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魔のモノ

48 でも好きにはなれない

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「へえ。これが玉」

「……はい」

 マロードの王宮の中庭。ずっと降り続いていた雨は止んでいたが、空気はどんよりとくすんでいる。
 そこのテーブルで隣同士で座りティーカップを傾けている俺と魔王様。距離が近い。

「ふぅん?あ、吸い込まれた」

「だ、大丈夫ですか?ダレンさんは死ぬって言ってましたけど……」

 不死者が死ぬ。死ぬじゃなくて昇天するだったか……。

「俺は平気みたいだなぁ。すると俺は今、癒されたのか?」

「た、多分?」

 変わった所がないなー?魔王は吸い込まれた自分の手を見ている。

「一個じゃたいした事ない?」

「怪我とか治すときはこう……ポロポロ出ます」

 ポツン……一つづつこぼれて来るが、どっさり出たりしない。だってこわいんだもん!この人…人じゃないか、この魔族の人、怖い!

「もっと出して」

「が、頑張りマス……」

「無理かーーー!俺が怖い?」

 うっ!素直に言って良いものだろうか!気を悪くしたら困るし!

「えーと、あのぅ」

「顔に怖いって書いてる」

「すいません……」

 玉はどうしても俺の気持ちに左右されるので、俺が怖いとか助けたくないと思うとほとんど出ない。今も踏ん張ってやっと一つ出たくらいだ。

「ふーむ。ヨシュア、お前自身もふわっとしたような、警戒をとかせるような雰囲気があるしな。その辺は玉を作る人間だからだろうけど……お、一つ出たな」

 ころんと転がりでた玉を今度はぱくりと食べてしまう。

「味はないし、痛みもない。魔王でも傷つかぬのだな?味もないが、スーッとした爽快感はあるな。ふむ?これが癒しか?」

「そう……なんでしょうか……?私の自身には効かないので良く分からないのです」

「効かないのか」

「はい……」

 なるほど。魔王はまた考え始めた。

「誰かの為だけなんだな?しかも魔族でも人間でも……不死者にもか。ここまで無差別だと、どうして良いかわからんな!実に興味深いよ」

 俺もどうして良いかわからんよ!

「玉は最高、本人は最弱。利用してくださいと言わんばかりのスキルだ。ヨシュア、お前8歳だっけ?産まれた時から玉を出せるんだってね?いつまで出せるんだろうな?」

 考えた事もなかった!もし俺が玉を出せなくなったら、完全なスキルゼロの役立たずじゃないか!ひぇーーー!

「ちょっと、背、伸ばして見よっか?」

 え、できるの?

「なぁに、その辺の人間から吸い取った生命力をちょちょっと変換して、入れれば2.3歳くらい体が育つだろ」

「ひぃ?!」

 魔族だったーーーー!考え方が魔族だったーー!

「そこら辺の奴……あーアイツで良いか。おーい!お前!」

 辛うじて頭が見えていたくらいの距離から、人が1人、見えない何かにひきづられて来る。なんだ……一体??

「これもスキル「見えざる手」透明で見えない手が使える。実体化するか透過するかは自在だから便利だよ。ホラ俺さ、ずーっと封印されてて暇だったじゃん?手だけ出して暇つぶししてた訳よ」

「そ、そうなんですね….」

 この魔王様の暇つぶしは何かとんでもないことだろう……聞きたくない聞きたくない。
 それよりもひきづられて来る人が気になる。話の内容からすると、生命力を吸い取られるんだろう……大丈夫かな?死なないのかな……?

「うわ!」

 その人をみて俺は流石に嫌そうな声を上げてしまった。

「……?!お、おま、….せ、ブルの」

 切れ切れで擦れて、声が聞き取りづらい。喉がおかしいのかもしれない。

「しゃ……喋れ、ないの?」

 その美しかった金髪は泥と血と汗で汚れて、自信満々だった顔はゾンビくらい顔色も悪く、目も落ち窪んでいた。
 肩から大きな袋を下げ、臭う。元々は最高級の服だったのに、着続けているせいか汚れと傷でぼろぼろになっている。

「ヨシュア、知り合い?この国の元王太子だよ、親友だ」

「え、いや……あの、その……」

 可哀想。そう思うけれど、玉が出なかった。だって全部この人のせいだ……全部じゃないと思うけれども、大体この人のせいで、俺たち家族は大変な目にあった、あっている。
 仲良く暮らしていた王都は追われた。お父様と、お兄様は王宮を追い出され、仕事も地位も無くなった。
 お母様は昔の友達に虐められるし、俺はかなりの貴族からの笑い者で、みんなに肩身の狭い想いをさせた。
 ルルカお姉様だってカレルお兄様だって、将来に影響が出たはず。

「ふぅん?こいつの事、嫌いなの?」

「あ、いえ、そんな……」

 違いますと言えなかった。

「おま、……セブルの、出来損ない、なのに、…な、で……!」

「黙って、親友」

 元王太子アヴリーは床に叩きつけられた。ぐしゃっと音がして、血の匂いが広がる。

「あ……ああ……」

 あまりきれいではない石畳に血が広かった。

「しん、ゆう……?」

 魔王は王太子アヴリーを親友と呼んだ。親友に対する扱い方ではないと思うが、そう呼ぶのがとても不思議で、思わず声が出た。

「ヨシュア、こいつのお陰で俺は封印から出てこられたんだ。な、親友だろ?」

「え……」

 目の前の王子を見ると、痛みで顔を引きつらせながらも、否定はしなかった。まさか、そんな……!

「ふ、やっぱり素直だなオレが出て来たのは嫌だし、親友が俺の封印を解いたのも嫌、そう顔に描いてある」

「……すいません」

「不思議なのは、俺がそれをあまり嫌だと思わない所だ。普段なら、首と体がさようならしているんだがなあ。お前は何かあるよ」

 さようならしたくないです…まだ首と体は仲良くしていたい!あわわわ……。

「ぷ」

「?!」

 笑われた!からかわれた!のか?いやしかし魔王様だ。いつでもさようならできるんだから、気を抜いちゃ駄目だ!

「まあ、こいつから寿命を30年ほど吸い上げて、お前に入れれば2.3歳はデカくなるだろ」

「え、やだ」

 しまったーーーー!ついうっかりーーー!

「あ、あ、あ!あのその!そ、その人の何かを受け取らなきゃ行けないとかちょっと嫌だなーって!だってその人、嫌な人で!あー!いやその、そんなにやじゃなくて、でもその人のせいで家族がみんな困ってあーー!……すいません……」

 気をつけなくちゃって思った瞬間に大失敗してしまった……。この王太子とはホント相性が悪い!なるべく近くにいたくない……。

「き、き、さまっ!い、……げんにっ!!」

 アヴリー王子は俺に飛びかかって来た。うわっやっちゃった!俺は避けようと必死に身を捻るが、上手く動けない。ううっ鈍臭い!

「立って良いとは言ってないぞ、親友」

 びたん!と音が鳴るくらいの勢いで、王子はまた石畳に這いつくばる。

「ふふ、ヨシュア。お前ホントにこいつの事が嫌いなんだね?ガイコツ顔のダレンを見ても平気なのに、こいつの顔を見るときの嫌そうな顔。笑っちゃう。何があった?」

「え、えーと……」

 命が惜しい俺は全て話した。内緒にしてとお願いしたのに、一瞬で噂が広がって、王都に居られなくなったこと。領地で暮らしていたら何故か地位も名誉も剥奪されて、更に帝国の皇帝の嫁にと輸送されている途中にサーたんに捕まったこと。

「魔王の俺が言うのも何だけど、親友。お前は理不尽だね。魔王の友に相応しかったかもしれないね、実力があれば。せっかく芽生えた剣士の芽も枯れている。文才も枯れている。王の資質もスキルになる前に枯れている。お前は枯れ野原だ。たくさんの芽が与えられたのにどうして1つも育てられなかった?」

「え、…そんな、しら、な」

 1つも芽が出ないつるつると、芽は出たけど、育たない枯れ野原。一体どっちがマシなんだろう、俺は思う。芽が出たという実績がある方が良いのかな……。

 俺はこの人以下かと思うとすごくがっかりした。

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