【完結】おっさん軍人、もふもふ子狐になり少年を育てる。元部下は曲者揃いで今日も大変です

鏑木 うりこ

文字の大きさ
上 下
32 / 229

32 かのものの亡霊か否か

しおりを挟む
 この国の宰相は慈悲将軍と呼ばれたイアン・ワイアードのことが嫌いだった。彼は貴族至上主義者であり、自身も侯爵家次男であった。その侯爵家も祖母に王妹を持つ生粋の上位貴族であったから、だかが伯爵家の三男が将軍と担ぎ上げられ、国民に絶大な人気があるのが非常に疎ましかったのだ。
 それと彼の姉との婚約をイアン将軍が断ったのも個人的に好かなかった。40過ぎの離婚を2回された邪魔者をイアンに引き取らせようとしたが断られたのだ。

「我が家と縁続きになれるのだぞ?普通泣いて喜ぶだろうに! 」

 だから、完全な冤罪と分かっていながら王太子を支持したのだ。国王もイアンのことを邪魔に思っていたらしく、慈悲将軍と呼ばれたイアンの罪は確定し、処刑されたのだ。

「さ、宰相様ぁお助け下さいー!」
「なにを……」

 料理長に泣きつかれ、面倒だと思いつつも振り払うことはできない。この料理長の家から宰相家や彼個人に送られたは相当な量だったからだ。

「厨房の、この国の、巨大保管庫が消えましたぁ! 」
「消えた?何故」

 この国の保管庫がとても便利なことは誰しも知っていた。だが、いつからあったのか、誰が作ったのかを覚えていない貴族は多かった。いや、覚えていたくないと故意に忘れ去ったのかもしれない。
 とにかく来て下さい、と強引に腕を引かれ、普段近づくこともない保管庫の前へ案内される。

「そんな馬鹿な」

 そう言いながら扉を開け、絶句した。確かに何もないのだ。手入れが行き届いていない傷んだ床板の部屋がそこにあるだけ。本当に何もなかった。

「な、何故……一体?料理長、どういうことか!」
「わたくしめにも分からないのです!助けて下さい、宰相さまぁーー!」
「私がどうこうできることか?!誰か、誰か心当たりがある者は?」

 その場にいた料理長、副料理長は俯いて首を緩く横に振るが違和感がある。そういう輩が取る行動にそっくりだ。

「……お前達より長く勤めている厨房関係者なら知っているかもしんな?どこにいる」
「ひ、ひえ……」

 そうして宰相は厨房で賄いである豆スープにパンを浸して食べている料理人達に話を聞いた。

「ああ、料理長が保管庫の神様に供物を捧げなかったからみたいですよ、そこにあるでしょう?保管庫の取り扱い説明書が。大切なことだから、代々の料理長は必ず読むようにってでっかく書いてありますもん。これを書いた人はものすごーく神様をものすごーく大切にしていたみたいですよ」

 隠されていた取り扱い説明書にさっと目を通し、宰相は目頭を揉みながら料理長に声をかける。

「誠か」
「えーと……」

 宰相はこれ以上料理長に言葉をかけるのを止めた。この料理長は無能であると切り捨てたのだ。多分、こんな騒動になるまで、取り扱い説明書の存在すら知らなかったのだろうし、今になって知ったとはいえ、この説明書の存在を自分に隠し助けを求める姿勢は度し難い。
 そしてそんな料理長の尻について回るだけの副料理長も必要ないと切り捨てる。
 宰相は料理長を無視して料理人達に声をかける。

「して、これからの夕食はどうなる? 」
「どうもなりませんよ。何せ仕込みもないし、材料もない。料理長が何とかするんじゃないですか?私達もこれを食べ終わったらここを辞めさせて貰いますし」

 料理人の殆どがここを去るという。

「あーあ「可愛子ちゃん」がいた頃は良かったなぁ」
「おー、そうだ。パムさんが辺境に向かったろ?行ってみないか?あの人から料理を学びたいなぁ」
「それ良いね。あの人の料理美味いもんなー!量が多いけど! 」
「それな!! 」

 好き勝手笑いながら料理人達は食事を終え、自ら使った食器を洗い片付け去っていく。

「あー賄いの豆スープなら少し残ってますよ。置いときますねー」

 そして宰相は苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。取り扱い説明書を書いた者の名がイアン・ワイアードであったからだ。
 イアン・ワイアードが契約し、作り上げた巨大な保管庫だったからだ。

「……誰か、もう一度時空神と契約を結べる者を」

 宰相は自分でも絶望的な呟きをしたと自答した。この長い王国の歴史の中でも時空神と関わりを持てた傑物は2.3人しかいない。当然今そんなことができる人間はいるはずがないのだ。

「……早急に何とかしろ。夕食が間に合わなくても明日の朝食を欠かすわけにはいかん。夕食も貴族街の信用あるリストランテより取り寄せるように」
「ひえ……あ、あのそれは私が行うのでしょうか」
「料理人が料理を用意出来ない訳がない。寝ぼけていないでさっさと動け!夕食までもう時間もないぞ」
「ひいいー!」

 叱責され、料理長と副料理長は駆け出した。

「イアン・ワイアード……死んでもなお亡霊のように纏わりつく……!」



しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

転生したら乙女ゲームのモブキャラだったのでモブハーレム作ろうとしたら…BLな方向になるのだが

松林 松茸
BL
私は「南 明日香」という平凡な会社員だった。 ありふれた生活と隠していたオタク趣味。それだけで満足な生活だった。 あの日までは。 気が付くと大好きだった乙女ゲーム“ときめき魔法学院”のモブキャラ「レナンジェス=ハックマン子爵家長男」に転生していた。 (無いものがある!これは…モブキャラハーレムを作らなくては!!) その野望を実現すべく計画を練るが…アーな方向へ向かってしまう。 元日本人女性の異世界生活は如何に? ※カクヨム様、小説家になろう様で同時連載しております。 5月23日から毎日、昼12時更新します。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

処理中です...