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63 今生の別れではないのだが
しおりを挟む「るしぃ~、行かないでぇ」
「大丈夫だから、リンカもいるし! 部屋から出ないから、ルシ様お仕事行って来て!」
「行かないでぇ……」
「うっ」
「ルシ様っ!」
「い、行ってくる、リンカ頼んだぞ」
「任せて!」
「ルシぃーー!」
今生の別れのようなアリアンの声が響くがそんなことはない。ただ、今日は仕事で王城に出向かねばならないだけだ。王城にアリアンを連れて行かねばいけない用事はないから、結界で保護された我が家で留守番をして貰うのが一番安全なのだ。
しかも私の部屋のベッドの上で布団にぐるぐる包まり、手に卵を抱いて更にリンカも横にいる。
そこまでしてもどこか不安な私もおかしいといえばおかしいのだが。
「リンカぁルシがいっちゃったぁ」
「夜になる前には帰ってくるでしょっ。ほらちゃんと卵ちゃんあっためて!」
「う、うん……」
「泣かないの。リンカがいるからね! 一緒に卵ちゃんあっためようね」
「うん……」
以前と違ってアリアンはぐずぐずと泣くことがある。しかし、リンカに言わせればアリアンは強くなったというのだ。
「大事なものができたのが初めてなのよ。それを守ること、守れないこと。守れなかったらどんな気持ちになるのか……アリアンは知ったの。ね? 強くなったでしょう?」
「……そうだな」
弱い者の気持ちを知るということは強さに繋がる、そういうことなのだろう。
邸宅の玄関から馬車に乗り込み、王城へ向かう。相変わらず門の所にいる青い尻尾のない子犬を一睨み。
「キャウ……」
ない尻尾を股の間に挟んでブルブル震えている。リンカの結界を越えることもできないようだが、これでアリアンに手を出すこともないだろう。諦めて青の大陸に帰ればよいのに。それができないのが竜の性か、理解できる。
後ろ髪を引かれる思いで王城へ向かうしかない。
「ルシー早く帰って来てぇ」
アリアンの鼻声の幻聴まで聞こえる気がする。
「すぐ帰ってくるから泣かないの……でも実はそんな私もちょっと悲しい……早く帰って来てぇ~」
リンカとアリアンが窓から顔を出して見送ってくれていた。早く帰ろう。
それでも今日は王城へ出向かねばならないのだ。
「……お考えは変わりませぬか」
「わ、私は真実の愛を貫く!」
「……そうでありますか」
アスガン宰相は静かに目を閉じる。ここは選ばれた高位貴族が居並ぶ会議室で、我らの目の前には招聘した王太子殿下が拳を握り締めて立っている。
「では聖女エリーゼとの婚約は継続する、それで宜しいですか?」
「無論だ、私達は真実の愛で結ばれた仲。これは神でも引き裂けぬ。私はエリーゼを妻とする!」
「分かりました……皆々様も宜しいか?」
王太子殿下の宣誓を聞いた会議室にいる貴族達は私も含め、皆静かに頷いた。残念そうに顔を伏せる面々もあったが、否定の声はなく全会一致したといえるものだった。
「ならば、宜しいでしょう」
「良いのか? では私は下がらせて貰おう……」
そう踵を返す王太子の背中にアスガン宰相は声を落とす。
「ではカイン第一王子は廃太子とし、第二王子のキーエ王子を立太子とする。これに賛成の者は拍手をもって答えて下さい」
「なっ?!」
慌てて振り返るカイン第一王子にある意味惜しみない拍手が送られ、扉から第二王子のキーエ様と婚約者のコリンヌ嬢が姿を現した。
「会議の意を受け参上いたしました」
「キーエ殿下。これより王太子としてこの国の為、我々と力を合わせて盛り立てて頂きたい」
「若輩の身ながら尽力させていただきます。婚約者のコリンヌと二人、この国の為努力していきたいです」
コリンヌ嬢はキーエ殿下の少し後ろで美しいカーテシーで答えてくれた。どこぞの聖女と違って、公式の場に出席しても何ら見劣りのしない素晴らしい所作だ。キーエ殿下もコリンヌ嬢も近隣諸国の言葉をスラスラ会話できるし、高官に会わせてもなんの心配もない。
そんな素晴らしい王太子ぶりのキーエ殿下とは裏腹にカイン第一王子は顔を青くし、汗をかきブルブル震えている。まるであり得ない、とんでもないことが突然起こって対処できないといった表情で。
「な、な、な、な、な、にを? キーエが、お、王太子……? なにを、王太子は、わた、わたし、この国の次期王は、わたわたわし、だぞ?」
「いいえ、あなたは今この時から王太子ではありません。キーエ殿下が王太子であり、コリンヌ嬢と共にこの国を支えて下さいます」
「し、しかし、わ、私が第一王子だ!」
みっともなく取り乱し騒ぎ立てるカイン殿下に私達は深いため息をつくしかなかった。早く家に帰りたい。家に帰ってアリアンの黒い髪の毛を触って落ち着きたい。
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