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マリナデット・ウィフラート

5 パパにゃん

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 はぁ……

 歳は40を超え、渋みを含んで来たがまだまだ衰えぬ美貌のルイーフ・ウィフラート公爵は溜息をついた。頭が痛いのはウィフラート家の長女、マリナデットの事だ。なんと第二王子から婚約破棄をされて戻ってきたのだ。
 しかも完全なる冤罪でだ。 

「はぁ……」

 もう一度、重苦しく溜息をつき、書斎の壁の自画像の前に立つ。若かりし頃の自分の絵がある。
 ルイーフより、今ではマリナデットの方が似ている。自画像を少しずらすとレバーが現れ、下に下げると

ガコ……音がして書斎の一部から下へ降りる石階段が現れた。ルイーフは手慣れた手付きてランタンに火を入れると、手に持ち、現れた階段を下る。

 こつ、こつ、こつ。
ルイーフの足音だけがこだまして、一つの扉に行き当たる。徐にポケットから小さな鍵を取り出すとガチャリ、扉をあけた。


「あーーーーーー!まりにゃんちょううう可愛いいいいいあいいいーー!!」

 がばぁ!部屋の中に置いてあった等身大ともいえる可愛い女の子のぬいぐるみ人形に抱きついた。

「まりにゃんが!とうとう!婚約破棄だよ!まりにゃん!超ー頑張った!!パパにゃんも超ー嬉しい!!!」

 女の子の人形にぐりぐりぐりと頬擦りする。女の子のぬいぐるみは髪の毛が所々に空色を溶かした銀の髪に、薄紫のぱっちりした瞳。気持ち悪く頬擦りする40オヤジと同じ色味であった。

「まりにゃん!まりにゃん!私の娘!いや?私の息子か!!あーもー日に日に私そっくりになってパパにゃんはいつも不安でしょうがないよお!!!まりにゃーーん!」

 ぐりぐりぐりぐり!パパにゃん\(^o^)/の愛情表現は独特だった。

「今まで悪い虫が付かないように頑張ったのに、あのクソ王子め!公衆の面前でまりにゃんを罵倒するとは!生きている事を後悔させてやるにゃん……!」

 ギリィ、悔しさのあまり、噛み締めた奥歯が不穏な音を立てた。

「この婚約だってあの無能王が私に振られたから、私そっくりのまりにゃんを手に入れるために無理やり仕組んだ婚約……!当然、然るべき時に破棄する予定であったが、あのような場で……あのような場で……!」

 ばぎゃっ!奥歯の1本が砕け散った。

「鉱山など生温いっ!あの尻軽クソ女と一緒に馬小屋で毎日馬の糞集めをさせてやるっ!!それからそれから……っあーー!考えただけでもイライラするーーー!」

 きえええええ!雪花の美貌はどこへトンズラしたのか、よく手入れされた髪を掻き毟って、ダンダンと床を殴った!

「まりにゃん……辛かったよね?抱きしめてやれないパパにゃんを許しておくれ。パパにゃんはまりにゃんの事が可愛くて可愛くてしょうがないけれど、パパにゃんがまりにゃんを可愛がるとまりにゃんの身に危険が及ぶんだ……ああ!辛い!」

 ルイーフの脳裏には、暗殺の憂き目にあった小さい頃のマリナデットの姿をありありと思い出していた。

「毒の紅茶を飲まされて、3日目を覚さなかった。階段から押されて腕に怪我をして包帯が1ヶ月取れなかった……庭で遊んでいて毒蛇に追いかけられた……犬が入ってきて……まりにゃんに懐いてそれから飼ったっけ……」

 あの大型犬は良くマリナデットを守ってくれたっけ……。垣根に隠れてマリナをみていた私の尻にも果敢に噛み付いてきた良き兵士であったわ。

「確かこの辺に……あったあったまりにゃん7歳、ベベルと一緒。ふふ、可愛いなぁ」

 こっそり画家を呼びつけて描かせた絵はなかなかの仕上がりであったが、現実のマリナデットの方が1000倍は可愛いとルイーフは思っている。

 壁を見回すと、マリナデットの絵でいっぱいだった。どの方角をみてもマリナマリナマリナマリナ……。

 完全にマリナ部屋だ。

「まりにゃん。このパパにゃんが次は無害そうな婚約者を選んで上げるからね!2回も婚約破棄されればまりにゃんがずっとうちに居ても大丈夫だよ!そうしてパパにゃんはさっさと引退するから、一緒に領地の屋敷に帰ってずっといっしょに暮らそう。それがいい、それが一番だよ、私のまりにゃん!」

 ぎゅっと等身大まりにゃん人形を抱きしめる。まりにゃん人形が苦悶の表情に歪み切っている。

「何を勝手なことを仰っているのです?父上。まりにゃんは私の妻になるのですよ?」

 パパにゃんの憩いの秘密部屋に招かれざる侵入者が現れた。


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