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32 リースさまはこっちですわ(王太子リース視点

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 マリリーから回って来た請求書の額に頭を悩ませていた時だった。

「くそ!なんで手紙一つにこんなに作法が必要なんだ!」

 国同士の王族のやり取りだから、と何度書いてもハワードに突っ返される。

「これが、以前アルカンジェル様がお書きになったお礼状の下書きでございます。流麗なペン捌きと、内容はどれも素晴らしい。あと、こちらの資料がアルカンジェル様がおまとめになった各国王室の人々の趣味と時事の関心ごとをまとめた資料です。私が懇願して置いて行ってもらいました。ええ!この私がね!」

 ハワードもイラついている。あまりに遅れる手紙は無視されたと取られてもおかしくない。それは国際問題にも発展しかねない。

「あと、数日のうちに出来なければ、王太子婚約者パルスェット様にお願いします」

「グッ……」

 パルスェットは私の弟、第二王子の婚約者だ。前回の王子妃試験で一番になり、王太子は第二王子であるフィルに移っている。もし、私がこの手紙を出せなければ、完全に私が王太子として失脚したことを外にも広めることになる。何とかしなければ!

「マリリーは……?」

「食っちゃ寝してますけど?起こしますか?起きるとうるさいのでずっと寝てて欲しいんですが」

「神殿への出仕はどうした?」

「さあ?馬車の手配も言いつけられませんでしたから」

 駄目だ、構っている暇もない。



 ……さま……

 夜中遅くまで起きてたった一枚の手紙に向き合っていると、声が聞こえた気がした。

「ハワードか?」

 呼ばれて気がして顔を上げる。部屋はしんとしていて誰もいない。

「気のせいか」


……さま……リー……、……さま……

「っ!?誰かいるのか!」

 やはり誰もいない。疲れているせいだろう……。私はとりあえず続きは明日にしようと冷たい目のハワードを呼んで今日の仕事は切り上げた。

 その日の夢にはアルカンジェルが出て来た。とても愛らしい笑顔で、笑っている。こんな顔で笑う事も出来たのか、と暫く見惚れていた。

「アルカ」「レイ殿下」

 笑顔のアルカンジェルはナイトレイ殿の傍に静々と近づき、二人は手に手を取って私から遠ざかる。二人の行く先には明るい光が満ちていて、とても眩しかった。

「待って、私もそちらに……」

「リースさまぁ~リースさまはぁこっちですわぁ~~~」

 私の足をぎゅっと握る手があった。

「ひっ!?マリリー!」

「リースさまはぁ~こっちの世界でしょぉ~?ウフフ……」

 足元がガラガラと崩れ、闇が広がっている。そこからニタリと笑うマリリーが私の足を掴んで離さない。

「やめろ!マリリー!私は向こうへ、光ある方へ行くのだ!!」

 マリリーの巨体は私の力ではビクともしないほど、重量を増していた。

「いいえぇ~、リースさまはマリリーと一緒にこっちですわぁ~」

「うわあああああああああああ!」

 私は自分の叫び声で目を覚ます。

「ゆ、夢か?」

 夜警の衛兵が「大丈夫ですか?」と声をかけて来たが、それには大丈夫だと返す。嫌な夢だが、ただの夢だ。


 その後は気味の悪さが残り、朝まで寝つくことができなかった。

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