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35 俺は上弦で旅に出る。

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 誰かが争う声、なんだろう。遠い遠いよ。

「ファイさん!ファイさんーー!その人に手を出してみろ!全員私が首を刎ねてやるからな!!」

 きーす?きーす?どこ?俺はキースの温もりを探すけど、どこにも無かった。

「きーす、きーす?どこ?ねえ、どこ?」

 答える優しい声はいつまでたってもなくて、しばらく待ってもキースは帰ってこない。

「ふ、ふええ……」

 寒くて心細くて、情けないが俺は涙が止まらない。だって泣いていればキースが飛んできて

「泣かないで?僕の愛しい人」

 って抱きしめて、キスをしてくれるから。それなのにキースは全然来てくれなかった。

「おれ、とうとう捨てられた……ふええ……」

 泣いて泣いて泣いて、涙が枯れ果てて、夜も眠れなくて。気がつくと新月は終わりうっすらと上弦の月が見てている。



「……」

 俺は冷静さを少し取り戻した。なんだか薄気味悪くべそべそと泣いた様な気がするが、絶対にそんな事はないだろう。

 絶対に!ない!死んでもない!ありえないからな!!

 キースが作り置きしてあった料理を食べて水を飲む。温泉に入り体を洗ってから一呼吸置いて部屋を見渡す。

「物盗り、じゃないな」

 荒れてぐちゃぐちゃだった。一階はかなりの人数で踏み荒らされた後がある。台所には果物がカットしかけて放置されているから、不意に踏み込まれたんだろう。果物の萎び具合からして3日、いや4日前か。ったく困った時期にやられたもんだ。
 扉が壊されていた。何者かが斧で蝶番を破壊した跡がある。最初から鍵を開けてもらえないと踏んできているんだな。乱暴なやつらにやられたもんだ。土足で踏み込んだんだろう、足跡がたくさん残っている。その足跡をしゃがんで観察する。

「……20人ほど、武装している。鎧はそう重くないな。偶然ではなく、ここを目指してやって来た、騎士?」

 足並みがきれいに揃っている。訓練されたやつらの足運びだろう。

「まずはこのきたねえ部屋を何とかしないと。後でキースにどやされるな」

 ログハウスの荷物をアイテムボックスにしまった。貯蔵庫に入れてある食い物も俺の好きな肉類は入れる。塩や小麦粉なんかは多少は持つがジジィババァにプレゼントだ。

「この鍋と、包丁と、パイの皿と。あー!全部持っていかないとキースにどやされる!」

 俺の死蔵品から料理関係の物を目敏く引き出して器用に使いこなしてたっけ。

「圧力鍋って誰ドロップよ……」

 中に入っていた肉はまだ食えそうだったけど、腹を壊したら怒られるから全部捨てて、鍋は適当に洗いアイテムボックスにポイっとしまった。笑えることにアイテム名が汚れた圧力鍋になっている。

「待ってろよ、俺は俺の物を勝手に持っていかれるのは許せん質でな」

 中身ががらんどうになったログハウスを見てから蝶番を直し鍵をかける。きれいに掃除するのは戻ってきてからだ。

 まずは頭のボケてないジジィババァに聞き込みだ。

 村に降りるとヨボヨボとジジィババァが走り寄ってきて俺は取り囲まれた。

「ファイちゃん、騎士だった」

「ありゃマクファーラン国じゃ隠しておるようじゃったが、鷹にアイリスじゃった」

「人数は20人くらいじゃ」

「隊長はドラグじゃ。多分重騎兵の戦斧使いじゃろ」

「聞いた事があるぞい。マクファーランでクーデターがあったんじゃ」

「王家は惨殺、位の低い王子が逃げた」

「乗っ取った公爵が最近粛清されたんじゃと」

「生き残った王子を血眼で探しておった」

 ……おい!ジジィババァ!欲しい情報が全部揃ってるじゃねーか!やめろ!こういうのは道すがら集めるもんだろ?!何言っちゃってんの?!この年よりどもは!!っつたく使える年寄ばっかりで困るぜ。

 俺は深々とため息をついて

「何が欲しいんだ?あ?湿布か?胃腸薬か?肩こりの薬か?火傷もあるし、あれか?夜のハッスル剤か?!ああん?!」

 大盤振る舞いしてやった。ざまーみろ!俺の荷物が減って旅がし易なったわ!ガハハハハ!

 待ってろよ、キース。木の実の在庫はたっぷりだ。戻ってきたら死ぬほど木の実パイを焼かせてやるからな。

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