたのが聞こえたが
「こっちだ、ついて来い」
案内をしてくれるようだった。私はただその後ろ姿を追う。
子供に配慮する訳ではない。優しく視線を合わせる訳でもない。時に私の存在を忘れたのか、ぶつぶつと何か言っている。耳をすませば
「あの使えない野郎、さっさとクビになっちまえ、むしろ死ね、消えろ」
あの幻想を掻き壊すような物騒な呟きだった。少しだけあどけなさを残したような美しい横顔からは想像も出来ない口汚さ。私は嬉しくなった。この妖精界から抜け出て来たような人は、妖精ではなく、人間であると分かったからだ。
人間であるなら、落とせぬ事はない、そう確信したのだ。
「着いたぞ」
遠いとは言え、大人の足で歩けば割とすぐ着いてしまう。楽しい時間が終わってしまう。
「ありがとうございます。後日お礼をしたいので、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
たったこれだけで、礼など必要ないと普通は言うだろう。でも私には確信がある。この人は野心家だ。
「この程度で礼など……」
ほら、食いついた。
「……ウィタス侯爵家か……私の名前はジュード。ジュード・スタイラントだ。礼などは要らんが父上とはぐれないようにきをつけたまえ」
「ありがとうございます、スタイラント公爵家令息」
彼はくるりと踵を返すと足早に去って行く。ウィタス家はそれほど突出した名家ではないが、侯爵家だ。野心家なら名前を売っておいて損はないだろうと思うはずだ、私の読み通りにジュードさんは名前を教えてくれた。
スタイラント公爵家。なるほどね、それにしても美しい人だった。
「あれ?アデレード君じゃないか?おや、ジュード姫に送って貰ったのかい?へえ、君もやるねぇ?もう姫とお近づきになるとは」
「姫?あの人は男性に見えますが?」
わかりきっていたが、尋ねてみた。その若い文官は笑顔で教えてくれる。
「そえなんだけど、なんとも雰囲気が儚いって言うか、姫っぽいだろ?しかも鳥とか動物にすげー懐かれてんの。たまに喋ってるんじゃないか?って思うわ。あ、でも本人に絶対言うなよ、めちゃくちゃ怒るから。キレると手がつけられないんだ」
「あ、はい」
姫、ジュード姫ね。男性に姫はどうかと思ったが、あの人なら納得だ。あの人の隣に立ちたい。私は勉強に力を入れることにした。
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