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1 笑顔の箱に詰まる大福

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 私は仕事から帰って来た。名前は朝比奈誠子、しがない会社勤めだ。住んでいる所はセキュリティに首を傾げたいアパートの2階。流石に一階は無理だったから2階。

「あ、アメゾン来てたんだ」

 玄関前に荷物が置いてある。何だっけ?疲れ目用のアイマスクだったかな?あの笑顔の箱を持ち上げて、ドアの鍵を開ける。
 中は誰もいない、そりゃそうだの一人暮らし。誰かいたらそれは泥棒さんとこんにちわだよ、やだよそんなの。
 後ろ手に鍵をかけ、チェーンも忘れない。物騒になってるんだ、自衛しなくちゃね。

 箱を部屋まで持っていき、ことりと床に置いた。うがい手洗いを済ませ、コンビニ弁当。飽きたけど、一人分のご飯を作るとか正気の沙汰とは思えない。
 何が悲しくて食うより廃棄する方が多いものを手間をかけて作らにゃいかんのだ。

 どかり、と小さなテーブルに座り込み、テレビをつける。やっとこの部屋に人の声がし始める。寂しさが少しだけなりを潜めた。

「すまんが、そのサラダのきゅうりをくれないだろうか?」

 テーブルの上には買ってきた弁当とサラダともふっとした白い大福的存在が乗っていた。

「おう、あの兄ちゃん買ってない大福まで入れたな?」

 レジの横に置いてあった大福。あれを入れたに違いない。大福の分の代金は払っていない、さてどうしようか?

「いや、私は大福ではない。それでそのきゅうりは貰えぬだろうか?」

「大福のくせにきゅうりが欲しいのか?餡子ときゅうりのコラボは絶対悲劇しか産まんからやめようぜ」

 一理ある、大福は頷いた。

「だが、腹が減っているのだ。やはりきゅうりをくれないか?」

 こんなに丸くて中にはあんこがたっぷり詰まっているだろうに腹が減っているのか。じゃあその丸いのはなんなんだ?もちか?まあ良い。腹が減るのは切ないことだ。

 私は割り箸できゅうりを一つつまみ、大福に手渡した。

「あんことは別の場所に格納して、混ざらないようにな」

「心得た」

 大福は両手できゅうりを掴むとしょりしょりと良い音を立てて食べ始めた。
 良し、私も弁当を食べよう。

 テレビで流れるお笑い芸人の声。

 大福のきゅうりをかじる音。

 テレビの音、

 きゅうりの音。

 テレビの音、無音。テレビの音、無音。

「おい、大福。もう一つ食べるか?」

「お前良い奴だな」

 私と大福は一緒に食べ終わった。

「なあ、大福よ。私は疲れてる自覚はある。そして大福よ、お前が俗に言うハムスターに見えてしかも喋っているように感じるんだ」

「うむ、その認識で概ね間違いはない。因みに家の中にはその箱をかじった穴をあけ、少しの間隠れさせて貰っていたら、そのままな」

 アメゾンの箱を小さな手で指さした。ふむ、なるほど。私からは見えなかった位置に齧歯類に齧られたと思われる穴がぽこりと空いていた。
 なるほど、なるほど。大福一個分の大きさだ。

「更に聞くが良いか?大福よ」

「良いぞ、答えられる事は答えよう」

「お前は喋るハムスターで、突然でかくなったり、突然化け物になって、私に襲いかかる事などあるだろうか?」

「その予定はないな。美味いきゅうりをくれた相手に恩を仇で返すような真似はしたくない」

 大福は小さな体に似合わずとても落ち着いた男性のような声で喋る。私は少し考える。

「大福よ、私は動物などは飼った事がないので、あれは無い、砂的なものだ。その場合、使い古したタオルや不要な紙を用意すれば良いだろうか?」

「ふむ、そこまで気にかけて貰えて感謝してする。後はトイレットペーパーなどを置いておいて貰えると手間をかけさせずに済むと思う」

 なるほど、そうかそうか。私はヨイショと立ち上がり、全てのものを用意し、部屋の隅に置いた。

「これでどうだろうか?」

「素晴らしい、完璧だ」

 大福は私の膝をクッションがわりに飛び落ち、用意したおトイレを確かめている。

「大福よ、私の名前は朝比奈誠子と言う、お前はなんと呼べば良い?」

 大福は後ろ足で立ち上がり

「故あって、名前は言えん。お前……誠子が名付けた大福を使っても良いだろうか?」

 そんな事を言った。そうか、そうか。

「では大福だ。大福、可愛いな」

 その日はとりあえず寝た。
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