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9 ノエレージュ・タングストン公爵
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この家の主人の名前はノエレージュ・タングストンという。爵位は公爵という高い位を得ていて、王からの信頼も、血縁も厚い男である。数代前のダングストン公爵に王妹が嫁いでいているのだ。
「ノエル、いつになったら後添えを得るのだ?」
「……」
うるさい放って置けと秀麗な顔に書いてあるのに、彼に声をかけることが出来る高貴な人々はその文字を華麗に無視して言い続けた。それにとうとう屈したノエレージュ公爵は執事に命じて
「良い物を見繕っておけ」
と、伝え
「承知しました、旦那様」
というやり取りを経て、つい先日後妻を得た。顔も知らないが名前だけは結婚誓約書に記載されていたので知っている。
「……アクア……?姓がないな、何かつけておけ」
「かしこまりました」
公爵の後妻とはいえ伴侶が平民では恰好が付かないと、名前の後ろに持っている爵位から一つつけておく。顔は知らないが綺麗で読みやすい字であったことは覚えていた。
己がサインした書類が結婚誓約書であったことすらすぐに忘れ、忙しい仕事に戻った。その日、たまたま外を見たのは偶然だった。
「……」
手入れのされていない白銀の髪の若い男が庭を横切って走っている。この家の使用人であんなに汚い恰好を許しているだと?と眉を顰めたが、その男は物好きが作った畑にまっすぐ向かい、その畑の主と話を始めた。何をしゃべっているのか内容は分からないが、とても楽しそうにニコニコと笑う笑顔は好感が持てる。そしてふかした芋を大量に受け取ってその場でむしゃむしゃを食べ始めた。
「……何を」
あまりにも美味そうに、そして必死に食べる男。それを見守る畑の主。途中喉を詰まらせて、水を貰っては飲み、また食べる。それはどう見ても腹をすかせた貧民の食べ方と一緒で、芋を頬張っている男はきっと数日食事をとっていないのだと簡単に推測出来た。
「……」
見た事もない腹をすかせた若い男。さしもの公爵にもそれだけでは情報が足りない。男は芋や野菜を大量に受け取って戻るようだった。どこへ行くのかとみていると、母屋のベランダへたどり着きとても不格好に登って中に入って行った。
母屋に住んでいる人間は限られている。そしてあの場所はメイドや執事たちが住んでいる使用人棟ではない。白銀の髪の若い男。そして遠目ではあったが、確認はできた水色の綺麗な瞳
「水色……水……アクア……」
そこに思い至って、あの綺麗な字が浮かんでくる。公爵はチリンチリンと執事を呼ぶベルを鳴らした。
「お呼びですか、旦那様」
すぐに現れた執事に少し硬い声をかける。
「ロバート、私の「妻」は今どこで何をしているのだ?」
「は……」
主人の通常との声音の差異に、優秀な執事はすぐに緊急事態を察する。アレは要らない人間であったはず、いや、それを旦那様は私に命じたか?アレをどこかで見たのか?アレを最近見ていない……たくさんの情報が駆け巡るがそれを顔には出さず、執事はゆっくり礼をして
「部屋におこもりかと存じます。あまり出歩きたくない、顔も見たくないから近づかないでと言われておりますれば」
保身のための小さな嘘だったが、嘘をつく相手を間違えた。まだ素直に「放置していました」と言えばこうはならなかったと思っても後の祭りという話だ。
「案内しろ」
「は?」
「思えば顔も見ていない。会おう」
「は、はい……」
一縷の望みを持って主人を案内する。確認はしていないがメイドには世話をする様に言い付けてある。きちんと彼女らが世話をしていれば何も問題はない。
「っ!」
執事は観念するしかなかった。「公爵の妻」の部屋へ続く廊下は薄汚れ、埃が舞い何日も掃除がされていないのが一目瞭然だったからだ。
「ノエル、いつになったら後添えを得るのだ?」
「……」
うるさい放って置けと秀麗な顔に書いてあるのに、彼に声をかけることが出来る高貴な人々はその文字を華麗に無視して言い続けた。それにとうとう屈したノエレージュ公爵は執事に命じて
「良い物を見繕っておけ」
と、伝え
「承知しました、旦那様」
というやり取りを経て、つい先日後妻を得た。顔も知らないが名前だけは結婚誓約書に記載されていたので知っている。
「……アクア……?姓がないな、何かつけておけ」
「かしこまりました」
公爵の後妻とはいえ伴侶が平民では恰好が付かないと、名前の後ろに持っている爵位から一つつけておく。顔は知らないが綺麗で読みやすい字であったことは覚えていた。
己がサインした書類が結婚誓約書であったことすらすぐに忘れ、忙しい仕事に戻った。その日、たまたま外を見たのは偶然だった。
「……」
手入れのされていない白銀の髪の若い男が庭を横切って走っている。この家の使用人であんなに汚い恰好を許しているだと?と眉を顰めたが、その男は物好きが作った畑にまっすぐ向かい、その畑の主と話を始めた。何をしゃべっているのか内容は分からないが、とても楽しそうにニコニコと笑う笑顔は好感が持てる。そしてふかした芋を大量に受け取ってその場でむしゃむしゃを食べ始めた。
「……何を」
あまりにも美味そうに、そして必死に食べる男。それを見守る畑の主。途中喉を詰まらせて、水を貰っては飲み、また食べる。それはどう見ても腹をすかせた貧民の食べ方と一緒で、芋を頬張っている男はきっと数日食事をとっていないのだと簡単に推測出来た。
「……」
見た事もない腹をすかせた若い男。さしもの公爵にもそれだけでは情報が足りない。男は芋や野菜を大量に受け取って戻るようだった。どこへ行くのかとみていると、母屋のベランダへたどり着きとても不格好に登って中に入って行った。
母屋に住んでいる人間は限られている。そしてあの場所はメイドや執事たちが住んでいる使用人棟ではない。白銀の髪の若い男。そして遠目ではあったが、確認はできた水色の綺麗な瞳
「水色……水……アクア……」
そこに思い至って、あの綺麗な字が浮かんでくる。公爵はチリンチリンと執事を呼ぶベルを鳴らした。
「お呼びですか、旦那様」
すぐに現れた執事に少し硬い声をかける。
「ロバート、私の「妻」は今どこで何をしているのだ?」
「は……」
主人の通常との声音の差異に、優秀な執事はすぐに緊急事態を察する。アレは要らない人間であったはず、いや、それを旦那様は私に命じたか?アレをどこかで見たのか?アレを最近見ていない……たくさんの情報が駆け巡るがそれを顔には出さず、執事はゆっくり礼をして
「部屋におこもりかと存じます。あまり出歩きたくない、顔も見たくないから近づかないでと言われておりますれば」
保身のための小さな嘘だったが、嘘をつく相手を間違えた。まだ素直に「放置していました」と言えばこうはならなかったと思っても後の祭りという話だ。
「案内しろ」
「は?」
「思えば顔も見ていない。会おう」
「は、はい……」
一縷の望みを持って主人を案内する。確認はしていないがメイドには世話をする様に言い付けてある。きちんと彼女らが世話をしていれば何も問題はない。
「っ!」
執事は観念するしかなかった。「公爵の妻」の部屋へ続く廊下は薄汚れ、埃が舞い何日も掃除がされていないのが一目瞭然だったからだ。
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