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2 私はイアン、子狐イアンんんんん

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 誰かが声をかけたのか、誰かが私をゆすぶったのか、なにも、なにもわからない……。

「イアン!」
「きゅうっ!」

 私に声をかけたのも、私をゆすぶったのも誰かも分かるし、なにかも分かってしまった。おかしいぞ。

「いつまで寝てるのイアン!朝ごはん食べるよ」
「……きゅう……」

 私を覗き込んでいるのは少年、名前をラセルという。2年前に両親を流行り病で亡くした10歳の男の子だ。そして私の名前はイアン、イアンなんだが……。

「ホラ、昨日川で取った魚だよ」
「きゅう……」

 白狐のイアンだ。あの時私の残りの命を与えて怪我を治したあの狐の中で私は目を覚ましてしまったのだ、どういうことだ……いや、白い狐のイアンはあの時に死んだ、死ぬ運命だったらしい。だから狐の魂は神の元へ旅立ち、運命を曲げる魔術を図らずも行使してしまった私は罰なのかつじつま合わせなのか……神の元へ行く事は許されず地上に残ることになってしまったらしい。

 そんなことあるのか?

 だが、実際。じっと自分の手を見ると体は白いのに手足の先端へ行くにしたがって黒くなっていて、少し細長い肉球と気持ち鋭い爪が付いた狐の手なのだ。もちろん尻からはもっふもふの尻尾が伸びており、自在に動かせる正真正銘の狐だった。なんてことだ。

「うきゅう……」
「早く食べちゃって!森へ出かけないと駄目なんだから」

 32歳のくたびれた軍人おっさんが、白い子狐になってしまった事実をどう受け止めたら良いのか分からないが、折角ラセルが用意してくれた朝飯を残すのは勿体ない。あまり大きくない川魚の上半分をペロリといただく。下半分はラセルの朝飯だ……10歳の食べ盛りの男の子には絶対足りないやつだなこれは。

「よーし、今日は何か取れるといいな、イアン!」
「……きゅっ」

 寝床と朝飯まで用意して貰ったんだ。この恩は返さなければならない。子狐の体で何ができるか分からないが、私はともかく外へ走り出したラセルの後へ続いた。それがいつもの習慣だった。頭で考えるより狐の体がそう動いたのだ。


「これ、食える?」
「ぎゅ」
「駄目?」
「きゅ」

「これは?」
「ぎゅ」
「駄目かあ」

 ラセルはあまり野草に詳しくなかった。勇んで森に入り、食べられる野草を摘み始めるも、美味しくないものばかり見つけてくる。2年も一人で生きてきたなら知識も備わっているのかと思ったが、この村はかなり暖かい村で親をいっぺんに亡くしたラセルの世話を焼いてくれていたようだ。しかし私が近くを通りかかったせいでそんな心の暖かな村が滅茶苦茶に破壊されてしまった……申し訳なくて涙が出そうだが、子狐の体では薬草を集めるのも難しい……。

「きゅっ」
「これぇ? これ、苦くて食べられないよ」

 すりつぶして薬にする草だからな。そのまま食ったら苦いよ……従軍している時から愛用しているから大丈夫だ。

「きゅっきゅっ!」
「あー分かった分かった。持っていけばいいんだろ」
「きゅっ」

 ラセルは素直な子供で子狐の私のいうことを信じているようだ。あれこれ指示を出すと嫌そうにしながらも摘み取ってくれる。しかも野草の扱いが中々丁寧だった。この子は筋が良いな……良い薬師になれる素質がある。
 森の中をキョロキョロしながら進むと良い物を見つけた。ラセルを呼んで摘んでもらわないと。

「きゅーーーーー!」
「どうしたの? イアン……あー! 赤い実だ。これ美味いよなああ!」
「きゅーん!」

 私もこれは好きだ。野苺の群生を見つけて二人で飛び込んだ。この森は中々豊かで何とか暮らして行けそうな気がしてきた。


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