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25 実態のない軽い幻想を

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「ここが帝国!すっごーい!都会だわ!こんな素敵な場所で私は王妃様になれるのね!」

 ミーアの軽い頭の中はもっと軽い幻想でいっぱいで、今なら本体ごとふわふわと空に浮かべる勢いだ。

「ミーアちゃんならきっと皇帝様にすぐに気に入られるわ!」

 マリーンもその軽く実態のない幻想を共有しているようで、うきうきと馬車の窓から流れゆく美しい帝国の街並みを見ていた。

「……そう……だろうか……そう、なって欲しいが……」

 二人がキャアキャアと騒ぐ傍らでユーティアの父親のチャールズ・ラング侯爵は小さくなって震えている。

「わ、私は祖国を、裏切ったのか……いや、ミーアが皇帝に気に入られればユーティアは用済み。ならばそのユーティアを連れて戻ればいいのだ……そうだ、そうしよう。そうすれば問題ない。謹慎を破ったのもユーティアさえいれば何のおとがめもないはずだ。兄上達もユーティアさえ戻れば私を叱る事はない……そうだ、そうしよう……」

 それぞれ過去に何があったかを全て忘れ去って、自分だけに都合のいい幻想を見ている。幻想と現実の区別すらつかない者はいずれ堕ちるしかないと言うのに。

「あ、あの帝国へ着きましたが、どこへ向かえば良いのでしょうか?」

 走り通しで疲れ切った御者はそれでも職務を全うしようと、後ろへ声をかけた。

「王宮よ!王宮へ向かって!」

「……はい」

 言われた通り馬車をこの国で一番目立つ城へ馬の首を巡らせた。



「許可証をお持ちか?」

「はあ?そんなのないわよ、ミーアが来たっていえば通じるわ!だって王子様はミーアの事が大好きだもん!」

 帝国の城門を守る衛兵は真面目な男であった。真面目であり、職務に忠実であったからこそ、このどう見ても招かれざる客にもきちんと対応し、話を聞いた。

「一応尋ねるがどの皇子様との約束か?」

「どの王子ぃ……?うーん」

 帝国の事を葉っぱ一枚分も学んでこなかったミーアはそれでもカラカラと音がなりそうな頭を一生懸命使った。王子様で一番偉いのは一番上の人に決まっている、そう結論付けた。

「一番上の王子様よ!」

「誰か、確認を」

「はっ!」

 門番はとてもまじめな男で、小娘の戯言も無碍にはしなかった。しかし帰って来た答えは当然

「ミーアなど知らぬ、と仰せだ」

「嘘よ!そんなはずないわ!」

 ミーアは喚き始める。しかし、門番は絶対に譲らない。譲っては門番として職務を放棄したことになるのだから。
 言い合いをしている横を豪華な馬車が止められることなく通り過ぎ過ぎていく。

「ちょっと!あの馬車はいいの!?」

「良いに決まっているだろう。リリアス家の御紋だぞ」

「リリアス家……それよ!私もその家の関係者よ!」

 ユーティアがいなくなる時にちょっとだけ聞こえた帝国の公爵の名前。ユーティアがリリアス家に行くなら自分も関係者だ!と思い込む。

「そんな訳……」

 流石に追い返そうと槍を構えると、後ろから声が聞こえてくる。

「その馬鹿どもを通してください。リリアス家当主の言伝です」

 暗い影の中からするっと人が滑り出してきて、リリアス家の紋章が入った指輪を見せる。喚き散らす無礼な女に聞こえないように小さな声で

「リリアス家の影の魔導士様ですか、分かりました。何かお考えがあるのでしょうね」

「そのようです」

 やり取りをし、御者に声をかけた。

「行っていい。どこに行くかは前の馬車を追えば良いだろう」

「え!?あ、はい!」

 絶対に通して貰えないと思っていた御者は驚いて手綱を握りなおした。早く出発しなければ前の馬車が行ってしまい、どこへ行けば良いか分からなくなる。ぴしりと馬に出発の合図を出した。

「ふふ!やっぱりミーアが選ばれた女の子なのよ!」

 門番はその礼儀も何もなっていない少女を見てため息をついた。

「グラフィル・リリアス様は何をなさるつもりなのでしょう」

「分かりませんが、あの者たちが無事に出てくることはないと思います……」

 グラフィル様は性格が良いとはいいがたいですからね、と口の中だけで呟き、影の魔導士は門番に頭を下げてからまた影の中に溶けて行った。


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