【凍結】せいぎの勇者~百合ゲー勇者のお残しで幸せになれるのか不安な兄である~

鏑木 うりこ

文字の大きさ
上 下
19 / 23

19 逃げてもいいよねと

しおりを挟む

 案の定、俺の良くない噂が沈静化することはなかった。

「勇者に泣きついたらしい」
「兄とはいえやり過ぎではないか?」
「唆された勇者はこの国を出ると」
「なんということだ! 役立たずどころではない、疫病神ではないか」

 耳を覆っても毎日毎日どことからもなく飛び込んでくる囁き声。

「いい加減になさいませ! 賢者ハルト様は素晴らしいお方ですわ」
「そういわれましてもエーデリア姫。賢者殿は一体何ができるので?」
「……ハルト様がいてくださることでアオバは何倍も力を出せるのですよ」
「本当ですか? それを確認なさったことは?」
「アオバを疑っているのですか? 勇者アオバがそういうのだから、それが真実でしょう」

 エーデリア姫も貴族達を諌めてくれる。アオバの女の子達は皆俺に協力的だ。それはありがたい側面、それだからこそ俺への風当たりが強くなっている。

「若い奴らはこれだから」
「所詮、女子供の戯言よ」
「また勇者に泣きついたのであろうよ」

 文句を言うのはご老人達が多い……つまりそういう対象にならない人達から嫌われているのだ。なるほどな、と納得しつつそれより若い人達からは好意的な目で見られている……深くは考えたくない。

「自分達では何もせず……腹立たしい!」

 シアやジゼルさんは先頭を切って俺を擁護してくれる。感謝はしているが、俺の沈み切った心を浮上させる力はない……。

「苦しいな……」

 人の視線が絡みつくような気がする。邪魔だ、消えろとどこからともなく聞こえ続ける。

「消えろ、か」

 ふと、声に出して気がついた。そうだ、消えてしまえば良いんじゃないか? 青葉には女の子達がいる。俺がいなくなっても一人じゃない……きっと足りないスキルも誰かが埋めてくれる。俺がここにいる必要なんてないんじゃないか?

 そうしよう、こんな所から俺がいなくなれば良い。誰にも告げず、一人で消える。この世界で一人で生きていけるかどうかはわからないけれど、ここにいても息苦しいだけで何も変わらない。俺にできることは何もない。いてもいなくても一緒ならいなくなっても構わないはずだ。

 そう決めるとなんだか少し息が吸い易くなった気がする。今はこれが最良の判断だと色んな人の好意を見ないふりをした。俺は俺自身を守りたいんだ。もう青葉は強い俺が庇ってやらなくちゃダメだった16歳の青葉じゃない。味方も大勢いるし、きっとジゼルさん達も青葉に協力してくれるだろう。

「良いよな……母さん」

 それでも逃げるという選択肢を選んだ俺は自分が情けなくてちょっぴり涙が溢れた。はは、前の世界では歯を食いしばっても泣かなかったのに、こっちでは簡単に泣けちゃうんだ。
 それでもこの選択肢は、今の俺が選べる唯一の物だと確信していた。そう決めてから、シアの訪問も断り、夕飯も断ってまだ日が高いうちから眠りについた。これなら真夜中に起き上がり、活動できるだろう。やはり逃げるのは絶対夜に限る。


 夜の帳が下りた窓の外は視界が悪いが、身を隠す闇は豊富だった。

「うわ……」

 無駄に見晴らしがいい部屋を充てがわれているから、ここは三階だ。それでもバルコニーはあり、漫画で見たことがあるような手摺りにロープでも巻き付ければ下まで降りられる気がする。

「……よし」

 ロープは勿論ない。だからシーツを割くかカーテンを割くか。カーテンは手に取ると分厚くて刺繍がいっぱい施されている……これはきっと高そうだから割いてはいけない気がする。
 バルコニーから少し身を乗り出し、地面の様子を確認する。高い……けれど何だかいけそうな気がした。
 最初に魔獣に襲われ、なす術もなく震えていた時と違って今は心の準備もできている。それに青葉が得たスキルを使えるんだ。身体強化とか、物理ダメージ軽減とか軽業レベル2とか……だからここから落ちたとしても死ぬことはない気がする。
 申し訳ないがきれいに洗われたシーツを引っ張ってバルコニーに向かう。洗って整えてくれたメイドさん、ごめんなさいと心の中で謝って力任せに引っ張り裂こうとした瞬間、扉をノックする音が聞こえた。

誰だ?! シアにはゆっくり寝るから明日の朝まで起こさないでと頼んである。だからシアが扉を叩くわけがない。どうしよう、いや寝ているならノックの音なんて聞こえる訳がないんだから、無視すればいい。誰か知らないけれどきっとすぐにいなくなるだろう。
 俺は音を立てないように静かにバルコニーで作業を続けることにした。どの手摺りにシーツを巻き付けたら目立たないかとか素人判断しながら、地面の様子を覗き込む。
 
 しかし、この判断は良くなかった。シアに伝えた俺の願いを突っぱねることができる人物が訪れていたなんて分かるはずもなかったんだ。つまりはシアより身分の高い人が扉を叩いていたなんて、想像ができなかったのだ。





しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。

下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。 ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。 小説家になろう様でも投稿しています。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...