上 下
32 / 33

32 この程度で済んだのは奇跡

しおりを挟む
「様をつけよ!無礼者!あの方はレディ・ユーティア!帝国の次期皇妃にしてリリアス家の御令嬢!そして帝国を導く「グラフの末の娘」たるぞ!」

「ユ、ユーティアが……」

「ユーティア様だっ!陛下、やはり首を落としましょう。このような者、奴隷にも必要ありませぬ!」

 衛兵の剣幕に、ミーアは震え上がり

「ひっ、ユ、ユーティア様っお許しくださいいいーーー!」

 反射的にだろうか、ガバリと土下座した。

「お前らもだっ!」

「な、なんで私までっ!ひっ!」

 マリーンさんも凄まれ、床に臥せる。

「わ、私はユーティアの父で……」

「黙れっ!」

「ひっ!」

 潰れたカエルを思い起こさせる元お父様。

「不快だ。連れて行け」

「はっ!」

 三人が連れ出されると、最初にシューが私の手を握ってくれた。

「頑張ったな」

「……ありがとう」

「もう二度と会いたくな」

 シューが庭先で臭い虫を摘んでしまった時より酷い顔をしていたので、思わずくすりと笑ってしまった。

「いくら平民出とは言え、あの様な人間がいるとは驚きです。あの娘、自分は可愛い可愛いとそればかりでしたが、可愛かったから何だと言うのでしょう」

 ローザンヌ様が理解できないと大きくため息をつかれました。

「自らに備わっている物が何もないのですよ。ただ男性に縋り、姉に縋り、家に縋る。だから自らの顔しか無かったのでしょう……その顔も無くなったらどうなるんでしょうね」

 フィル兄様が最後に呟いた一言は気になりますが、私とて他人事ではありません。グラフの指輪と「グラフの末の娘」。私自らが手に入れた物ではなく、お母様から譲り受けた物。私自らが努力し手に入れたものではないのですから。

「大丈夫。そんな難しい顔をしなくても。ユーティアは素晴らしい女性だよ!ただうるさい貴族の連中を黙らせる為にちょこっとグラフ様の権威を借りただけさ。帝国の貴族ともなると数は多いし、うるさい狸ばかり」

「ユーティアを助けたかっただけですからね。シューならマシかと思いましたし。私にとっては皇帝の地位なんて別にどうでも良いんです。ユーティアにちょうど良さそうな男がたまたま王太子になっただけですから」

「リリアスにとっては皇帝はおまけに過ぎんのか」

 陛下が深いため息をついたのが、とても印象的でした。


「はぁい、衛兵さん。そいつらがアタシらの可愛いユーティアちゃんを虐めた、バ家族?」

「おや?魔導士の方々。そうなんですよ、この娘が特に酷くてシューレウス様の事を第一王子と勘違いしていて滑稽でしたよ」

「はあ?!あのシュークリームは第一王子様じゃないの?!」

 衛兵と魔導士はミーアが喚く言葉に目を点にした。

「シュークリーム……もしかしてこの馬鹿はシュー様の名前を知らないのかい?」

「そのようですね……それなのにユーティア様に代わり王太子の元に行こうとしていたらしいのです。荒唐無稽すぎてわれわらもどうして良いか分からなくなりましたよ」

「ミーアは可愛いのよ!可愛いから王太子様に愛してもらえるのは当然でしょう!あんなブスなユーティアは相応しくないわ!」

「黙れ!ユーティア様を侮辱するな」

「ひっ!あ、熱い!!」

 氷より冷たい魔導士の一声だがミーアの髪に火がついた。

「グラフィル様からは嫌がらせ薬の『必ず毎朝おできが二つできる薬』をかけてやれと言われて来たけれど、こいつ我慢ならない!そんなヌルいしおきでいいはずがないッ」

「熱い!助けてぇーーー!」

「ひぃいいー!ミーアちゃん!」

「うわぁああ!」

 騒ぎ立てるだけの両親に泣き叫ぶミーア。自らの手にやけどを負ってまで助けたくないようで、燃えるに任せている。

「あー醜い!本当に醜い!」

 ぱしゃり、と魔導士がかけた液体で火は消えるが自慢の髪はかなり焼け焦げている。

「ミーアちゃん!ミーアちゃんの可愛い顔に火傷が!貴方、どうしてくれるの?!」

「どうもせんが?平民が魔導士をどうこうできるとでも?馬鹿な女だ」

「全くですね。この王宮に足を踏み入れられただけで感謝すべきなのに、勘違いも甚だしい」

「そんな……」

 でもそれが王宮と言う場所だ。貴族でもリリアス家ほど地位が高ければ自由に出来るだろうが、それ以下のましてや他国の貴族と……貴族まがいの平民では扱いは天地ほどの開きがあって当然だ。

「男は一応貴族で、しかもユーティア様と一応血が繋がっているから一応帰してやれと言うことだ」

 一応、がものすごくついている。

「ひっ、か、帰って宜しいのですか!?」

「ユーティア様が慈悲深くて良かったな!」

「は、はい!」

「女どもは城下にでも捨てておこう」

 ミーアを忘れて、マリーンは悲鳴を上げる。

「い、嫌よ!私も帰るわ!ね、あなた!私も帰れるわよね?!そしてまた侯爵家の一員として暮らしましょう、ね?!」

「え……」

 チャールズは魔導士と衛兵を交互に見る。目はとても冷たい、流石のチャールズもこれには気づいた。ここで間違えれば自分もただでは済まない事を。ユーティアの慈悲は血がつながった自分だからもらった慈悲だ。血のつながらない、しかも虐め続けてきたこの女どもを一緒にと言えば、その慈悲は粉々に砕けるだろう。

「お、お前達は……き、貴族では、な、ない!知らん!お前達のような恥知らずは知らん!大体私は帝国へ来ることなど反対だったのだ!ユーティアが掴んだ幸せを壊すような真似を何故平気で出来る?!お前達はユーティアの母でも妹でもない!ましてや、ワシの妻でも娘でもない!」

「ひ、酷い!チャールズ様裏切るの?!」

「し、知らん!知らん!ワシの妻は死んだユリアデットだけだ!お前らなど知らん!!」

「う、嘘でしょう?!」

 魔導士と衛兵が覚めた顔で見る中、知らん知らんを繰り返し、チャールズ・ラングは乗って来た馬車に一人で乗り込み、帰って行った。

 国に帰っても針の筵しかないのだが、それでも帝国にいるよりマシだとチャールズは思ったのだ。


しおりを挟む
感想 77

あなたにおすすめの小説

結婚式の夜、夫が別の女性と駆け落ちをしました。ありがとうございます。

黒田悠月
恋愛
結婚式の夜、夫が別の女性と駆け落ちをしました。 とっても嬉しいです。ありがとうございます!

私を溺愛している婚約者を聖女(妹)が奪おうとしてくるのですが、何をしても無駄だと思います

***あかしえ
恋愛
薄幸の美少年エルウィンに一目惚れした強気な伯爵令嬢ルイーゼは、性悪な婚約者(仮)に秒で正義の鉄槌を振り下ろし、見事、彼の婚約者に収まった。 しかし彼には運命の恋人――『番い』が存在した。しかも一年前にできたルイーゼの美しい義理の妹。 彼女は家族を世界を味方に付けて、純粋な恋心を盾にルイーゼから婚約者を奪おうとする。 ※タイトル変更しました  小説家になろうでも掲載してます

<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐
恋愛
主人公エミーリアの婚約破棄にまつわるあれこれ。

田舎者とバカにされたけど、都会に染まった婚約者様は破滅しました

さこの
恋愛
田舎の子爵家の令嬢セイラと男爵家のレオは幼馴染。両家とも仲が良く、領地が隣り合わせで小さい頃から結婚の約束をしていた。 時が経ちセイラより一つ上のレオが王立学園に入学することになった。 手紙のやり取りが少なくなってきて不安になるセイラ。 ようやく学園に入学することになるのだが、そこには変わり果てたレオの姿が…… 「田舎の色気のない女より、都会の洗練された女はいい」と友人に吹聴していた ホットランキング入りありがとうございます 2021/06/17

王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しいます。 ゴードン公爵家の長女ノヴァは、辺境の冒険者街で薬屋を開業していた。ちょうど一年前、婚約者だった王太子が平民娘相手に恋の熱病にかかり、婚約を破棄されてしまっていた。王太子の恋愛問題が王位継承問題に発展するくらいの大問題となり、平民娘に負けて社交界に残れないほどの大恥をかかされ、理不尽にも公爵家を追放されてしまったのだ。ようやく傷心が癒えたノヴァのところに、やつれた王太子が現れた。

婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました

青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。 しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。 「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」 そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。 実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。 落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。 一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。 ※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております

辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜

津ヶ谷
恋愛
 ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。 次期公爵との婚約も決まっていた。  しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。 次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。  そう、妹に婚約者を奪われたのである。  そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。 そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。  次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。  これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

処理中です...