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54 届かない訳
しおりを挟む「やはりイアン・ワイマールの首を切ったのは間違いではなかったか」
すぐに上がった噂だったが、誰が言い出したかは分からない。宰相は苛立ちながら王宮内を歩いていた。緑と水に溢れた中庭は枯れるか腐るかして、おかしな臭いを漂わせ続ける。水路が細かく張り巡らされているが故に掃除が行き届かないのだ。
「まさか庭師の果てに至るまであの男の息がかかっていたとは……」
宰相には聞かされていなかったが、庭が枯れ落ちる前に庭師も全員退職していた。
「我々も辞めさせて頂きます。あの方には世話になったし……それに水の精霊も土の精霊も皆いなくなった地を人間の手でどうにか出来るわけがない」
「精霊がいない?」
庭師達は皆暗い顔をして一斉に辞め、足早に王都から去って行った。
「あの方は精霊の愛し子でもあったんだよ」
空をみて嘆く一番年嵩の庭師だった男の呟きは王宮に残ったものには正しく伝わらなかった。
さて、精霊の愛し子が殺された国はどうなってしまうのか?過去の文献を紐解けば答えは出て来るが、その事実に辿り着いた者はまだいなかった。
作物が枯れ始めたのは水不足だと断定され、水道の補修に全ての力を割いたが、芳しい結果は得られない。
「はあ?うちの村で水を大量に取ってる?んなことねぇよ、約束通りだし」
水道が走る村々は皆そう答える。王都から派遣された水道科の職員達が契約書類をみても何の不備もない。どの村も取り決められた量しか使っていないのに、山から引かれた水は王都に着く頃には殆ど枯れ果てる。
「どっかで水路が壊れてるんじゃないんですかぁ?なんせ作ってから一度も王都からの整備は来てませんもんねぇ?」
「うっ」
痛い所を突かれて職員達はすごすごと引き下がる。派遣された職員がいなくなると、どの村の村長や取りまとめ役は唾を吐き捨てる。
「今更来やがって……イアン様がああなってから焦ったって!」
「おいたわしや……イアン様」
村の全てが黒い服を着て喪に服している。
「村長さん、何か困っていることはないかい?」
そうやってイアン自ら来ることもあれば部下の誰かが一ヶ月に一度は回ってきていた。
「大丈夫ですよ、イアン様。それより、イアン様こそこんな場所まで足をお運びになって……お忙しいでしょう?」
「なぁに、訓練にもなるし王都は何かと気忙しいからね。こっちの方が落ち着くよ」
そうやって来るのはイアンの部下だけだった。しかも水路の整備も私財を使ってしている。
「私は意外と良い給料貰っているから大丈夫なんだよ」
そうではないことは誰もが知っていた……そうやって協力して水道を守ってきたのに今更と。
「にしても流石ミニィ様だな」
「全くです……」
ミニィは村々と契約書を交わす時に、本物の契約書を3通渡してあった。内容は大体一緒だが、水道から引ける水の量だけが違う。
「一番多いものを関わっている全村でとってしまえば王都に水が届かない計算になります。我々が目を光らせているうちは王都の水道課は何も言って来ないかもしれない。でも我々がいなくなったら、村で何か取引材料がなければ搾取されるだけ。そんな事をさせるわけにはいきませんから」
こんな詐欺みたいな方法使わないに越したことはないんですけれどね、と苦笑しながら言ったことを村長は思い出す。
「王都に水がないと言った……どの村でも思いは一つだったということだな」
皆静かに黙祷する。自分達の為に心を砕いてくれた人達のために
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