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21 悪霊と悪魔がいるらしい
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その届いた手紙をみて執事のクロードは嫌悪感で寄せることが出来る限界まで眉毛を寄せ眉間に大量にシワを作った。だが、それは確実に主人に届けなければならない類のものであり
「失礼致します、旦那様」
「入れ」
ものすごく不機嫌でいつも通りの作業スピードのノエレージュに直接、しかもアクアが前公爵の畑に遊びに行っている今、渡さなければならない物だった。
「不快な手紙が届いております」
アクアが手元にいない事でノエレージュの機嫌は最低限だったが、その最低を突破してマイナスまで割り込んだ。
「……クレスト公爵家……」
不機嫌を隠さず前面に押し出して蜜ろうで封じられた手紙を開けた。さっと目を通して執事は部屋の温度がどんどん下がり、空気も黒く穢れて行くような気がしたが、気に留めなかった。なにせ執事も同じ気持ちだったからだ。二人で遠くに住んでいるであろう顔も知らぬクレスト公爵を呪い殺せるのではと思われるほどの空気を漂わせる。
「旦那様、どんな馬鹿な事が書かれておりましたのか、私めにもお教え願います」
何も言わずノエレージュは読め、と言わんばかりに執務机に手紙を乱暴に投げた。執事は拾って目を通し無言、無表情だった。
「アクア・クレストはクレスト公爵家の長男である。すぐさま返還するようですか?成程成程」
もしこの場に歴戦の勇者がいたならば強大な負の力を発する悪魔の如き存在に戦慄する所であっただろう。しかしここに勇者はおらずもっと強い黒い憤怒を噴き上げる悪魔しかいなかった。それくらい怒れる男が二人。
「ロバートよ、この家にアクア・クレストなどという名の貴族はいたかな?」
「おりませんなあ。我が家におられるアクア様はアクア・タングストン様。結婚前は平民でしたので姓はありません。しかもその後はアクア・レイリントンとして我がタングストン家が保有していた爵位の一つをお持たせいたしました」
二人はわざとらしい会話をわざとらしく繰り返す。こうして怒りを練り上げているのだ。
「全くその通りだ。ロバート、このクレスト公爵とやらにそのような人物は我が家にはいないと返事をしておけ。そして今後一切この家からの手紙は私の元に届けなくて良い」
「は。畏まりました」
ロバートは手紙を封筒に入れ直し、懐にしまった。燃やし捨ててしまいたいところだが、いつ何かに使えるとも限らない。保存しておいても良いだろうという判断だ。
「無害ならばそのまま放置で構わぬと思ったが、うるさく飛ぶのであれば根元から叩き潰しておかねばならないな」
「整えておきます」
昼間で明るいはずなのに、部屋の中は真っ暗に沈んでいるように感じる。中の男達の殺気がそうさせるのだが、小さく控え目にノックされる音で暗さは嘘のように霧散した。悪霊は退散し、悪魔は封印される。
「入っておいで、アクア」
「旦那様、良く私だとお判りですね?」
ふわりと花が綻ぶような笑顔でアクアが扉を開けて顔を出す。空気が更に清涼化して清々しい。
「アクアのノックの音ならどんなに離れていても聞こえるからね」
「旦那様、凄いんですね」
無邪気に手に大きな向日葵を持ったアクアは優雅な足取りでノエレージュの傍にやって来くると嬉しそうに大物の収穫物を見せる。
「お義父様がくださったんです。大きくて立派なので是非旦那様にお見せしたいなと……すみません、お邪魔でしたね」
「邪魔な事は一つもないよ。アクアがいないから仕事がはかどらなかっただけさ」
そう言われるとびっくりして、ふん!と小さく拳を握っている。
「そうなんですか?では私も旦那様のお仕事をお手伝いしなくては」
「ではその大きな向日葵は花瓶に活けて参ります。お預かりしても?」
アクアはロバートに向日葵を渡し、ロバートは受け取って退出する。ノエレージュの執務室には二人が残されたが、きっと楽し気な笑い声を響かせながらノエレージュはさらっと書類を終わらせてしまうだろう。何せアクアが側に居ればノエレージュの能力は4倍以上に跳ね上がる。良い所を見せたいのか、早く仕事は終わらせてイチャイチャしたいのか。
「お茶をお持ちするタイミングには気を配るように。それと湯は用意しておいた方が良いでしょう」
「心得てございます」
あんな不快な手紙を見た後だ、旦那様はアクア様を甘やかして甘やかして仕方がないはずだ、と執事は控えめに笑ってから目線を鋭くする。
「敵は徹底的に調べておきませんとな。これ以上我が家の平和を乱すことはこの私が許しません」
「失礼致します、旦那様」
「入れ」
ものすごく不機嫌でいつも通りの作業スピードのノエレージュに直接、しかもアクアが前公爵の畑に遊びに行っている今、渡さなければならない物だった。
「不快な手紙が届いております」
アクアが手元にいない事でノエレージュの機嫌は最低限だったが、その最低を突破してマイナスまで割り込んだ。
「……クレスト公爵家……」
不機嫌を隠さず前面に押し出して蜜ろうで封じられた手紙を開けた。さっと目を通して執事は部屋の温度がどんどん下がり、空気も黒く穢れて行くような気がしたが、気に留めなかった。なにせ執事も同じ気持ちだったからだ。二人で遠くに住んでいるであろう顔も知らぬクレスト公爵を呪い殺せるのではと思われるほどの空気を漂わせる。
「旦那様、どんな馬鹿な事が書かれておりましたのか、私めにもお教え願います」
何も言わずノエレージュは読め、と言わんばかりに執務机に手紙を乱暴に投げた。執事は拾って目を通し無言、無表情だった。
「アクア・クレストはクレスト公爵家の長男である。すぐさま返還するようですか?成程成程」
もしこの場に歴戦の勇者がいたならば強大な負の力を発する悪魔の如き存在に戦慄する所であっただろう。しかしここに勇者はおらずもっと強い黒い憤怒を噴き上げる悪魔しかいなかった。それくらい怒れる男が二人。
「ロバートよ、この家にアクア・クレストなどという名の貴族はいたかな?」
「おりませんなあ。我が家におられるアクア様はアクア・タングストン様。結婚前は平民でしたので姓はありません。しかもその後はアクア・レイリントンとして我がタングストン家が保有していた爵位の一つをお持たせいたしました」
二人はわざとらしい会話をわざとらしく繰り返す。こうして怒りを練り上げているのだ。
「全くその通りだ。ロバート、このクレスト公爵とやらにそのような人物は我が家にはいないと返事をしておけ。そして今後一切この家からの手紙は私の元に届けなくて良い」
「は。畏まりました」
ロバートは手紙を封筒に入れ直し、懐にしまった。燃やし捨ててしまいたいところだが、いつ何かに使えるとも限らない。保存しておいても良いだろうという判断だ。
「無害ならばそのまま放置で構わぬと思ったが、うるさく飛ぶのであれば根元から叩き潰しておかねばならないな」
「整えておきます」
昼間で明るいはずなのに、部屋の中は真っ暗に沈んでいるように感じる。中の男達の殺気がそうさせるのだが、小さく控え目にノックされる音で暗さは嘘のように霧散した。悪霊は退散し、悪魔は封印される。
「入っておいで、アクア」
「旦那様、良く私だとお判りですね?」
ふわりと花が綻ぶような笑顔でアクアが扉を開けて顔を出す。空気が更に清涼化して清々しい。
「アクアのノックの音ならどんなに離れていても聞こえるからね」
「旦那様、凄いんですね」
無邪気に手に大きな向日葵を持ったアクアは優雅な足取りでノエレージュの傍にやって来くると嬉しそうに大物の収穫物を見せる。
「お義父様がくださったんです。大きくて立派なので是非旦那様にお見せしたいなと……すみません、お邪魔でしたね」
「邪魔な事は一つもないよ。アクアがいないから仕事がはかどらなかっただけさ」
そう言われるとびっくりして、ふん!と小さく拳を握っている。
「そうなんですか?では私も旦那様のお仕事をお手伝いしなくては」
「ではその大きな向日葵は花瓶に活けて参ります。お預かりしても?」
アクアはロバートに向日葵を渡し、ロバートは受け取って退出する。ノエレージュの執務室には二人が残されたが、きっと楽し気な笑い声を響かせながらノエレージュはさらっと書類を終わらせてしまうだろう。何せアクアが側に居ればノエレージュの能力は4倍以上に跳ね上がる。良い所を見せたいのか、早く仕事は終わらせてイチャイチャしたいのか。
「お茶をお持ちするタイミングには気を配るように。それと湯は用意しておいた方が良いでしょう」
「心得てございます」
あんな不快な手紙を見た後だ、旦那様はアクア様を甘やかして甘やかして仕方がないはずだ、と執事は控えめに笑ってから目線を鋭くする。
「敵は徹底的に調べておきませんとな。これ以上我が家の平和を乱すことはこの私が許しません」
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