【完結】おっさん軍人、もふもふ子狐になり少年を育てる。元部下は曲者揃いで今日も大変です

52 真なる王

　
　なんだろう……これは虚無感？いや違うもっと何か暗くてざわざわするものが遠くから押し寄せてくる。波のように遥か遠く、私の後ろの方から小さく泡立ったと思ったらそれはどんどん膨らんで、大きくなってそびえたつ。
　私の後ろから、私のすべてを飲み込み覆い尽くすように、黒くて冷たい何かが音もなく大きく膨らんでゆく。

「イアンっ！！」

　バン！と大きな音を立てて、ラセルの家の建付けの悪い扉が開いた。肩で息をしたイアンが立っている。後ろから明るい日の光が差し込んでいて、今がまだ昼間だと気が付けた。
　さあっと降り注いだ光と熱に目を奪われる。ああ、あったかいなぁ。

「ラセル……？どう、した？　」

　村の友達と遊んでいたはず、だったよ、ね？

　ラセルは入り口から一直線に走って来て、リゼレンの手から凄い勢いで私を抱き上げるとぎゅっと抱きしめた。

「イアン！イアン！無事？大丈夫！？僕がいるからね、絶対ボクがいるから、大丈夫なんだからね！」
「ラセル……？何を……？」

　突然だったけれどラセルの細い腕はとても暖かくて、子供の腕なのにとても優しくて安心できるものだった。

「わ、わかんないけど、イアンがどこかに連れて行かれちゃう気がして怖くなって戻って来ちゃった」
「きゅうん……ラセル、私はどこにもいかないよ。ラセルと一緒にいる……」

　やっぱり細くて頼りないはずの肩なのに、頭を乗せたラセルの肩はとても安心できる。いつの間にか黒い何かはなくなっていた。


「ラセル、イアンも連れて行ってあげてくれ。子狐は運動不足みたいだ」
「えっそうなの？先生。行こう、イアン！さっき森で黄色ポンポンの実をいっぱい見つけたんだ。摘んでティン様にお供えしようよ」
「黄色か～あれすっぱいんだよね！ジャムにしてもらわない？」
「あー！いいかも。ジャムならティエン様も食べられるしね」
「うん！」

　私はぴょんと地面に降り、ラセルの足元にすり寄った。きっと野山を走ったんだろう、ズボンの裾は泥で汚れているけれど、子供っぽくて素晴らしい。

「じゃあ行ってきます！先生、ミニィさん」
「ああ、いっぱい遊んでおいで」
「パムに言っておきますよ。ジャムを作る用意をしておいてねって」


　私とラセルは駆け出した。きっと途中で村の子供達と合流するだろう。そして皆でポンポンの実を摘んで美味しいジャムのおこぼれに預かるんだ。絶対楽しいし、美味しいに違いない！


「……アレは時折、義父上の中に現れるんです」

　だからその後でミニィとリゼレンがしていた会話の内容なんてまったく知らなかった。

「そうか……やはりラセルが「真なる王」で間違いなさそうだ」
「ええ、素晴らしい才能です。我々の持てる力すべてをラセルの継承して欲しい……全力で育てていくつもりです」
「私達も微力を添えていいだろうか？」
「ラセルの為になるならば、何でも受け入れますよ」
「ありがたい」

　二人の顔には嘘偽りない笑みが浮かんでいる。そういう優しい世界が広がってくれたらいいのに。