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21 少しだけ上手なただの商人

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「あのボロ屋敷では暮らせませんでしょう。しかも貴族が大勢いる地域も暮らしにくいでしょうから、少し郊外に小さいながらも家も手配します。さあ、どうします?今ある借金の支払いと幾ばくかの生活資金もお渡ししますよ?」

「うう……分かった」

「良いお取引が出来て嬉しいです!」

 たらふく朝食を食べさせた後、ドノバンは手配した馬車に三人を乗せ、ボロボロのザザーラン屋敷へと戻ってきた。そして傾いた扉から中へ入り、執務室へ向かう。

「では、承認を」

「借金の件頼むぞ!」

「そりゃあ、私は商人ですからね。信用第一ですよ!」

 タティオは渋々と書類にサインを入れる。

「ふふ、これで私がタティオ・ザザーラン殿の養子であり、家督を相続する者。間違いありませんね」

「……ああ、今日からドノバン・ザザーラン、君がこのザザーラン家の当主だ」

 素晴らしい!ドノバンは出来上がった書類をしみじみと眺め

「こんなに簡単に行くとはね」

「何か?」

「いえ、なんでも。では新しい屋敷にお連れしましょう。君、頼むよ」

「分かりました、ドノバンさん」

 いつの間にか来ていた若い商人風の男が後ろで頭を下げる。

「では皆さん、馬車へどうぞ。お送りしますよ」

「私はこの書類を然るべき場所へ提出してきますので、また後程」

 トレントとタティオ、リルファは普通の馬車に乗り換え、出発した。

「さぁてと、お嬢の所に行くか。しっかし爵位なんてほんとこんな簡単にもらっちゃっていいのかねえ?借金もどうするとかなぁんにも決めてねえのに。お嬢が賢すぎるのかあいつらが馬鹿なのか分からんなぁ」

 ドノバンはボリボリと頭を掻きながら馬車に乗り

「ラグージ邸へ向かってくれ」

 そう言うのだった。


「ご苦労様です。

「しかし、ほんとこれでいいのか?お嬢。呆気なさ過ぎて俺、報酬貰っていいか分からんよ」

 ドノバン……いや、アンゼリカはこの男の事をイサイアと呼んだ。

「ええ、あの人達は契約のなんたるかも知らないので、こうすることは分かっていました。いつも適当な口約束をしてきて、私に丸投げをするんですもの。後始末が大変でしたが、こういう時には便利でしたね」

 アンゼリカの目の前にはドノバンをザザーラン家の当主とする旨が書かれた書類とドノバンがザザーラン家当主を他の人に渡す旨が書かれた書類が並んでいる。後者の書類は譲渡相手が無記名であり、誰にでも渡せる恐ろしい状態であった。

「じゃ、当面の資金貰ってくぜ、お嬢。2年くらいはこの国に近寄らない予定だから」

「分かったわ、もう馬鹿な事しちゃ駄目よ?イサイア」

 イサイアはにやりと笑って

「お嬢に助けられた命だからな、無駄なくしっかり使うぜ。まだ恩も返したりねえしなぁ」

「あら、良いのに」

「いい女はぁ、男からのプレゼントは笑顔で貰うもんだぜ!」

 片手をひらりと振り、イサイアは足早にアンゼリカのいるラグージ邸を後にする。自分のような怪しい人間と繋がりがあると誰にもバレるわけにはいかないとイサイア自身がそう判断しているのだ。

「アンゼリカ、あの男は?」

 用もないはずなのに来ていたセルドアがアンゼリカに問いかけた。どう見ても平民で、しかも真っ当でない雰囲気をまとった男がアンゼリカの知り合いという事が気に入らないらしい。

「彼はイサイア。本名かどうか知らないけれど、詐欺師でね。捕まって処分される所を助けたのよ」

「ア、アンゼリカ!?そんな危険な男と会っちゃ駄目だろう!?」

「大丈夫よ、詐欺からはもう足を洗ってるんですもの。イサイアは商売の才能があるのよ……今はただの口が上手くて度胸があって、ちょっと真実を隠すのが上手な商人よ。でもコレの為に今回は汚い役を買って出てくれたの」

 アンゼリカの前にある2枚の書類にセルドアも目を丸くする。

「もうか!?仕事が早すぎるだろう?お前が婚約破棄されてから3日も経ってないぞ!?」

「手をこまねていいても1ゴールドの価値もないわよ、セルドア」

 しかしあまりの早さにセルドア舌を巻くが、3日しか経っていないのに爵位すら手放したザザーラン家の無能さに笑いがこみ上げる。

「……そこが良いんだけどな」

「何か言ったかしら?セルドア」

「な、なんでもねーよ!」

 少し訝しんで首を傾げるアンゼリカを見る。今度こそは失敗しないぞ、と。

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