52 / 64
52 お帰り下さい、ナザール王よ2
しおりを挟む
「まあそれは過ぎた事。しかしです、我が最愛の婚約者のアイリーン嬢をどこかへ連れて行くなどと不穏当な発言があったように見受けられましたが、ナザールではそのような冗談にもならぬ冗談が流行しておるのですかな?」
「え?冗談などではなく、本当に……」
「やっと教会の許可も下りて正式に私の婚約者となったアイリーン嬢を、どこかになどまさか正気ではありますまいな?」
「え……」
国王に格と言うものがあったのならば、どう考えてもシュマイゼルはエルファードの遥か上であろう。国力の差もあるが、王としての風格、度量、身長、全てにおいてシュマイゼルがエルファードに劣っている物はない。
「全く、権威の為だとかなんだとか……離婚してから三か月たたねば王の婚約者として認めないなどと……教会は面倒な事をするものだ、ねえ皆さん?」
「フン、申し訳ないですなあ。王の正妃ともなれば慎重を機しておかしい事もありますまい。まあアイリーン様に関しては全くその辺は問題ないと感じておりますがの!」
ツン、と壮年の男がそっぽをむく。服は白と金を基調とした僧の衣で、祝いの席で着るものだと分かる豪華なものである。
「はは、教皇殿申し訳ない。だが私の気持ちも少しは考慮して……」
「考慮したからこそ、結婚式は半年後としたではないか!通常なら婚約期間は2年を以て……」
「シュマイゼル殿?これ以上教皇猊下を虐めては藪蛇というものですぞ?」
「いや全くだ!蛇は突きたくないものですね」
和やかなやり取りはニールス国王とシュマイゼル王、そしてこの辺りほぼすべての人々に信じられている創造神教会の教皇によるものだ。強い疎外感を味わいながらもエルファードは口を開く。
「こ、婚約者……?アイリーンが?何故?そんな醜悪で、無能な女を何故……?」
「黙れ!!」
一番に叫んだのはレンブラントだった。
「母上は……お母様は素晴らしい人だ!」
エルファードが子供の戯言と怒鳴りつける前にシュマイゼル王が続ける。
「先ほどから息子に先を越されてしまうな。私より先見の明があるようだ。そしてナザール王よ、私もそれだけ言われて黙っているほど腰抜けではない。貴殿はは何を言っているのだ?先ほどから私の婚約者を手酷く詰っているが、何故そのような事をこの祝いの場でするのか。自分が何をしているのか少し考えてから発言するがよいだろう。
マルグ国に宣戦布告であれば、私は私と私の妻となる人の名誉を守る為に戦うが?」
「ひっ……せ、宣戦布告など……そんなことは……ただ、そのアイリーンは私の妃で……」
「それはもう3ヵ月……いや、更に半年以上前の事だろう?もう教会からも正式に二人は離婚したと正式に認められているのに何を言っているのだ?彼女はナザールの者でもエルファード殿、貴殿の物でもない!そうですよね?教皇」
強い口調でシュマイゼル王が教皇の方を向くと、重々しく頷いた。
「アイリーン殿がこちらの国へおいでになった時、既に離婚届は提出済みであり、更に異議申し立てを行うための猶予期間も過ぎておった。故にナザール国王エルファード殿とナザール貴族アイリーン・ハイランド伯爵令嬢の結婚は破棄されておる。これに相違ないとアイリーン殿本人からの承諾も得ておる」
「そ、それは……」
高位貴族の離婚届けには異議申し立てを行う事が出来る猶予期間が設けられている。彼らは彼らだけの意思で自由に結婚離婚をすることが出来ない。だからエルファードとネリーニはアイリーンを追い出すずっと前に離婚届を捏造し、教会に提出した。そして異議申し立てが出来る期間を過ぎてからアイリーンを追い出したのだ。
「のう、アイリーン殿。そなたは権威ある教会に虚偽の申し立てなどせぬ、書類の通り、そうであるな?」
「勿論でございます、教皇猊下」
レンブラントの手を握りながらアイリーンははっきり答えた。
「いや……あの届けは……アイリーンが書いたものではなく、ネリーニの侍女が偽って……」
「エルファード殿はまさか教会に虚偽の書類を提出したと仰るか?それが本当であれば、我らは厳しく追及せねばならんが!?」
「えっ……そ、それは、困るっ……!」
教皇の圧が籠った声にエルファードは気圧された。元々覇気のない男が、権威と覇気、更に威厳も兼ね備えた創造神教会のトップに立つ男に勝てるはずもないのだ。
「提出された書類の内容は正しい、そうであるな?アイリーン殿」
「はい、間違いございません」
教皇は知っている。あの書類はアイリーンが書いたものではなく偽造であると。だからこそ彼は「書類は書いたか」とは聞かなかった。ただ「書類の内容は正しいか」と尋ねたのだった。だから、アイリーンは「書類の内容は正しい」と肯定した。
彼らのやり取りの中には何の虚偽もない。
「故に間違いなくエルファード王とアイリーン殿は赤の他人である。それにエルファード王の妃はネリーニ・ダルク公爵令嬢であろう。その旨の書類も提出されておる」
「ネリーニとは離婚した!!」
「書類は出ておらぬ。神はお認めになっておらんぞ」
特に創造神教会の教皇はシュマイゼル王をひいきにしている訳ではないし、エルファード王を蔑んでいる訳ではない。ただ、毎月寄進をし、民をよく導き、孤児院なども見回り……めでたい婚約式だからと招待状を出して祝いの席に呼んでもてなしてくれるシュマイゼル王と、寄進も少なく、汚い偽造の手紙で王妃を捨て、結婚だ離婚だと自分勝手に振る舞うエルファード王ではどちらが信用に値するか。それを知っているだけなのである。
「え?冗談などではなく、本当に……」
「やっと教会の許可も下りて正式に私の婚約者となったアイリーン嬢を、どこかになどまさか正気ではありますまいな?」
「え……」
国王に格と言うものがあったのならば、どう考えてもシュマイゼルはエルファードの遥か上であろう。国力の差もあるが、王としての風格、度量、身長、全てにおいてシュマイゼルがエルファードに劣っている物はない。
「全く、権威の為だとかなんだとか……離婚してから三か月たたねば王の婚約者として認めないなどと……教会は面倒な事をするものだ、ねえ皆さん?」
「フン、申し訳ないですなあ。王の正妃ともなれば慎重を機しておかしい事もありますまい。まあアイリーン様に関しては全くその辺は問題ないと感じておりますがの!」
ツン、と壮年の男がそっぽをむく。服は白と金を基調とした僧の衣で、祝いの席で着るものだと分かる豪華なものである。
「はは、教皇殿申し訳ない。だが私の気持ちも少しは考慮して……」
「考慮したからこそ、結婚式は半年後としたではないか!通常なら婚約期間は2年を以て……」
「シュマイゼル殿?これ以上教皇猊下を虐めては藪蛇というものですぞ?」
「いや全くだ!蛇は突きたくないものですね」
和やかなやり取りはニールス国王とシュマイゼル王、そしてこの辺りほぼすべての人々に信じられている創造神教会の教皇によるものだ。強い疎外感を味わいながらもエルファードは口を開く。
「こ、婚約者……?アイリーンが?何故?そんな醜悪で、無能な女を何故……?」
「黙れ!!」
一番に叫んだのはレンブラントだった。
「母上は……お母様は素晴らしい人だ!」
エルファードが子供の戯言と怒鳴りつける前にシュマイゼル王が続ける。
「先ほどから息子に先を越されてしまうな。私より先見の明があるようだ。そしてナザール王よ、私もそれだけ言われて黙っているほど腰抜けではない。貴殿はは何を言っているのだ?先ほどから私の婚約者を手酷く詰っているが、何故そのような事をこの祝いの場でするのか。自分が何をしているのか少し考えてから発言するがよいだろう。
マルグ国に宣戦布告であれば、私は私と私の妻となる人の名誉を守る為に戦うが?」
「ひっ……せ、宣戦布告など……そんなことは……ただ、そのアイリーンは私の妃で……」
「それはもう3ヵ月……いや、更に半年以上前の事だろう?もう教会からも正式に二人は離婚したと正式に認められているのに何を言っているのだ?彼女はナザールの者でもエルファード殿、貴殿の物でもない!そうですよね?教皇」
強い口調でシュマイゼル王が教皇の方を向くと、重々しく頷いた。
「アイリーン殿がこちらの国へおいでになった時、既に離婚届は提出済みであり、更に異議申し立てを行うための猶予期間も過ぎておった。故にナザール国王エルファード殿とナザール貴族アイリーン・ハイランド伯爵令嬢の結婚は破棄されておる。これに相違ないとアイリーン殿本人からの承諾も得ておる」
「そ、それは……」
高位貴族の離婚届けには異議申し立てを行う事が出来る猶予期間が設けられている。彼らは彼らだけの意思で自由に結婚離婚をすることが出来ない。だからエルファードとネリーニはアイリーンを追い出すずっと前に離婚届を捏造し、教会に提出した。そして異議申し立てが出来る期間を過ぎてからアイリーンを追い出したのだ。
「のう、アイリーン殿。そなたは権威ある教会に虚偽の申し立てなどせぬ、書類の通り、そうであるな?」
「勿論でございます、教皇猊下」
レンブラントの手を握りながらアイリーンははっきり答えた。
「いや……あの届けは……アイリーンが書いたものではなく、ネリーニの侍女が偽って……」
「エルファード殿はまさか教会に虚偽の書類を提出したと仰るか?それが本当であれば、我らは厳しく追及せねばならんが!?」
「えっ……そ、それは、困るっ……!」
教皇の圧が籠った声にエルファードは気圧された。元々覇気のない男が、権威と覇気、更に威厳も兼ね備えた創造神教会のトップに立つ男に勝てるはずもないのだ。
「提出された書類の内容は正しい、そうであるな?アイリーン殿」
「はい、間違いございません」
教皇は知っている。あの書類はアイリーンが書いたものではなく偽造であると。だからこそ彼は「書類は書いたか」とは聞かなかった。ただ「書類の内容は正しいか」と尋ねたのだった。だから、アイリーンは「書類の内容は正しい」と肯定した。
彼らのやり取りの中には何の虚偽もない。
「故に間違いなくエルファード王とアイリーン殿は赤の他人である。それにエルファード王の妃はネリーニ・ダルク公爵令嬢であろう。その旨の書類も提出されておる」
「ネリーニとは離婚した!!」
「書類は出ておらぬ。神はお認めになっておらんぞ」
特に創造神教会の教皇はシュマイゼル王をひいきにしている訳ではないし、エルファード王を蔑んでいる訳ではない。ただ、毎月寄進をし、民をよく導き、孤児院なども見回り……めでたい婚約式だからと招待状を出して祝いの席に呼んでもてなしてくれるシュマイゼル王と、寄進も少なく、汚い偽造の手紙で王妃を捨て、結婚だ離婚だと自分勝手に振る舞うエルファード王ではどちらが信用に値するか。それを知っているだけなのである。
241
お気に入りに追加
7,186
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今世ではあなたと結婚なんてお断りです!
水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。
正確には、夫とその愛人である私の親友に。
夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。
もう二度とあんな目に遭いたくない。
今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。
あなたの人生なんて知ったことではないけれど、
破滅するまで見守ってさしあげますわ!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結保証】第二王子妃から退きますわ。せいぜい仲良くなさってくださいね
ネコ
恋愛
公爵家令嬢セシリアは、第二王子リオンに求婚され婚約まで済ませたが、なぜかいつも傍にいる女性従者が不気味だった。「これは王族の信頼の証」と言うリオンだが、実際はふたりが愛人関係なのでは? と噂が広まっている。ある宴でリオンは公衆の面前でセシリアを貶め、女性従者を擁護。もう我慢しません。王子妃なんてこちらから願い下げです。あとはご勝手に。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結保証】わたくしは結構ですから、どうぞお好きに地獄をご覧ください
ネコ
恋愛
第一王子アルトの婚約者ヴァネッサは、高貴でありながら誰よりも地味で献身的。だが、アルトは華やかで刺激的な令嬢コーネリアに夢中になり、ヴァネッサを蔑ろにして婚約破棄を宣言する。悲嘆に暮れながらも、ヴァネッサは逆に「これで肩の荷が降りました」と丁寧に礼を述べて去っていった。すると王宮はコーネリアが引き起こすトラブルの連続で混乱し、アルトは急速に追い込まれていく。すべてを捨てたヴァネッサは、その頃笑顔で新たな未来を歩んでいた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる