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57 本能には逆らい難い
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「なあ俺、重くない?」
「まったく」
「そうなんだ!」
それぞれの竜が守護する大陸は海で隔離されている。人間が舟で渡るには程近い黒の大陸と青の大陸でも二週間以上航海が必要だが、竜がその翼で飛んで行くのであればコップの湯が冷めるまでもかからないだろう。
最初に出会い、黒の神殿から我が家へ帰る時とほぼ逆の形になりながら私達は家路についた。
「でも、ほんとにルシが迎えにきてくれるなんて思わなくてびっくりした」
「私も驚いているよ」
今はアリアンを横抱きに、背中から翼だけを出して飛行している。その方が良い、と中にいるリンカが提案してきたからだ。完全な竜体になれば飛行速度は上がるが、とても目立つし力も使うのだろう。リンカに負担がかかるのかもしれない、そう思ったが、薄いリンカの思考が押し黙って横を向いたので何か別の思惑があったのかもしれない。
「卵の奴がさぁ、ルシはぜってーこない! とかいうから、ぜってー来るっていっちまったんだ。俺、嘘つきになんなくて済んだぁ」
「卵の奴とは……腹の?」
「うん! もうクソ生意気なこと考えてんぞ。きっとリンカが俺の知らねーとこで色々話聞かせんだと思う。自分は弱いから青竜に殺されてもしょうがないとかよ! 卵の癖に生意気だよな」
わはははと笑うアリアン。しかしさっきも見る限りではアリアンの腹は外から見ても膨れているようにも見えず、以前と変わらない。本当に卵を抱えているかどうかさえ判別できないというのに、卵にはもう意思があるのか、そちらの方に驚いた。
「……卵とは今も話せるのか?」
「いや、寝てるみてぇ。疲れたんだろうし安心したんじゃねえ?」
「そうか」
なんでもなさげにアリアンは話すが、このアリアンの中に別の命が宿っていて、それがもう意思を持って会話までできるのかと思うと不思議でならない。
「誰に似たんだ? ちょっと賢そうだったからルシかもしんねーな」
「そうか……賢いのか」
「うん、そんな感じがするー」
しかもその子の片方の親は私か。普段があまりにいつも通りなので、子を成したという実感が殆どなかった。
「それは頼もしいな」
「そうだな!」
相変わらずいつもと変わらずに笑うアリアンは自分が偉業を成している自覚はないのだろうし、それで良いのだろう。
「アリアンは可愛いな」
「うひゃあっ!? お、おう……」
変わったのは私だろう。アリアンに抱いていた劣等感や理不尽さなどがすべて消え、酷い執着と愛情が残った。
「……リンカは心には触れぬと約束したものな……なるほど、これが竜の執着か」
「ん? ん?」
自分のものだと定めたものは絶対に他人に譲らず、囲い込む。もし、奪われたのなら他の大陸を沈めても奪い返す……リンカに諭されなければ私は青竜を細切れにしていただろう。そして守護竜を失った青の大陸は沈んだ……数え切れぬ命と共に。
「ルシ様は人の心があるんだから、やっちゃ駄目っ! アリアンは絶対大丈夫だから、こらえて!」
「しかしこの湧き上がる怒りを抑えるのは難しい……!」
「リンカはそこまでコントロールできないよー!」
そんなことを言い合いながらここまで飛んできたのだ。真っ先にアリアンをリンカが頭の上まで運んできたのは私が耐えられるギリギリだったかというのもある。
「ルシ?」
「いや、大丈夫だ。ともかく戻って来て良かった」
「へへ……うん!」
竜の力を受け入れる直前まで、アリアンをこんなに可愛いとは思っていなかった。どちらかというと手のかかる厄介な奴だと思っていたはずなのに……種の本能というものは恐ろしい。しかもそれを不快とは思わないことが最も信じがたいことだ。
国の改革にすべてを費やしてきたような人生だったのに、国とアリアンを天秤にかける時がきたなら、アリアンを選択してしまいそうなほどなのだ。
「まったく」
「そうなんだ!」
それぞれの竜が守護する大陸は海で隔離されている。人間が舟で渡るには程近い黒の大陸と青の大陸でも二週間以上航海が必要だが、竜がその翼で飛んで行くのであればコップの湯が冷めるまでもかからないだろう。
最初に出会い、黒の神殿から我が家へ帰る時とほぼ逆の形になりながら私達は家路についた。
「でも、ほんとにルシが迎えにきてくれるなんて思わなくてびっくりした」
「私も驚いているよ」
今はアリアンを横抱きに、背中から翼だけを出して飛行している。その方が良い、と中にいるリンカが提案してきたからだ。完全な竜体になれば飛行速度は上がるが、とても目立つし力も使うのだろう。リンカに負担がかかるのかもしれない、そう思ったが、薄いリンカの思考が押し黙って横を向いたので何か別の思惑があったのかもしれない。
「卵の奴がさぁ、ルシはぜってーこない! とかいうから、ぜってー来るっていっちまったんだ。俺、嘘つきになんなくて済んだぁ」
「卵の奴とは……腹の?」
「うん! もうクソ生意気なこと考えてんぞ。きっとリンカが俺の知らねーとこで色々話聞かせんだと思う。自分は弱いから青竜に殺されてもしょうがないとかよ! 卵の癖に生意気だよな」
わはははと笑うアリアン。しかしさっきも見る限りではアリアンの腹は外から見ても膨れているようにも見えず、以前と変わらない。本当に卵を抱えているかどうかさえ判別できないというのに、卵にはもう意思があるのか、そちらの方に驚いた。
「……卵とは今も話せるのか?」
「いや、寝てるみてぇ。疲れたんだろうし安心したんじゃねえ?」
「そうか」
なんでもなさげにアリアンは話すが、このアリアンの中に別の命が宿っていて、それがもう意思を持って会話までできるのかと思うと不思議でならない。
「誰に似たんだ? ちょっと賢そうだったからルシかもしんねーな」
「そうか……賢いのか」
「うん、そんな感じがするー」
しかもその子の片方の親は私か。普段があまりにいつも通りなので、子を成したという実感が殆どなかった。
「それは頼もしいな」
「そうだな!」
相変わらずいつもと変わらずに笑うアリアンは自分が偉業を成している自覚はないのだろうし、それで良いのだろう。
「アリアンは可愛いな」
「うひゃあっ!? お、おう……」
変わったのは私だろう。アリアンに抱いていた劣等感や理不尽さなどがすべて消え、酷い執着と愛情が残った。
「……リンカは心には触れぬと約束したものな……なるほど、これが竜の執着か」
「ん? ん?」
自分のものだと定めたものは絶対に他人に譲らず、囲い込む。もし、奪われたのなら他の大陸を沈めても奪い返す……リンカに諭されなければ私は青竜を細切れにしていただろう。そして守護竜を失った青の大陸は沈んだ……数え切れぬ命と共に。
「ルシ様は人の心があるんだから、やっちゃ駄目っ! アリアンは絶対大丈夫だから、こらえて!」
「しかしこの湧き上がる怒りを抑えるのは難しい……!」
「リンカはそこまでコントロールできないよー!」
そんなことを言い合いながらここまで飛んできたのだ。真っ先にアリアンをリンカが頭の上まで運んできたのは私が耐えられるギリギリだったかというのもある。
「ルシ?」
「いや、大丈夫だ。ともかく戻って来て良かった」
「へへ……うん!」
竜の力を受け入れる直前まで、アリアンをこんなに可愛いとは思っていなかった。どちらかというと手のかかる厄介な奴だと思っていたはずなのに……種の本能というものは恐ろしい。しかもそれを不快とは思わないことが最も信じがたいことだ。
国の改革にすべてを費やしてきたような人生だったのに、国とアリアンを天秤にかける時がきたなら、アリアンを選択してしまいそうなほどなのだ。
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