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番外編

そこにあった分岐点

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 この話の時系列は宰相の娘にディエスが刺された所です。

ラム視点から始まります。



ーーーーーーー 


 赤、赤は嫌いだ。遠ざけても遠ざけても赤は私の後ろに忍び寄り、その手を伸ばし突然目の前を真っ赤に染める。だから赤は嫌いだ。

 笑ったのだ、私より鈍いくせにこういう時だけ体が動く意味が分からない。そして

「なんでこんなの塗るんだよ~気持ち悪いだろー」

 と言いながらもほんの薄くだけ紅を刷いた唇が笑みの形を作ったのだ。馬鹿な何故笑う、腹に深々と短剣を突き立てられながら何故笑う。満足そうな顔で笑うな、母上と同じように私を守って満足そうに笑うなんて、私は許可した覚えがないぞ、ディエス。

「お、お前が……お前が悪いのよッ……お前が祖国を助けなかったから、これは……罰なのよおおおおっ!」

 ディエスを挟んで醜悪なモノが叫んだ。早くそれを始末しろ。私のディエスから離れろ、痴れ者が。
 ぎゃあぎゃあと汚い声で喚くそれが素早く床に引き倒され、騎士団に拘束されるとディエスの体はこちらに倒れてくる。
 背は高い癖に痩せているから軽い体は受け止めるのに何の苦もない。力の抜けたディエスをしっかりと抱きかかえた。

もう大丈夫だ。早く目を開けろディエス。何故、お前は目を開けない?何故、体が冷えて行く?何故だ、答えろディエス。

「陛下!手を、手を離してください!ディエス様を医師に見せねばなりまけん、陛下っ!」

 私の腕から誰かがディエスを奪って行く。許さん、殺してやる!この声はセイリオスか?あれほどディエスが懇意にしてやったのに掌を返すとは。

「陛下をお止めしろっディエス様を失う訳には行かないっ」

「陛下を傷つけても構わん!騎士団、力づくで抑え込め!急げっ側妃様に何かあれば大戦争が勃発するっ!」

 折角重用してやったのに裏切る?誰か其奴の首を刎ねよ!

「貴様、私に逆らうか」

 セイリオスの声がした方向に呪詛の言葉を投げ付けるが、そこにセイリオスがいるかどうか分からない。なんだ?目に映る全てが歪んで、そして灰色に見える。ただ一点、運ばれて行くディエスの紫の髪だけがはっきりと見えているだけだ。

「今、陛下に逆らう事が必要であります故に!」

「ディエスをどこへ連れて行く」

「医師の元へ!傷を清め、血を止め縫合致します!神官を呼び、治癒を施さねば死んでしまいます!!」

 ……馬鹿な。ディエスが死ぬ訳などない。そんなはずはない。

「早く我が元へ戻せ」

「御意!」

 そうしてやっと私は気がついたのだ。私の全身が私以外の血で真っ赤に彩られている事に。ああ、何故私はこんな嫌な色を纏っているのだ。だからこの世界は嫌いなんだ。



「目をお覚ましにならぬのです。幸運にも刃は内臓を傷つけておりませんでした。しかし、眠ったままなのです」

「何故か?!」

「分かりません!まるで魂が抜けて何処かへ行ってしまったように、ピクリとも動かれないのです!」

 治療に携わったすべての人間が青い顔で首を傾げる。絶対にそんな筈は無いのだと。しかし、ディエスが目を覚まさない現実からセイリオスは目を背ける訳には行かない。

「ディエス様は何処に?」

「陛下の寝室です。ベッドに寝かせております」

「医療関係者は……部屋の外で待機させられているんだな?」

「はい」

 経過報告を侍従から聞きながら、二人がいるであろう部屋へ足早に向かう。

「何日目だ?」

「5日目です」

「陛下は?」

「一睡もしておられませんのに、非常にお元気です」



「はい」

 捕まえたソルリアの人間達を取りあえず牢にぶち込んである。そして確実に起こる戦いに備えつつ、情報収集をする。
 セイリオスも3日は寝ていないがそれでも合間合間に休憩を挟む。セイリオスだけでも壊れる訳には行かないのだから。

「早く……早く戻ってくれ!クロード!」

 弱音は一つだけ。扉の前で全て切り替え、侍従に開けさせる。

「陛下、側妃様のご様子は如何ですか?」

 恐怖、不安、苛立ち。全てを飲み込んでセイリオスは凛と咲く百合のように笑う。同じ花と喩えられてもディエスとは違う冷たさを持つ笑みに、皇帝はいつもより上機嫌に言葉を返した。

「まだ寝ておる。全く寝汚い奴だ」

 声は張りがあるが感情が全て抜け落ちて乾いていた。これは不味い。取り繕った美しい百合の仮面にすぐさまヒビが入るのをセイリオスは隠しきれなかった。

「アレの母親はなんとゴイネシュ国の貴族だそうだ。そしてその母はその隣のキエンの王族の末姫。更にその母は一つ飛んだカイルーン国の貴族なんだそうだぞ、セイリオス」

 仮面の日々に冷たい汗が伝って流れる。全て近隣諸国の国名だ。そのくらいはセイリオスもすぐに調べさせた。当然アレとはディエスを刺した宰相の娘の事だろう。そして不味い事に国際結婚を繰り返す家系らしく、血筋は沢山の国に及んでいるのだ。

「そ、そうなんですか。それはまた古い血脈でございますね」

「ああ。良くない血筋は消さねばならんからな。書類を作るだけでもまだ終わらぬよ。早くディエスに手伝わせねばならんのにまだ寝ておる」

 トントンとディエスが提唱した大きさの揃った書類を整えながら、定まらぬ昏く光を失ったラムシェーブルの瞳が笑みの形にひしゃげる。

「カイルーンは更にテンテ国と婚姻を結び、テンテはギルマド国と交流が深い。全く嫌になるよ」

 そこまで行くともはや何と関係もなく、言いがかりに過ぎないだろう。しかしラムシェーブルにそんな事は関係ない。彼がやると言ったらやるのだ。
 見てみろ、と差し出された書類を見てセイリオスは血が失せ目の前が暗くなる。倒れる寸前の体を何とか垂直に保つだけで精一杯だ。

 地図に書かれた他国全てを侵略し、殲滅する旨の命令書が完成していたのだ。

お願いです、目を覚まして下さい。貴方しかもう止める事が出来ないのです。

 セイリオスは静かに眠るディエスに祈るしか出来なかった。



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