その壊れた恋愛小説の裏で竜は推し活に巻き込まれ愛を乞う

鏑木 うりこ

文字の大きさ
上 下
57 / 83

57 本能には逆らい難い

しおりを挟む
「なあ俺、重くない?」
「まったく」
「そうなんだ!」

 それぞれの竜が守護する大陸は海で隔離されている。人間が舟で渡るには程近い黒の大陸と青の大陸でも二週間以上航海が必要だが、竜がその翼で飛んで行くのであればコップの湯が冷めるまでもかからないだろう。
 
 最初に出会い、黒の神殿から我が家へ帰る時とほぼ逆の形になりながら私達は家路についた。

「でも、ほんとにルシが迎えにきてくれるなんて思わなくてびっくりした」
「私も驚いているよ」

 今はアリアンを横抱きに、背中から翼だけを出して飛行している。その方が良い、と中にいるリンカが提案してきたからだ。完全な竜体になれば飛行速度は上がるが、とても目立つし力も使うのだろう。リンカに負担がかかるのかもしれない、そう思ったが、薄いリンカの思考が押し黙って横を向いたので何か別の思惑があったのかもしれない。

「卵の奴がさぁ、ルシはぜってーこない! とかいうから、ぜってー来るっていっちまったんだ。俺、嘘つきになんなくて済んだぁ」
「卵の奴とは……腹の?」
「うん! もうクソ生意気なこと考えてんぞ。きっとリンカが俺の知らねーとこで色々話聞かせんだと思う。自分は弱いから青竜に殺されてもしょうがないとかよ! 卵の癖に生意気だよな」

 わはははと笑うアリアン。しかしさっきも見る限りではアリアンの腹は外から見ても膨れているようにも見えず、以前と変わらない。本当に卵を抱えているかどうかさえ判別できないというのに、卵にはもう意思があるのか、そちらの方に驚いた。

「……卵とは今も話せるのか?」
「いや、寝てるみてぇ。疲れたんだろうし安心したんじゃねえ?」
「そうか」

 なんでもなさげにアリアンは話すが、このアリアンの中に別の命が宿っていて、それがもう意思を持って会話までできるのかと思うと不思議でならない。

「誰に似たんだ? ちょっと賢そうだったからルシかもしんねーな」
「そうか……賢いのか」
「うん、そんな感じがするー」

 しかもその子の片方の親は私か。普段があまりにいつも通りなので、子を成したという実感が殆どなかった。

「それは頼もしいな」
「そうだな!」

 相変わらずいつもと変わらずに笑うアリアンは自分が偉業を成している自覚はないのだろうし、それで良いのだろう。

「アリアンは可愛いな」
「うひゃあっ!? お、おう……」

 変わったのは私だろう。アリアンに抱いていた劣等感や理不尽さなどがすべて消え、酷い執着と愛情が残った。

「……リンカは心には触れぬと約束したものな……なるほど、これが竜の執着か」
「ん? ん?」

 自分のものだと定めたものは絶対に他人に譲らず、囲い込む。もし、奪われたのなら他の大陸を沈めても奪い返す……リンカに諭されなければ私は青竜を細切れにしていただろう。そして守護竜を失った青の大陸は沈んだ……数え切れぬ命と共に。

「ルシ様は人の心があるんだから、やっちゃ駄目っ! アリアンは絶対大丈夫だから、こらえて!」
「しかしこの湧き上がる怒りを抑えるのは難しい……!」
「リンカはそこまでコントロールできないよー!」

 そんなことを言い合いながらここまで飛んできたのだ。真っ先にアリアンをリンカが頭の上まで運んできたのは私が耐えられるギリギリだったかというのもある。

「ルシ?」
「いや、大丈夫だ。ともかく戻って来て良かった」
「へへ……うん!」

 竜の力を受け入れる直前まで、アリアンをこんなに可愛いとは思っていなかった。どちらかというと手のかかる厄介な奴だと思っていたはずなのに……種の本能というものは恐ろしい。しかもそれを不快とは思わないことが最も信じがたいことだ。

 国の改革にすべてを費やしてきたような人生だったのに、国とアリアンを天秤にかける時がきたなら、アリアンを選択してしまいそうなほどなのだ。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

処理中です...