25 / 33
25 実態のない軽い幻想を
しおりを挟む
「ここが帝国!すっごーい!都会だわ!こんな素敵な場所で私は王妃様になれるのね!」
ミーアの軽い頭の中はもっと軽い幻想でいっぱいで、今なら本体ごとふわふわと空に浮かべる勢いだ。
「ミーアちゃんならきっと皇帝様にすぐに気に入られるわ!」
マリーンもその軽く実態のない幻想を共有しているようで、うきうきと馬車の窓から流れゆく美しい帝国の街並みを見ていた。
「……そう……だろうか……そう、なって欲しいが……」
二人がキャアキャアと騒ぐ傍らでユーティアの父親のチャールズ・ラング侯爵は小さくなって震えている。
「わ、私は祖国を、裏切ったのか……いや、ミーアが皇帝に気に入られればユーティアは用済み。ならばそのユーティアを連れて戻ればいいのだ……そうだ、そうしよう。そうすれば問題ない。謹慎を破ったのもユーティアさえいれば何のおとがめもないはずだ。兄上達もユーティアさえ戻れば私を叱る事はない……そうだ、そうしよう……」
それぞれ過去に何があったかを全て忘れ去って、自分だけに都合のいい幻想を見ている。幻想と現実の区別すらつかない者はいずれ堕ちるしかないと言うのに。
「あ、あの帝国へ着きましたが、どこへ向かえば良いのでしょうか?」
走り通しで疲れ切った御者はそれでも職務を全うしようと、後ろへ声をかけた。
「王宮よ!王宮へ向かって!」
「……はい」
言われた通り馬車をこの国で一番目立つ城へ馬の首を巡らせた。
「許可証をお持ちか?」
「はあ?そんなのないわよ、ミーアが来たっていえば通じるわ!だって王子様はミーアの事が大好きだもん!」
帝国の城門を守る衛兵は真面目な男であった。真面目であり、職務に忠実であったからこそ、このどう見ても招かれざる客にもきちんと対応し、話を聞いた。
「一応尋ねるがどの皇子様との約束か?」
「どの王子ぃ……?うーん」
帝国の事を葉っぱ一枚分も学んでこなかったミーアはそれでもカラカラと音がなりそうな頭を一生懸命使った。王子様で一番偉いのは一番上の人に決まっている、そう結論付けた。
「一番上の王子様よ!」
「誰か、確認を」
「はっ!」
門番はとてもまじめな男で、小娘の戯言も無碍にはしなかった。しかし帰って来た答えは当然
「ミーアなど知らぬ、と仰せだ」
「嘘よ!そんなはずないわ!」
ミーアは喚き始める。しかし、門番は絶対に譲らない。譲っては門番として職務を放棄したことになるのだから。
言い合いをしている横を豪華な馬車が止められることなく通り過ぎ過ぎていく。
「ちょっと!あの馬車はいいの!?」
「良いに決まっているだろう。リリアス家の御紋だぞ」
「リリアス家……それよ!私もその家の関係者よ!」
ユーティアがいなくなる時にちょっとだけ聞こえた帝国の公爵の名前。ユーティアがリリアス家に行くなら自分も関係者だ!と思い込む。
「そんな訳……」
流石に追い返そうと槍を構えると、後ろから声が聞こえてくる。
「その馬鹿どもを通してください。リリアス家当主の言伝です」
暗い影の中からするっと人が滑り出してきて、リリアス家の紋章が入った指輪を見せる。喚き散らす無礼な女に聞こえないように小さな声で
「リリアス家の影の魔導士様ですか、分かりました。何かお考えがあるのでしょうね」
「そのようです」
やり取りをし、御者に声をかけた。
「行っていい。どこに行くかは前の馬車を追えば良いだろう」
「え!?あ、はい!」
絶対に通して貰えないと思っていた御者は驚いて手綱を握りなおした。早く出発しなければ前の馬車が行ってしまい、どこへ行けば良いか分からなくなる。ぴしりと馬に出発の合図を出した。
「ふふ!やっぱりミーアが選ばれた女の子なのよ!」
門番はその礼儀も何もなっていない少女を見てため息をついた。
「グラフィル・リリアス様は何をなさるつもりなのでしょう」
「分かりませんが、あの者たちが無事に出てくることはないと思います……」
グラフィル様は性格が良いとはいいがたいですからね、と口の中だけで呟き、影の魔導士は門番に頭を下げてからまた影の中に溶けて行った。
ミーアの軽い頭の中はもっと軽い幻想でいっぱいで、今なら本体ごとふわふわと空に浮かべる勢いだ。
「ミーアちゃんならきっと皇帝様にすぐに気に入られるわ!」
マリーンもその軽く実態のない幻想を共有しているようで、うきうきと馬車の窓から流れゆく美しい帝国の街並みを見ていた。
「……そう……だろうか……そう、なって欲しいが……」
二人がキャアキャアと騒ぐ傍らでユーティアの父親のチャールズ・ラング侯爵は小さくなって震えている。
「わ、私は祖国を、裏切ったのか……いや、ミーアが皇帝に気に入られればユーティアは用済み。ならばそのユーティアを連れて戻ればいいのだ……そうだ、そうしよう。そうすれば問題ない。謹慎を破ったのもユーティアさえいれば何のおとがめもないはずだ。兄上達もユーティアさえ戻れば私を叱る事はない……そうだ、そうしよう……」
それぞれ過去に何があったかを全て忘れ去って、自分だけに都合のいい幻想を見ている。幻想と現実の区別すらつかない者はいずれ堕ちるしかないと言うのに。
「あ、あの帝国へ着きましたが、どこへ向かえば良いのでしょうか?」
走り通しで疲れ切った御者はそれでも職務を全うしようと、後ろへ声をかけた。
「王宮よ!王宮へ向かって!」
「……はい」
言われた通り馬車をこの国で一番目立つ城へ馬の首を巡らせた。
「許可証をお持ちか?」
「はあ?そんなのないわよ、ミーアが来たっていえば通じるわ!だって王子様はミーアの事が大好きだもん!」
帝国の城門を守る衛兵は真面目な男であった。真面目であり、職務に忠実であったからこそ、このどう見ても招かれざる客にもきちんと対応し、話を聞いた。
「一応尋ねるがどの皇子様との約束か?」
「どの王子ぃ……?うーん」
帝国の事を葉っぱ一枚分も学んでこなかったミーアはそれでもカラカラと音がなりそうな頭を一生懸命使った。王子様で一番偉いのは一番上の人に決まっている、そう結論付けた。
「一番上の王子様よ!」
「誰か、確認を」
「はっ!」
門番はとてもまじめな男で、小娘の戯言も無碍にはしなかった。しかし帰って来た答えは当然
「ミーアなど知らぬ、と仰せだ」
「嘘よ!そんなはずないわ!」
ミーアは喚き始める。しかし、門番は絶対に譲らない。譲っては門番として職務を放棄したことになるのだから。
言い合いをしている横を豪華な馬車が止められることなく通り過ぎ過ぎていく。
「ちょっと!あの馬車はいいの!?」
「良いに決まっているだろう。リリアス家の御紋だぞ」
「リリアス家……それよ!私もその家の関係者よ!」
ユーティアがいなくなる時にちょっとだけ聞こえた帝国の公爵の名前。ユーティアがリリアス家に行くなら自分も関係者だ!と思い込む。
「そんな訳……」
流石に追い返そうと槍を構えると、後ろから声が聞こえてくる。
「その馬鹿どもを通してください。リリアス家当主の言伝です」
暗い影の中からするっと人が滑り出してきて、リリアス家の紋章が入った指輪を見せる。喚き散らす無礼な女に聞こえないように小さな声で
「リリアス家の影の魔導士様ですか、分かりました。何かお考えがあるのでしょうね」
「そのようです」
やり取りをし、御者に声をかけた。
「行っていい。どこに行くかは前の馬車を追えば良いだろう」
「え!?あ、はい!」
絶対に通して貰えないと思っていた御者は驚いて手綱を握りなおした。早く出発しなければ前の馬車が行ってしまい、どこへ行けば良いか分からなくなる。ぴしりと馬に出発の合図を出した。
「ふふ!やっぱりミーアが選ばれた女の子なのよ!」
門番はその礼儀も何もなっていない少女を見てため息をついた。
「グラフィル・リリアス様は何をなさるつもりなのでしょう」
「分かりませんが、あの者たちが無事に出てくることはないと思います……」
グラフィル様は性格が良いとはいいがたいですからね、と口の中だけで呟き、影の魔導士は門番に頭を下げてからまた影の中に溶けて行った。
66
お気に入りに追加
5,128
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

破滅した令嬢は時間が戻ったので、破滅しないよう動きます
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私リーゼは、破滅寸前だった。
伯爵令嬢のベネサの思い通り動いてしまい、婚約者のダーロス王子に婚約破棄を言い渡される。
その後――私は目を覚ますと1年前に戻っていて、今までの行動を後悔する。
ダーロス王子は今の時点でベネサのことを愛し、私を切り捨てようと考えていたようだ。
もうベネサの思い通りにはならないと、私は決意する。
破滅しないよう動くために、本来の未来とは違う生活を送ろうとしていた。

婚約破棄されたショックで前世の記憶を取り戻して料理人になったら、王太子殿下に溺愛されました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
シンクレア伯爵家の令嬢ナウシカは両親を失い、伯爵家の相続人となっていた。伯爵家は莫大な資産となる聖銀鉱山を所有していたが、それを狙ってグレイ男爵父娘が罠を仕掛けた。ナウシカの婚約者ソルトーン侯爵家令息エーミールを籠絡して婚約破棄させ、そのショックで死んだように見せかけて領地と鉱山を奪おうとしたのだ。死にかけたナウシカだが奇跡的に助かったうえに、転生前の記憶まで取り戻したのだった。
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します
佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚
不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。
私はきっとまた、二十歳を越えられないーー
一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。
二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。
三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――?
*ムーンライトノベルズにも掲載
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

別れたいようなので、別れることにします
天宮有
恋愛
伯爵令嬢のアリザは、両親が優秀な魔法使いという理由でルグド王子の婚約者になる。
魔法学園の入学前、ルグド王子は自分より優秀なアリザが嫌で「力を抑えろ」と命令していた。
命令のせいでアリザの成績は悪く、ルグドはクラスメイトに「アリザと別れたい」と何度も話している。
王子が婚約者でも別れてしまった方がいいと、アリザは考えるようになっていた。

王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しいます。
ゴードン公爵家の長女ノヴァは、辺境の冒険者街で薬屋を開業していた。ちょうど一年前、婚約者だった王太子が平民娘相手に恋の熱病にかかり、婚約を破棄されてしまっていた。王太子の恋愛問題が王位継承問題に発展するくらいの大問題となり、平民娘に負けて社交界に残れないほどの大恥をかかされ、理不尽にも公爵家を追放されてしまったのだ。ようやく傷心が癒えたノヴァのところに、やつれた王太子が現れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる