140 / 229
140 我が軍の撤退速度をもってすれば
しおりを挟むハイランド城の正面門を抜け、外に出てすぐに始めたのはちょっと早まったかもしれない。でもやっておかないといけない作業だったから、早めがいいかなって思ったんだ。
「私もなんだけど……あの剣と杖の所有者をやめないといけないんだ」
「う~ん、僕達の物じゃなくなるって事だね」
「そう。だから所有を放棄する手続きをしよう」
もしかしたら短剣の鑑定を行ったという鑑定人が大声を上げたかもしれない。古い物に詳しい奴がいたら走り寄ってきたかもしれない。でも、その時妨害はなかったんだ。
「ルセラ・ハイランド……いや、ただのラセル。君はあの短剣の所持者たることを今ここで放棄しますか?」
「はい、します」
うん、ルセラの物だった短剣はラセルの言葉にもきちんと反応をして契約解除の手続きを踏むことができるようだ。
「では私も。杖の所持者たることを放棄します……はい、承認っと……長い間ありがとうね」
「僕達の昔の記憶を運んできてくれてありがとう」
契約が完了し、解除の光がふわりと舞った。ついでに私とラセルの足も地面から離れ、凄い勢いで動き出した。
「こんなとこで何やってんですか!! 将軍ッ!」
「ウワアアアアッラセル、我慢してーーーっ」
「へ?」
「う?」
私がタムの小脇に、ラセルがミニィの小脇に挟まれ、城から全速力で遠ざかる。
「走れぇえええロイーーッずらかるぞーーっ」
「し、師匠!?隠密行動はもう良いんですか?」
「んなこと言ってる場合じゃねえっ逃げろーーッ」
「へ?」
そして、魔法による契約が解除され、所有者を失い、長い年月を過ごした短剣と杖は、パキン、パキンと高くて澄んだ音を響かせて、最後に王様の手のひらの上でパアン!と弾けて粉々に砕け散った。
「は……?」
「ま、まさか……経年劣化を魔法で抑えていたのに、解除したから……こ、壊れた?」
キラキラと光の粒に弾けた短剣と杖は、原型どころか存在自体が儚く夢のように消えてなくなってしまった。呆然と自分の手のひらを見つめる国王。今の今まで手にしていたのに、これから国を鼓舞するための最高の材料が跡形もなく消えて行ったのだ、目の前で。
「こんな、なにも……なくなる、なんて」
「わ、我々は何か夢でも見ているのでしょうか……」
「け、剣が……初代様の剣が……杖も、賢者様の杖が……ない、ない……なぜ」
がっくりと膝をつく国王が遠目に見えた。でもそういうものでしょう? 自分の手から離れたら壊れるようにしておくものだよね?
「だよねえ? タム」
「だからって今しなくていいだろ! この考えなしッ! 追手をかけられたどうすんだよっ馬鹿大将ッ」
「えーまさか、そんなことしないでしょ」
「するかもしんねえだろ! ああいうのはもっともーっと離れてからやるもんだ!わかったかっ」
「ご、ごめん~……ぎゅ」
そういえばそうか……壊れてなくなったら偽物をもう一度作れって言われる可能性とかもあったか……うーん失敗したなあ。まあでも我が軍の一番凄い所は撤退の早さだったからね。敵から逃げる速度はこの大陸で一番だって自負してるよ。そんな軍の隊長だったタムとミニィに任せておけばきっと大丈夫だよね~。
「早く逃げよう、タムー」
「今全速力で走ってるじゃねーか! この馬鹿大将ッ!」
「やだ、タム。口が悪い~ラセルに移ったらどうするのさ」
「だったらあんな場所で契約解除するじゃねーよ!!」
も、もっともです。
57
お気に入りに追加
1,883
あなたにおすすめの小説
変態村♂〜俺、やられます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。
そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。
暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。
必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。
その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。
果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
single tear drop
ななもりあや
BL
兄だと信じていたひとに裏切られた未知。
それから3年後。
たった一人で息子の一太を育てている未知は、ある日、ヤクザの卯月遥琉と出会う。
素敵な表紙絵は絵師の佐藤さとさ様に描いていただきました。
一度はチャレンジしたかったBL大賞に思いきって挑戦してみようと思います。
よろしくお願いします
僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる