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19 逃げてもいいよねと
しおりを挟む案の定、俺の良くない噂が沈静化することはなかった。
「勇者に泣きついたらしい」
「兄とはいえやり過ぎではないか?」
「唆された勇者はこの国を出ると」
「なんということだ! 役立たずどころではない、疫病神ではないか」
耳を覆っても毎日毎日どことからもなく飛び込んでくる囁き声。
「いい加減になさいませ! 賢者ハルト様は素晴らしいお方ですわ」
「そういわれましてもエーデリア姫。賢者殿は一体何ができるので?」
「……ハルト様がいてくださることでアオバは何倍も力を出せるのですよ」
「本当ですか? それを確認なさったことは?」
「アオバを疑っているのですか? 勇者アオバがそういうのだから、それが真実でしょう」
エーデリア姫も貴族達を諌めてくれる。アオバの女の子達は皆俺に協力的だ。それはありがたい側面、それだからこそ俺への風当たりが強くなっている。
「若い奴らはこれだから」
「所詮、女子供の戯言よ」
「また勇者に泣きついたのであろうよ」
文句を言うのはご老人達が多い……つまりそういう対象にならない人達から嫌われているのだ。なるほどな、と納得しつつそれより若い人達からは好意的な目で見られている……深くは考えたくない。
「自分達では何もせず……腹立たしい!」
シアやジゼルさんは先頭を切って俺を擁護してくれる。感謝はしているが、俺の沈み切った心を浮上させる力はない……。
「苦しいな……」
人の視線が絡みつくような気がする。邪魔だ、消えろとどこからともなく聞こえ続ける。
「消えろ、か」
ふと、声に出して気がついた。そうだ、消えてしまえば良いんじゃないか? 青葉には女の子達がいる。俺がいなくなっても一人じゃない……きっと足りないスキルも誰かが埋めてくれる。俺がここにいる必要なんてないんじゃないか?
そうしよう、こんな所から俺がいなくなれば良い。誰にも告げず、一人で消える。この世界で一人で生きていけるかどうかはわからないけれど、ここにいても息苦しいだけで何も変わらない。俺にできることは何もない。いてもいなくても一緒ならいなくなっても構わないはずだ。
そう決めるとなんだか少し息が吸い易くなった気がする。今はこれが最良の判断だと色んな人の好意を見ないふりをした。俺は俺自身を守りたいんだ。もう青葉は強い俺が庇ってやらなくちゃダメだった16歳の青葉じゃない。味方も大勢いるし、きっとジゼルさん達も青葉に協力してくれるだろう。
「良いよな……母さん」
それでも逃げるという選択肢を選んだ俺は自分が情けなくてちょっぴり涙が溢れた。はは、前の世界では歯を食いしばっても泣かなかったのに、こっちでは簡単に泣けちゃうんだ。
それでもこの選択肢は、今の俺が選べる唯一の物だと確信していた。そう決めてから、シアの訪問も断り、夕飯も断ってまだ日が高いうちから眠りについた。これなら真夜中に起き上がり、活動できるだろう。やはり逃げるのは絶対夜に限る。
夜の帳が下りた窓の外は視界が悪いが、身を隠す闇は豊富だった。
「うわ……」
無駄に見晴らしがいい部屋を充てがわれているから、ここは三階だ。それでもバルコニーはあり、漫画で見たことがあるような手摺りにロープでも巻き付ければ下まで降りられる気がする。
「……よし」
ロープは勿論ない。だからシーツを割くかカーテンを割くか。カーテンは手に取ると分厚くて刺繍がいっぱい施されている……これはきっと高そうだから割いてはいけない気がする。
バルコニーから少し身を乗り出し、地面の様子を確認する。高い……けれど何だかいけそうな気がした。
最初に魔獣に襲われ、なす術もなく震えていた時と違って今は心の準備もできている。それに青葉が得たスキルを使えるんだ。身体強化とか、物理ダメージ軽減とか軽業レベル2とか……だからここから落ちたとしても死ぬことはない気がする。
申し訳ないがきれいに洗われたシーツを引っ張ってバルコニーに向かう。洗って整えてくれたメイドさん、ごめんなさいと心の中で謝って力任せに引っ張り裂こうとした瞬間、扉をノックする音が聞こえた。
誰だ?! シアにはゆっくり寝るから明日の朝まで起こさないでと頼んである。だからシアが扉を叩くわけがない。どうしよう、いや寝ているならノックの音なんて聞こえる訳がないんだから、無視すればいい。誰か知らないけれどきっとすぐにいなくなるだろう。
俺は音を立てないように静かにバルコニーで作業を続けることにした。どの手摺りにシーツを巻き付けたら目立たないかとか素人判断しながら、地面の様子を覗き込む。
しかし、この判断は良くなかった。シアに伝えた俺の願いを突っぱねることができる人物が訪れていたなんて分かるはずもなかったんだ。つまりはシアより身分の高い人が扉を叩いていたなんて、想像ができなかったのだ。
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