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32 かのものの亡霊か否か
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この国の宰相は慈悲将軍と呼ばれたイアン・ワイアードのことが嫌いだった。彼は貴族至上主義者であり、自身も侯爵家次男であった。その侯爵家も祖母に王妹を持つ生粋の上位貴族であったから、だかが伯爵家の三男が将軍と担ぎ上げられ、国民に絶大な人気があるのが非常に疎ましかったのだ。
それと彼の姉との婚約をイアン将軍が断ったのも個人的に好かなかった。40過ぎの離婚を2回された邪魔者をイアンに引き取らせようとしたが断られたのだ。
「我が家と縁続きになれるのだぞ?普通泣いて喜ぶだろうに! 」
だから、完全な冤罪と分かっていながら王太子を支持したのだ。国王もイアンのことを邪魔に思っていたらしく、慈悲将軍と呼ばれたイアンの罪は確定し、処刑されたのだ。
「さ、宰相様ぁお助け下さいー!」
「なにを……」
料理長に泣きつかれ、面倒だと思いつつも振り払うことはできない。この料理長の家から宰相家や彼個人に送られた黄金色のお菓子は相当な量だったからだ。
「厨房の、この国の、巨大保管庫が消えましたぁ! 」
「消えた?何故」
この国の保管庫がとても便利なことは誰しも知っていた。だが、いつからあったのか、誰が作ったのかを覚えていない貴族は多かった。いや、覚えていたくないと故意に忘れ去ったのかもしれない。
とにかく来て下さい、と強引に腕を引かれ、普段近づくこともない保管庫の前へ案内される。
「そんな馬鹿な」
そう言いながら扉を開け、絶句した。確かに何もないのだ。手入れが行き届いていない傷んだ床板の部屋がそこにあるだけ。本当に何もなかった。
「な、何故……一体?料理長、どういうことか!」
「わたくしめにも分からないのです!助けて下さい、宰相さまぁーー!」
「私がどうこうできることか?!誰か、誰か心当たりがある者は?」
その場にいた料理長、副料理長は俯いて首を緩く横に振るが違和感がある。何か知っているが故意に隠しているそういう輩が取る行動にそっくりだ。
「……お前達より長く勤めている厨房関係者なら知っているかもしんな?どこにいる」
「ひ、ひえ……」
そうして宰相は厨房で賄いである豆スープにパンを浸して食べている料理人達に話を聞いた。
「ああ、料理長が保管庫の神様に供物を捧げなかったからみたいですよ、そこにあるでしょう?保管庫の取り扱い説明書が。大切なことだから、代々の料理長は必ず読むようにってでっかく書いてありますもん。これを書いた人はものすごーく神様をものすごーく大切にしていたみたいですよ」
隠されていた取り扱い説明書にさっと目を通し、宰相は目頭を揉みながら料理長に声をかける。
「誠か」
「えーと……」
宰相はこれ以上料理長に言葉をかけるのを止めた。この料理長は無能であると切り捨てたのだ。多分、こんな騒動になるまで、取り扱い説明書の存在すら知らなかったのだろうし、今になって知ったとはいえ、この説明書の存在を自分に隠し助けを求める姿勢は度し難い。
そしてそんな料理長の尻について回るだけの副料理長も必要ないと切り捨てる。
宰相は料理長を無視して料理人達に声をかける。
「して、これからの夕食はどうなる? 」
「どうもなりませんよ。何せ仕込みもないし、材料もない。料理長が何とかするんじゃないですか?私達もこれを食べ終わったらここを辞めさせて貰いますし」
料理人の殆どがここを去るという。
「あーあ「可愛子ちゃん」がいた頃は良かったなぁ」
「おー、そうだ。パムさんが辺境に向かったろ?行ってみないか?あの人から料理を学びたいなぁ」
「それ良いね。あの人の料理美味いもんなー!量が多いけど! 」
「それな!! 」
好き勝手笑いながら料理人達は食事を終え、自ら使った食器を洗い片付け去っていく。
「あー賄いの豆スープなら少し残ってますよ。置いときますねー」
そして宰相は苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。取り扱い説明書を書いた者の名がイアン・ワイアードであったからだ。
イアン・ワイアードが契約し、作り上げた巨大な保管庫だったからだ。
「……誰か、もう一度時空神と契約を結べる者を」
宰相は自分でも絶望的な呟きをしたと自答した。この長い王国の歴史の中でも時空神と関わりを持てた傑物は2.3人しかいない。当然今そんなことができる人間はいるはずがないのだ。
「……早急に何とかしろ。夕食が間に合わなくても明日の朝食を欠かすわけにはいかん。夕食も貴族街の信用あるリストランテより取り寄せるように」
「ひえ……あ、あのそれは私が行うのでしょうか」
「料理人が料理を用意出来ない訳がない。寝ぼけていないでさっさと動け!夕食までもう時間もないぞ」
「ひいいー!」
叱責され、料理長と副料理長は駆け出した。
「イアン・ワイアード……死んでもなお亡霊のように纏わりつく……!」
それと彼の姉との婚約をイアン将軍が断ったのも個人的に好かなかった。40過ぎの離婚を2回された邪魔者をイアンに引き取らせようとしたが断られたのだ。
「我が家と縁続きになれるのだぞ?普通泣いて喜ぶだろうに! 」
だから、完全な冤罪と分かっていながら王太子を支持したのだ。国王もイアンのことを邪魔に思っていたらしく、慈悲将軍と呼ばれたイアンの罪は確定し、処刑されたのだ。
「さ、宰相様ぁお助け下さいー!」
「なにを……」
料理長に泣きつかれ、面倒だと思いつつも振り払うことはできない。この料理長の家から宰相家や彼個人に送られた黄金色のお菓子は相当な量だったからだ。
「厨房の、この国の、巨大保管庫が消えましたぁ! 」
「消えた?何故」
この国の保管庫がとても便利なことは誰しも知っていた。だが、いつからあったのか、誰が作ったのかを覚えていない貴族は多かった。いや、覚えていたくないと故意に忘れ去ったのかもしれない。
とにかく来て下さい、と強引に腕を引かれ、普段近づくこともない保管庫の前へ案内される。
「そんな馬鹿な」
そう言いながら扉を開け、絶句した。確かに何もないのだ。手入れが行き届いていない傷んだ床板の部屋がそこにあるだけ。本当に何もなかった。
「な、何故……一体?料理長、どういうことか!」
「わたくしめにも分からないのです!助けて下さい、宰相さまぁーー!」
「私がどうこうできることか?!誰か、誰か心当たりがある者は?」
その場にいた料理長、副料理長は俯いて首を緩く横に振るが違和感がある。何か知っているが故意に隠しているそういう輩が取る行動にそっくりだ。
「……お前達より長く勤めている厨房関係者なら知っているかもしんな?どこにいる」
「ひ、ひえ……」
そうして宰相は厨房で賄いである豆スープにパンを浸して食べている料理人達に話を聞いた。
「ああ、料理長が保管庫の神様に供物を捧げなかったからみたいですよ、そこにあるでしょう?保管庫の取り扱い説明書が。大切なことだから、代々の料理長は必ず読むようにってでっかく書いてありますもん。これを書いた人はものすごーく神様をものすごーく大切にしていたみたいですよ」
隠されていた取り扱い説明書にさっと目を通し、宰相は目頭を揉みながら料理長に声をかける。
「誠か」
「えーと……」
宰相はこれ以上料理長に言葉をかけるのを止めた。この料理長は無能であると切り捨てたのだ。多分、こんな騒動になるまで、取り扱い説明書の存在すら知らなかったのだろうし、今になって知ったとはいえ、この説明書の存在を自分に隠し助けを求める姿勢は度し難い。
そしてそんな料理長の尻について回るだけの副料理長も必要ないと切り捨てる。
宰相は料理長を無視して料理人達に声をかける。
「して、これからの夕食はどうなる? 」
「どうもなりませんよ。何せ仕込みもないし、材料もない。料理長が何とかするんじゃないですか?私達もこれを食べ終わったらここを辞めさせて貰いますし」
料理人の殆どがここを去るという。
「あーあ「可愛子ちゃん」がいた頃は良かったなぁ」
「おー、そうだ。パムさんが辺境に向かったろ?行ってみないか?あの人から料理を学びたいなぁ」
「それ良いね。あの人の料理美味いもんなー!量が多いけど! 」
「それな!! 」
好き勝手笑いながら料理人達は食事を終え、自ら使った食器を洗い片付け去っていく。
「あー賄いの豆スープなら少し残ってますよ。置いときますねー」
そして宰相は苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。取り扱い説明書を書いた者の名がイアン・ワイアードであったからだ。
イアン・ワイアードが契約し、作り上げた巨大な保管庫だったからだ。
「……誰か、もう一度時空神と契約を結べる者を」
宰相は自分でも絶望的な呟きをしたと自答した。この長い王国の歴史の中でも時空神と関わりを持てた傑物は2.3人しかいない。当然今そんなことができる人間はいるはずがないのだ。
「……早急に何とかしろ。夕食が間に合わなくても明日の朝食を欠かすわけにはいかん。夕食も貴族街の信用あるリストランテより取り寄せるように」
「ひえ……あ、あのそれは私が行うのでしょうか」
「料理人が料理を用意出来ない訳がない。寝ぼけていないでさっさと動け!夕食までもう時間もないぞ」
「ひいいー!」
叱責され、料理長と副料理長は駆け出した。
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