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21 そして凪の表情が訪れた
しおりを挟む「魔王とはこの世の歯車の一つに過ぎない。魔力には怨念や黒い思いが紛れ込みやすいので、それを集め滅するのが魔王の勤めなのだ。だが、何百年もそれを続けると魔王自身が黒い魔力に囚われてしまう……そして世界を破壊する魔王へと変貌してしまうのだ」
「……そうだったんですか」
俺達はリンの膝の上で動けなくなっている魔王の話を聞いていた。どうやらもう魔王の命は残り少なく、指一本動けないんだそうだ。
「そうなる前に勇者が召喚され、魔王は滅ぼされる……その際に黒い魔力は全て浄化され、古い魔王は死に、また穢れた黒い魔力が溜まり始める頃新しい魔王が生まれる……今回は予定より少し遅かったが、間に合って良かったよ」
「では魔王とはそのように辛い宿命なのに、あなたは全うしたのですか? 逃げ出したいとは思わなかったのですか」
殿下の問いかけに、魔王は静かに笑う。
「誰かがやらねばならぬ。この世界のために……」
「何という……」
世界は残酷だ、魔王は好きで憎まれたわけでもないのにやらなくちゃいけないから魔王の役を引き受けていたんだって……。何だか悲しいな、どうしてこんな世界にしたんだろうな……。俺もリンも殿下も騎士さん達も全員俯いてしまった。この魔王がいなかったら世界はずっともっと早くに病んで死んでしまっていたんだそうだ。
「だが、良かった。勇者に倒されることができて。これでもう世界は救われる…。安心だ……」
「魔王……っ」
魔王の赤い目が薄く閉じられて行く。そして、その瞳から一粒、キラキラと光る何かがころりと転がり落ちる。
「こ、これは……」
殿下がそっと手を伸ばす前に、もっと早くそれを引っ掴んだ奴がいる。それは俺の弟とかいう存在だ……。
「あっーー! これぇ超レアな錬金素材魔王の涙じゃないですかーーっ?!」
「リン?!」
「すみません、すみません! 魔王様、死んでる場合じゃありませんって! もっと泣いてくれませんかね?!」
「リン?! 今の話を聞いていましたか?! 流石にそれはないでしょう!」
「いやだって、たった一つなんて酷くないです? もっとぽろぽろ泣いてくださいよ、お願いしますーーっ」
「そうだな、一一個しかないのは何かと困るよな、実験に使えないし」
リンのいうことは正しい。俺も頷いてしまった一個は何かといけない……棍棒的な物にしてしまったら取り返しがつかなかった、などという現象も過去に身をもって体験したし……。
「はは、最後になんと手厳しい人間だ……だが、私の命はここで終わるのだ……」
「困りますー! 蘇生ポーションでも回復ポーションでもなんでも飲ませて死なせませんよ! ダメ、絶対ダメ! もっと魔王素材下さいよ!」
「しかしだな……私はここで死ぬ定め……」
「嫌ですーーっ!」
わぁ、リンのポーション激マズなんだよなーあんなの飲んだらあの世から強制的に戻されちゃうくらい凄い味なんだよー。あとああなったリンを止めることは俺にはできない。ただ見守るだけだ……だめです、殿下。何とかしろっていう目で俺を見てもだめです。俺は余程達観した凪いだ表情をしていたんだろう。俺を見た殿下もため息をついて無表情になってしまった。勿論、騎士さん達もだ。
「ええい! 飲め、この野郎!」
「ぐ、ごほっ?! ぐわっげほっ! な、なんだこれ、うっ?!」
今にも死にそうな真っ白になっていた魔王の顔色が青くなって、それからまた白くなって、次に赤くなってカラフルだった。
「そのまま死んだ方が良かったのでは……」
そんな呟きを騎士の誰かがしたようだが全くその通りだと思う。俺達にできることはもう何もない。
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