【本編完結】作られた悪役令息は断罪後の溺愛に微睡む。

鏑木 うりこ

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24 前を向け、私。

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「アクア」

「はい」

 旦那様の差し出してくれた手を取り、馬車を降りた。被っていなさいとかけてくれた薄手の黒いヴェールのせいで周りの視界がそこそこ遮られるも、旦那様がいてくれるから大丈夫だ。少し裾が広がったロングスカートのように見えるズボンの裾を踏むこともなかった。

「行くよ」

「はい」

 大丈夫、私は旦那様がいてくだされば、どんなことにも耐えられる。もうクレスト家もアメシスも怖くない。旦那様の温もりが私に大きな大きな勇気を下さるんだから!
 震え始める足を叱咤して、アクアは踏み出す。



「タングストン公爵、並びに公爵夫人おつきでございます」

 陛下の謁見の間に続く扉の前で一呼吸おく。見上げれば旦那様がこちらを見て笑っている。大丈夫だと、頷き、前を向いた。話では中にはもうクレスト公爵とアメシスがいて、陛下と先に面会をしているという。

「我が家の息子が攫われてこちらの国にいるという情報を得たのに、タングストン家で監禁され、不自由な暮らしを送っている。救出にご協力ください!」

 そう言っているらしい。陛下としてもタングストン家を庇うとなると中々面倒な事になりかねないのでと当主である旦那様と「アクア・クレスト」を呼び出し、白日の下に真実を晒そうとなったのだそうだ。私にとっては迷惑極まりない話だが、ここできっぱり決着をつけたい。もうアメシスに怯えて暮らすのはまっぴらだ。私は心を決めた。

 まっすぐに顔を上げると重厚な扉が開いた。謁見の間は以前一度来ているので礼儀作法も含め問題はない。旦那様の歩みに合わせて、ゆっくり静かに前へ進んだ。

「お召しによりノエレージュ・タングストン、参上仕りました」

「うむ、ご苦労。顔を上げよ、夫人もな」

 旦那様の半歩後ろで姿勢を正す。何も恐れる事などない……!

「っ……アクアぁ……!心配したんだよ!もう大丈夫、一緒に家に帰ろう!ね?」

 陛下の前なのに、感極まったと言った感じでこちらへ少し踏み出すアメシス。美貌の天使が今にも泣きだしそうな顔をゆがめると、誰もがそれに魅入られるものだ。実際にこの謁見の間に詰めている護衛の近衛兵もそんなアメシスに見とれている者がたくさんいる。
 流石だよ、アメシス。自分の美しい容姿を理解して、どういう風に振る舞えば一番可憐で一番哀れで……自分の支持者をたくさん増やす事が出来るか熟知しているんだもの。この辺の嗅覚は私には真似できないし、真似したいとも思わない。以前の私はこれが全くできないから孤立したし、今の私は大勢に愛される必要なんてこれっぽっちもない。
 アメシスと私の間に黒い壁の様に立ちはだかる方。アメシスを汚い物を見るように蔑んだ視線で冷たく見下ろす方。ノエレージュ・タングストン様さえいてくれたらそれで良いのだから。

「それ以上、私の妻に近寄らないでもらえますかな?」

 最後に小さな声で「雑魚が」と氷より冷たい大きな棘を刺している。

「な……!」

 アメシスは言葉に詰まり、その場に固まる。多分、皆から愛されて育ったアメシスだから、これほどまでに痛烈な憎しみを向けられたことは初めてだろう。そして自分の可愛い仕草や笑顔に全く興味を示さず、嫌悪感を抱く人間にも初めて会ったんだろうな、とほんのちょっとだけ気の毒におもった。

「そっくりという話であったが、アクアの方が何百倍も可愛いし、可憐だし、綺麗だし。少しでもアクアに似ているかと思ったんだが全くの別人ではないか」

「そうですか?ふふ、嬉しいです旦那様」

 私達もかなりお行儀悪く陛下の前なのにこそこそと耳打ちで内緒話をしてしまった。内緒話のつもりなんだけれど、旦那様ったらわざと大きめの声で喋る物だから、辺りの近衛兵や陛下にも聞こえてしまっていて、苦笑されてしまう。

「成程、似ておらぬか?タングストン公よ」

「ええ、全く。アクア、ヴェールを上げてみせなさい」

「はい、旦那様」

 見せなさい、という割に、私のヴェールを持ち上げたのは旦那様だったのはちょっとおかしい話ですけれど。少し悪かった視界がクリアになる。

「ほう……以前より美しくなったかな?」

 この対決の場に向かうと知ったタングストン家の使用人達のおかげだ。

「奥様が、戦場へ出向かれる!我々はそれを最大限に支援し、最強戦力にして差し上げなければなりません!!」

「はいっ!!」

「何一つ遅れをとる事が無いよう徹底的に磨き上げます!」「しみ一つなく!」「圧倒的美で敵を貫くのです!」

 と、戦いってなんだっけ?とちょっと不思議に思ったけれど、寄ってたかってお風呂で揉まれ、髪の毛もツヤツヤのぴかぴかになり、マッサージもしてついでに美容体操というのも繰り返して……髪は短いはずなのにどうやってか知らないけど編み上げられ、旦那様が買ってくださった旦那様の目の色と同じ大きなルビーが飾られた髪飾りで品よくまとめられている。
 それに「お任せ」で化粧まで念入りなのに薄く施されて

「アクアの新たなる美しさの一面を見た……!」

 と、旦那様にOKを貰ってここにやってきたのだ。国を二つもまたいで、しかも高速馬車で急いでやってきたのに、何日も何日も追いかけされ続け、やっと陛下に泣きついて面会を取り付けた疲れた顔のアメシスと同じ顔になる訳がない。

「やはり美しいな、私の妻は」

「ありがとうございます、旦那様」

 そして大好きな人が傍にいてしかも守ってくれる安心感と幸せが溢れる私は以前の「アメシスとそっくりな双子の兄」ではないのだから。

「う、嘘……」

 嘘なんて何一つありません。私は堂々と胸を張れる。

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