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25 贄

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「ごめん、ルドガー、ごめん、兄さん。ごめん、ごめん、でも助けて」
「……っ!エセル、どうした……」

 秋の日だった。りんごが赤く色づいてそろそろ収穫しようと計画を立てていた夜半に何の前触れもなくコウモリのエセルが飛び込んできたのだ。いやな予感をたっぷり纏って。ああ、幸せの崩れる音が聞こえる。

「オーリが、オーリがやられた……オーリが、酷い怪我を、瀕死で、死んでしまう、助けてオーリを助けて」
「勇者が……」

 勇者が死ぬ。それはきっと世界を揺るがす大事件だ。勇者がいなくなればこの世界に蔓延る悪を斬るものがいなくなる……それは、この世界に生きるレオンと……子供達に悪い影響を与える。殺すわけにはいかない。

「エセル、落ち着いて。どうすればオーリは助かる?何かあるから私の所に来たんだろう?」
「ごめん、兄さん。ごめんごめん……オーリの怪我を治す……贄が、生贄が足りないんだ」
「……生贄……」
「僕が使えるのは暗黒の神に祈り縋るものだけ。近くに神聖魔法の使い手が誰もいないの。だから僕が何とかしなきゃいけないんだ、でも暗黒の神は贄を求める……僕が贄になったら術を行使できない……強大な何かもっと……上位吸血鬼くらいの贄を差し出さないと、死にかけたオーリをこの世に呼び戻せないんだ!」

 ああ、そうか、そうなのか。私は少し目を閉じた。誰かに別れを告げようか。いや、悲しむだけだ、悲しみは嫌だ。涙は見たくない。

「いいよ、私を使いなさい、エセル。そしているんだろう?お腹に、オーリの子供が。その子を危険にさらすようなことをしてはいけない。私の力を捧げてオーリをこの世に呼び戻すんだ」
「にい……さん」
「急いで。皆に知られると泣いてしまう。そんなのは嫌だ。それに早くしないとオーリも手遅れになるだろう?やるんだ、エセル。そしてレオンや子供達、にゃんこちゃんやこうちゃん、皆が幸せに暮らせる世界を作っておくれ」
「や、やくそく……やくそくするよお……にいさんーー」
「ああ、そうして」

 決めるとエセルは躊躇わなかった。音もなかったとおもう、エセルの右手が素早く動いて私の冷たい心臓を掴み引き抜いた。まだ見える目でエセルのやることを見ている。ああ、暗黒の神とやらは私の心臓を受け取ってくれたらしい……代わりにオーリをこの世に引き戻し、怪我を治してくれると約束してくれた。

「兄さん……やくそく、まもるから」
(頼んだよ、私の弟、エセル)

 声にはならなかった、もうその頃には喉まで灰になっていたから……。エセルはコウモリになって飛び立つ、オーリの元へ戻るんだろう、それでいい。その場には灰が一山残るだけ。昔から吸血鬼は死ぬと灰になる定めなんだから。


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