その壊れた恋愛小説の裏で竜は推し活に巻き込まれ愛を乞う

鏑木 うりこ

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68 醜いとしか

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「えー、その、何といいますか……まあ、そういうことです」

 アスガン宰相の声が白々しく響くが、私だって反省している。少し戯れが過ぎた、このような観衆の前で。ああいうことは二人きりの寝室でやる方が良いのだから。

「だ、大事に至らなくて、な、何より」
「は、はは……そ、そうですな、はは、ははは」

 諸侯には追々説明せねばなるまい……。

「は……? なに? アリアンとルシダール様、デキてんの、え?じゃ、じゃあ私の逆ハーはどうなんの? カインは王太子じゃなくなるし、チャールズはいないし、ウィルレッドはナディティアに取られるし、ギディアンもタイラーもいないなんて、ぜんっぜんハーレムじゃないじゃん! こんなの嘘よ、全然違うじゃない!」

 床に座り込んだまま、ぶつぶつと呟くエリーゼ。こいつに名を呼ばれると気分が悪くなるとアリアンがいっていた。少し心配だ、早く帰ってやらねば。そして、もう一人アスガン宰相に食ってかかる人物がいる。

「見たであろう、宰相よ! 私はエリーゼに騙されていたのだ、あいつの悪しき力で真実の愛だと惑わされていたのだ……! 私はエリーゼとの婚約を破棄する!」
「そうでございますか。では手続きを致しましょう」
「カイン?! 何いってんの??!」

 慌てて騒ぎ出すもカイン殿下も止まらない。

「そうだ!エリーゼとの婚約は破棄したんだ。私は王太子に戻れるだろう? エリーゼと婚約して廃太子されたんだ、なくなれば戻る、そうだよな? 宰相!」

 混乱でくらりと揺れた頭が冷静になるほどの酷い発言を全員が耳にする。

「なりません。王太子はキーエ様と決定致しました。そうコロコロと王太子は変えるものでもありますまい……それに、カイン殿下。殿下には殿下を補佐してくれる婚約者がおらぬではないですか。婚約者あっての王太子ということをお忘れか?」
「こ、婚約者……そ、そうだ。ソラウ公爵! ナディティアを私の婚約者に戻してくれ! そうすればすべて丸く収まる、そうしよう、最初からそうだったではないか!」
「殿下、それは何の冗談ですかな?」

 ソラウ公爵の声は硬く怒りに震えている、当然だ。先程の私程ではないが、公爵の周りの空気は凍てつき辺りを切り刻まんばかりだ、さもあらん。
 そんなソラウ公爵の怒りに保身に必死なカイン殿下は気づきもせず失言を重ねる。

「じょ、冗談ではない、本気だ……そ、それにナディティアも王太子妃に戻れるのだ、喜んでくれるだろう?」
「我が娘をコケにするのは良い加減にして頂こうっ! 娘が、私がどんな気持ちで王家に尽くしてきたと思っておるのだ! それでも国の為を思い、自らを押し殺して立派な王太子妃、ひいては王妃となるために努力し続けてきたナディティアをあのように軽く捨てたのに戻ってこいとどこ口がいうのだ!!」
「ひっ!」

 握り拳で机を殴るソラウ公爵の迫力の前にカイン殿下は腰を抜かし、ぺたりと床に倒れた。

「長年の努力をすべて水泡に帰され、それでもやっとの思いで立ち上がり、無理にでも前を向いてなんとか手に入れ自分を一番に思ってくれる優しい伴侶と幸せを歩み出したナディに地獄へ戻れというのか!  とんでもない! 勿論断らせていただきますぞ! デフィタ公爵も賛成していただけますかな?! 娘は公爵に良くして頂いております、ナディの幸せを願っていただけますな?!」
「ええ、勿論です。私はナディティア嬢は報われるべきと考えております。ソラウ公爵に賛成です」
「そういうことですので、議論の余地もございませぬ!」

 ナディティア嬢はソラウ公爵とギクシャクした関係だと噂を聞いていたが、そうではなかったようだ。公爵はやっと掴んだ娘の幸せを守ろうと必死であったのだ。ナディティア嬢はリンカのお気に入りだし、我が家でも支援を惜しむところではない。

「そういうことです、カイン殿下」
「で、では誰か、誰か私の婚約者になる者はいないか? 第一王子の婚約者だぞ、誉であろう? 王家と血縁になれるのだぞ……?!」

 これ程までにカイン殿下の失態を間近で見た貴族の中に可愛い娘や妹を差し出そうとする親兄弟がいるだろうか? いるはずもない。
 気まずそうに目を逸らす者、殿下を睨みつける者様々だが、誰一人として手を上げる者はいない。

「お分かりいただけましたかな? 用件は以上です。どうぞお帰り下さい、カイン殿下」
「い、嫌だ。私は、王太子でいたい。私がこの国の王なんだ、嫌だ、絶対に嫌だーー!」
「ち、ちょっと! 勝手に決めないで、私にはもうカインしかいないのよ、何とかして王太子に戻ってよ!」
「元はとエリーゼのせいではないか! お前がいなければ私は王太子のままだった!」
「な、なによ、私のせいだっていうの?! 信じらんない! あなたが小説と違って使えない王太子だから悪いんでしょう?! 何よ、簡単な手紙も書けないって侍従が嘆いてたわよ」
「お前だって何一つ覚えられないくせに! いまだに廊下をバタバタと走り回ってうるさくて敵わないっ」
「はあ?! 足音くらいいいじゃん!広いんだからしょうがないでしょう!」

 醜い言い争いが始まり、全員がうんざりする。キーエ殿下は宰相殿に目配せし、頷き合う。この場を収めるのは新しい王太子たるキーエ殿下が相応しい。

「衛兵! その二人を連れて行け。どうも頭に血が上っているようだ、少し冷えるよう貴人用の牢へお連れしろ」
「はっ!」
「牢だと?! キーエ、兄であり、王太子の私を牢に入れるというのか! 弟の分際で何を」
「私は聖女よ!そんなこと許されないわ!」

 パァン! また甲高い破裂音が響く。カイン殿下はさておきとしてもあの女は厄介か。

「失礼」

 椅子から立ち上がり、エリーゼに近づく。

「ルシダール様?! 助けて下さるのですよね? 私、カインよりあなたのことをお慕いして」
「黙れ」

 破裂音が何度も何度も鳴り響く。なんと諦めの悪いことだ。

「お前の能力を封じる。これ以上厄介な精神汚染を繰り返されては面倒だ。そしてこれ以後、二度とアリアンの名を口にするな、アリアンは私の可愛い伴侶なのだから」
「え? やっぱりルシダール様はアリ……うっ! なに、痛いっ」

 手のひらをエリーゼの顔の前で広げて、力を飛ばす。やり方など曖昧だができる気がした。
 顔を押さえて蹲るエリーゼ。痛い痛いと騒いでいるから期待通りの効果が出たのだろう。
 それ以降、エリーゼの魅了は発動しなくなった。
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