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62 嬉しいことはない
しおりを挟む「うーーーーんっ!」
「それっ! ひり出せぇーっ」
「うーーーーんっっ」
あっさり卵を産むことを決めたアリアンはリンカにいわれて……気張り始めてしまった。
「えーと、なんていうか」
「いわんとしていることは分かりますがいってはいけませんっ!」
執事やメイド達がハラハラと離れた場所から見守っている。
「お腹にパンチしよっか?」
「今のリンカのパンチじゃ何の衝撃もねぇよ……ふがーーっ」
「じゃあルシ様に」
「洒落になんねぇし!」
〈死んじゃうから!〉
必死の叫びが私にも聞こえた。これが卵の声か?
「踏ん張れーっ」
「ふんごーーっ」
産卵とはもっと神秘的な物かと思ったが、顔を真っ赤にして鼻穴を広げているアリアン。まあそれはそれでアリアンらしいか。
「あ!」
「お?!」
「なんか出そう! 三日くらい出なかったう……」
「それ以上言わなくていいっ!」
止めてくれてありがとう、リンカ。
アリアンはころりと小さな卵を産んだ。手のひらにすっぽりと収まるくらいの小さな卵だった。やはり早過ぎたのではないだろうか?!
「おおおお! なんて、なんて美卵ちゃん! 美しい、美しい過ぎるー!みてみて!黒と銀色が層になっててキラキラしてる……こ、これは美形待ったなしの卵ちゃんだわーー!」
「マジか……うわー変な模様だなぁ!」
「変じゃないでしょっ! 素敵過ぎる~~わーわーわー!」
リンカもアリアンも卵が小さいことを何も気にしていない。しかし、こんな小さいのに子供が入っているのか? 信じられない。
「リンカ、卵が小さいのではないか?」
「今は小さいだけですよ、産まれやすいようにぎゅっと縮まってたんです。ほら、卵ちゃーん。パパが心配してますよーもう大きくなってもいいですよー」
撫でながら声をかけると卵はカタカタと小さく揺れ、見る間に一抱えもありそうな大きさに成長してしまった。
「これからももっと大きくなりますよ、安心して下さい。アリアン、これからは抱っこして卵ちゃんをあっためるよ」
「おう! 可愛いなぁ、卵~こんなに可愛いなんてやっぱり腹から出して良かったなぁ~」
大きな卵をぎゅっと抱き締めてアリアンは頬擦りしている……少しだけ卵に嫉妬心が湧いたのは上手に隠せたと思う。
「夜はリンカが預かるね」
「え? あ、うん??」
「お屋敷の皆に卵ちゃんを見せてくるからリンカが預かりまーす。アリアン、産卵ご苦労様。そんでどうするか決めてね」
「どうって……あー……」
「リンカは今のままでいいよー! じゃ行ってきまーす」
リンカはアリアンから卵を受け取るととたとたと走り出す。
「みて!執事さん。可愛いでしょー!」
「これがルシダール様のご子息なのですか?」
「そだよ! この銀色のとこなんてそのものじゃん! きれいでしょー?」
「確かに美しいですなぁ……大旦那様にもお披露目しましょう」
「いこいこ!」
廊下で見守っていた使用人達も全員リンカについて行ってしまった。リンカには人を統率する能力もあるな。
走り去るリンカを見送ったが、アリアンが難しい顔をしている。そういえば去り際にいっていたことに悩んでいるようだ。どうするか決めて、とリンカはいっていたな。
「アリアン、聞いてもいいか?」
「あーうん。あのな、俺とリンカが一つに戻れなかったのは、俺の中に卵っつー異物があったからなんだ。それを出しちゃったから、その気になれば俺とリンカはまたくっ付ける」
「成程」
それは私が持っている黒竜の力をアリアンに返すということ。私は元の力のないただの人間に戻るということ。
しかし、アリアンは自分に黒竜の力が戻ることを切に望んでいた。アリアンが望むのなら元に戻してやりたい。
「でもなぁ~こうやってルシに撫でてもらって可愛いっていってもらって……守って貰うの好きなんだよなぁ……俺、誰かに守って貰うの初めて。こんなにあったかいもんなんだなぁ~俺、このままがいいなぁって思っちゃってさ、変だろ? あんなに戻りたかったのに」
目を細めて嬉しそうに笑うアリアンは本当に可愛らしい。
「だから、しばらくこのままでいて欲しいんだ。いいかなぁ、ルシ」
「ああ、勿論だとも」
アリアンはこうやって暖かさを知って行くのだろう。そうしてこれが新しいアリアンの力になる……リンカのいうアリアンがもっと強くなるというのは、こういうことなのだ。
私の愛はお前の中に積み重なり、糧となる。こんなに嬉しいことはない。
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