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53 選択肢は少なく

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 シャトルリアの国、ルーセンからもう一人やってきた。

「シャトルリア様……あのう、私」
「だよねえ、分かってた。マチェット君」
「え? どういうことですか?」

 つまりだ。俺が魔力だまりを揉み解し、魔力の循環を良くした男性。その魔力だまりの後に残ったよくわからん袋的な所に赤ちゃんが舞い降りちゃうんだよ……。

「もう遅いかもしれないけれど、魔力だまりがあった男性は……性交の時に注意してくださいと、妊娠の可能性が高いと周知してください」
「……はい」
「特に魔力が多くて魔力だまりが大きかった人は特に妊娠しやすいので、中出し注意と……」
「……はい……」

 どうもそういうことらしい。セイル、宰相さん、マチェット君を検診してそんな結果がでた。はは……あはは……笑えない……。なんでかな、どうしてかな? と思った時ふと蘇る言葉。あのクソ神が言ってたやつだ。

「……責任取って貰いますからね、ってこと?」

 それが一番しっくりくる答えだ。だって人の業とは思えない現象だもんな。

「とにかく、様子を診て行かないとあとお医者さんにも相談だ……最後どうやって出てくるのかな?」

 尻かな……尻なのかな? いろいろ想像はできるけどそれよりなにより殿下の滅茶苦茶いい笑顔が忘れられない。報告してないのになんでこの話知ってるのかな? も、もしかして誰かこの診察室を覗いてるの!? バッと天井を見ると天井の右隅の板がちょっとずれてる?! 誰かそこにいたの?!

「あ!」

 誰か見てるじゃねえかあああ!! 誰だーー! せめて諜報員であってくれ、殿下本人ではないことを祈る。まさか御大自ら天井裏に忍び込んで俺を上から監視してたなんて事はないよな?!
 しかし俺は暫くはこの珍事に奔走することになってしまった。問題なのは間違いなく結婚後の我が身に降りかかる話だろう……なんせ俺も自分で体の魔力だまりを開けたもん。

「開けた魔力だまりって閉じないのかな? 」
「閉じない! 」
「うわっ! 殿下ー?! 」

 俺の診察室の扉が物凄い勢いで開いて殿下が飛び込んで来た。

「シャトぉ私の子供を産んで下さいーお願いします、お願いしますー」
「膝に縋りついて泣かないで下さい! あとただの独り言にもいちいち反応しないで! 」

 もう診察室の前で張り込んで聞き耳立てていたことを指摘するのは無駄だと分かっているからね。
 何を言っても俺の細い太腿にぐりぐりと顔を擦り付けるのをやめないよ、この人。

「私はもうシャトの前で強いふりをするのはやめたんだ。シャトの前では素直になるんだ。あの時、ちゃんと頭が痛いってシャトに言えば良かったんだ」
「……殿下……」

 確かにそうだ、と今なら言える。最初に教えてくれればこんなことにはならなかった。起こってしまったことだけど、後悔しても変えられないことだけれども。

「だからもう間違えない。シャトさえいればそれで良い。でももし、可能ならやっぱりシャトと私の子供はみてみたい。でもシャトと別の人の子供は見たくない……」
「ははは……」

 なんとまあ、確かに素直な意見だな。

「本当はシャトがいてくれたらそれで良いんだ。でも立場上何かとうるさい奴は多い。大体は黙らせてあるんだけど、不満はどことからも沸いてくる。私にそれが向くなら何の問題もないんだけれど、シャトに向ける奴らがいる。それが許せない……いややっぱりただ単にシャトの子供が見たい」

 短いホルランド様の髪の毛を撫でる。ぱっさぱさだった髪の毛は見苦しくないように切り揃えて貰っているけれど、帽子をかぶってカバーしている所が多い。新しく伸びてきたところは綺麗な昔と変わらない銀色の髪だけど、治療前の髪の毛は色が抜けている。

「困った人だなぁ」
「ごめんね……こんな私でごめんね。でももうシャトがいない時間なんて考えられない。ずっと一緒にいたいんだ。姿が見えないだけで不安になる。おかしいよね、でも自分でもどうしようもないんだ……またシャトには迷惑をかけてしまう」

 殿下の祈るような懺悔を聞きながら、俺はため息をつくしかない。俺と殿下はなんだかんだいって長く一緒に居過ぎた。もうお互いにその存在を無視できなくなってしまっているんだ。結局俺は殿下と離れて国に帰っている間も殿下のことを忘れることなんてできなかった。楽しかった話を母上に聞かせたりしながら、殿下のなさりように腹を立てたり悲しんだり。もう無関心でいることが出来ないんだ。

「私も、殿下のことを無視して生きていくことができないみたいなんです。そうなってくると好きか嫌いかになってしまう」
「嫌いって言わないで!」

 青い目をうるうるさせて見上げられると、本当にもう……狡いなあ。

「本当に困った人。もし、次に酷い事したら私も手加減しませんからね? 」
「しない、絶対にしない! 大好きなシャトに誓うよー!」

 甘い、のだろうか。でも俺は一生殿下を嫌って生きて行く事はできなさそうだ。無視も出来ない、嫌いにもなれないなら好きになるしか選択肢は残っていないんじゃないだろうか?





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