【本編完結】神に捨てられた糸くずの俺は愛される～不幸な物語なんて変えてやるから安心して

57 なんと言うかのモヤり

「あーー！可愛らしい！本当に可愛らしいです、シャトルリア様ぁー！」
「やだよ、ドレスなんて恥ずかしいよ」
「良いじゃないですか、一回だけですから」
「何回もあってたまるか……」

　俺はものすごーーく裾の長いドレスの仮縫いとやらに呼び出されてくたくただ。帝国式のドレスは長いし重いし絶対嫌だ！っていったのに殿下の泣き落としに負けてしまった。

「一回だけでいいから、ね？　」
「一回しかない予定なんですが！」
「お願い～」

　何度断ってもしつこくいって来るのでとうとう折れてしまったことを後悔するくらいドレスが重い……。
　そんな超重厚レースフリル鎧を侍女ちゃんやらメイドちゃんやらはテキパキと着付けて行く。分厚い金属板を重ねた重装鎧フルプレートメイルより手順が多くねぇ？はあ、ドレスは戦闘服だってよく言ったもんだよ、例え話じゃなくてマジだったんだな。

「後なんだよ、この馬鹿でかい宝石は」
「これなんて小さいほうですよ。王太子妃の宝冠のサファイアはシャトルリア様のゲンコツくらいありますよ」
「うっそ……一体いくらするの……？　」
「わかりません！　」

　ドレスに合わせるといってつけている宝飾品の重くてお高そうなことにもくらくらする。止めろ、シャトルリア本体はまあまあ可愛くても俺には似合わない！　俺は、俺は糸くずなんだぞ！

「良くお似合いです！　」
「えー……」

　こうしてだんだんと俺とホルランド殿下の結婚式は近づいて来てしまう。何だかなぁ……ずっとそう言われて来たからまあ、それなりに受け入れている所はあるけれど、俺の俺である部分がやっぱり野郎と結婚するのはなんか違わない？って思ってしまう。
　結婚式の準備がない日、俺は俺の診察室で頬杖をついていた。別に今日誰かの健康観察をするとか、相談を受けるとかそういう予約は入っていないけれど、一人になりたいときこの部屋はとても便利だということに気が付いたんだ。

「うーん……」
「どうしたの？シャト」
「……」

　やっぱり沸いたよ、殿下が。絶対病気をしてから、いつも俺のそばにいる気がする。ガチャリとドアを開けて呼んでもいないのにやって来る、暇なのかな？

「何か悩んでるんだね？私で良ければ相談に乗るし、解決できるかも知れないよ？」

　殿下との結婚が納得出来ないなんて、本人に相談するものか？　そんなの出来ないよなぁ。あと、もう招待状も出してるし、式場も服も全部手配も終わってるのにいまさらどうとかいう時期も過ぎちゃってる。でもなぁ……。

「シャト、キスをしないか？」
「へ？！　」

　突然何いってんだ？　この人。

「私は実はシャトのことが大好きなんだ。常日頃から結婚したいと思っている」
「うん、それは常々聞いています」
「でもそれは最近始まったことじゃなくてずっと前、もう10年以上も前から好きで好きで堪らなかったんだよ」

　えっ、そんな感じなかったでしょ？！普通だったよ？

「私は王太子だからね、我慢してたんだよ」
「我慢！」
「そう、結婚までは清い関係でいなくちゃ行けないからね。我慢してたんだ。シャトもまだ小さかったし」

　いつから……全然そんな感じしなかったのに。いやでも婚約者だったんだから、18になったら結婚する予定だったけど、でも普通に……。

「君のことが、大好きなんだよ」
「は……」

　椅子に座っている俺の前にきて屈んだ。ちょうど同じくらいの目の高さにイケメンがやって来た。完璧、ではなくてまだ体や顔のあちこちに病気や薬で苦しんだ痕が残っている顔。それでも元が良すぎるせいか残ったシミやシワ、ガタガタの爪もマイナスにならないようなかっこよさ。そんなヤツに真顔で大好きなんて言われたら流石の俺もどう返していいか困って言葉に詰まる。

「好きなんだ、愛しているんだ」

　伸びてくる両手の指先が顎に触れる。ゆっくり少しだけ上向きに引き上げられる、ええと……何を？あ、いや……キスをしよう、そう言われたんだった。

「えと……」

　近づいてくる顔、青い目。今は濁っていなくて澄んでいてとてもとても青い目がゆっくり細まって行くから、思わずつられて目を閉じた。ただ、少し唇と唇が触れるだけ。それだけでそっと離れてしまう。

「嫌だった？」
「……いえ、特には」

　だって、たったそれだけだったから。

「そう。なら良かった」

　それが答えだったのかもしれない。