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52 お帰り下さい、ナザール王よ2
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「まあそれは過ぎた事。しかしです、我が最愛の婚約者のアイリーン嬢をどこかへ連れて行くなどと不穏当な発言があったように見受けられましたが、ナザールではそのような冗談にもならぬ冗談が流行しておるのですかな?」
「え?冗談などではなく、本当に……」
「やっと教会の許可も下りて正式に私の婚約者となったアイリーン嬢を、どこかになどまさか正気ではありますまいな?」
「え……」
国王に格と言うものがあったのならば、どう考えてもシュマイゼルはエルファードの遥か上であろう。国力の差もあるが、王としての風格、度量、身長、全てにおいてシュマイゼルがエルファードに劣っている物はない。
「全く、権威の為だとかなんだとか……離婚してから三か月たたねば王の婚約者として認めないなどと……教会は面倒な事をするものだ、ねえ皆さん?」
「フン、申し訳ないですなあ。王の正妃ともなれば慎重を機しておかしい事もありますまい。まあアイリーン様に関しては全くその辺は問題ないと感じておりますがの!」
ツン、と壮年の男がそっぽをむく。服は白と金を基調とした僧の衣で、祝いの席で着るものだと分かる豪華なものである。
「はは、教皇殿申し訳ない。だが私の気持ちも少しは考慮して……」
「考慮したからこそ、結婚式は半年後としたではないか!通常なら婚約期間は2年を以て……」
「シュマイゼル殿?これ以上教皇猊下を虐めては藪蛇というものですぞ?」
「いや全くだ!蛇は突きたくないものですね」
和やかなやり取りはニールス国王とシュマイゼル王、そしてこの辺りほぼすべての人々に信じられている創造神教会の教皇によるものだ。強い疎外感を味わいながらもエルファードは口を開く。
「こ、婚約者……?アイリーンが?何故?そんな醜悪で、無能な女を何故……?」
「黙れ!!」
一番に叫んだのはレンブラントだった。
「母上は……お母様は素晴らしい人だ!」
エルファードが子供の戯言と怒鳴りつける前にシュマイゼル王が続ける。
「先ほどから息子に先を越されてしまうな。私より先見の明があるようだ。そしてナザール王よ、私もそれだけ言われて黙っているほど腰抜けではない。貴殿はは何を言っているのだ?先ほどから私の婚約者を手酷く詰っているが、何故そのような事をこの祝いの場でするのか。自分が何をしているのか少し考えてから発言するがよいだろう。
マルグ国に宣戦布告であれば、私は私と私の妻となる人の名誉を守る為に戦うが?」
「ひっ……せ、宣戦布告など……そんなことは……ただ、そのアイリーンは私の妃で……」
「それはもう3ヵ月……いや、更に半年以上前の事だろう?もう教会からも正式に二人は離婚したと正式に認められているのに何を言っているのだ?彼女はナザールの者でもエルファード殿、貴殿の物でもない!そうですよね?教皇」
強い口調でシュマイゼル王が教皇の方を向くと、重々しく頷いた。
「アイリーン殿がこちらの国へおいでになった時、既に離婚届は提出済みであり、更に異議申し立てを行うための猶予期間も過ぎておった。故にナザール国王エルファード殿とナザール貴族アイリーン・ハイランド伯爵令嬢の結婚は破棄されておる。これに相違ないとアイリーン殿本人からの承諾も得ておる」
「そ、それは……」
高位貴族の離婚届けには異議申し立てを行う事が出来る猶予期間が設けられている。彼らは彼らだけの意思で自由に結婚離婚をすることが出来ない。だからエルファードとネリーニはアイリーンを追い出すずっと前に離婚届を捏造し、教会に提出した。そして異議申し立てが出来る期間を過ぎてからアイリーンを追い出したのだ。
「のう、アイリーン殿。そなたは権威ある教会に虚偽の申し立てなどせぬ、書類の通り、そうであるな?」
「勿論でございます、教皇猊下」
レンブラントの手を握りながらアイリーンははっきり答えた。
「いや……あの届けは……アイリーンが書いたものではなく、ネリーニの侍女が偽って……」
「エルファード殿はまさか教会に虚偽の書類を提出したと仰るか?それが本当であれば、我らは厳しく追及せねばならんが!?」
「えっ……そ、それは、困るっ……!」
教皇の圧が籠った声にエルファードは気圧された。元々覇気のない男が、権威と覇気、更に威厳も兼ね備えた創造神教会のトップに立つ男に勝てるはずもないのだ。
「提出された書類の内容は正しい、そうであるな?アイリーン殿」
「はい、間違いございません」
教皇は知っている。あの書類はアイリーンが書いたものではなく偽造であると。だからこそ彼は「書類は書いたか」とは聞かなかった。ただ「書類の内容は正しいか」と尋ねたのだった。だから、アイリーンは「書類の内容は正しい」と肯定した。
彼らのやり取りの中には何の虚偽もない。
「故に間違いなくエルファード王とアイリーン殿は赤の他人である。それにエルファード王の妃はネリーニ・ダルク公爵令嬢であろう。その旨の書類も提出されておる」
「ネリーニとは離婚した!!」
「書類は出ておらぬ。神はお認めになっておらんぞ」
特に創造神教会の教皇はシュマイゼル王をひいきにしている訳ではないし、エルファード王を蔑んでいる訳ではない。ただ、毎月寄進をし、民をよく導き、孤児院なども見回り……めでたい婚約式だからと招待状を出して祝いの席に呼んでもてなしてくれるシュマイゼル王と、寄進も少なく、汚い偽造の手紙で王妃を捨て、結婚だ離婚だと自分勝手に振る舞うエルファード王ではどちらが信用に値するか。それを知っているだけなのである。
「え?冗談などではなく、本当に……」
「やっと教会の許可も下りて正式に私の婚約者となったアイリーン嬢を、どこかになどまさか正気ではありますまいな?」
「え……」
国王に格と言うものがあったのならば、どう考えてもシュマイゼルはエルファードの遥か上であろう。国力の差もあるが、王としての風格、度量、身長、全てにおいてシュマイゼルがエルファードに劣っている物はない。
「全く、権威の為だとかなんだとか……離婚してから三か月たたねば王の婚約者として認めないなどと……教会は面倒な事をするものだ、ねえ皆さん?」
「フン、申し訳ないですなあ。王の正妃ともなれば慎重を機しておかしい事もありますまい。まあアイリーン様に関しては全くその辺は問題ないと感じておりますがの!」
ツン、と壮年の男がそっぽをむく。服は白と金を基調とした僧の衣で、祝いの席で着るものだと分かる豪華なものである。
「はは、教皇殿申し訳ない。だが私の気持ちも少しは考慮して……」
「考慮したからこそ、結婚式は半年後としたではないか!通常なら婚約期間は2年を以て……」
「シュマイゼル殿?これ以上教皇猊下を虐めては藪蛇というものですぞ?」
「いや全くだ!蛇は突きたくないものですね」
和やかなやり取りはニールス国王とシュマイゼル王、そしてこの辺りほぼすべての人々に信じられている創造神教会の教皇によるものだ。強い疎外感を味わいながらもエルファードは口を開く。
「こ、婚約者……?アイリーンが?何故?そんな醜悪で、無能な女を何故……?」
「黙れ!!」
一番に叫んだのはレンブラントだった。
「母上は……お母様は素晴らしい人だ!」
エルファードが子供の戯言と怒鳴りつける前にシュマイゼル王が続ける。
「先ほどから息子に先を越されてしまうな。私より先見の明があるようだ。そしてナザール王よ、私もそれだけ言われて黙っているほど腰抜けではない。貴殿はは何を言っているのだ?先ほどから私の婚約者を手酷く詰っているが、何故そのような事をこの祝いの場でするのか。自分が何をしているのか少し考えてから発言するがよいだろう。
マルグ国に宣戦布告であれば、私は私と私の妻となる人の名誉を守る為に戦うが?」
「ひっ……せ、宣戦布告など……そんなことは……ただ、そのアイリーンは私の妃で……」
「それはもう3ヵ月……いや、更に半年以上前の事だろう?もう教会からも正式に二人は離婚したと正式に認められているのに何を言っているのだ?彼女はナザールの者でもエルファード殿、貴殿の物でもない!そうですよね?教皇」
強い口調でシュマイゼル王が教皇の方を向くと、重々しく頷いた。
「アイリーン殿がこちらの国へおいでになった時、既に離婚届は提出済みであり、更に異議申し立てを行うための猶予期間も過ぎておった。故にナザール国王エルファード殿とナザール貴族アイリーン・ハイランド伯爵令嬢の結婚は破棄されておる。これに相違ないとアイリーン殿本人からの承諾も得ておる」
「そ、それは……」
高位貴族の離婚届けには異議申し立てを行う事が出来る猶予期間が設けられている。彼らは彼らだけの意思で自由に結婚離婚をすることが出来ない。だからエルファードとネリーニはアイリーンを追い出すずっと前に離婚届を捏造し、教会に提出した。そして異議申し立てが出来る期間を過ぎてからアイリーンを追い出したのだ。
「のう、アイリーン殿。そなたは権威ある教会に虚偽の申し立てなどせぬ、書類の通り、そうであるな?」
「勿論でございます、教皇猊下」
レンブラントの手を握りながらアイリーンははっきり答えた。
「いや……あの届けは……アイリーンが書いたものではなく、ネリーニの侍女が偽って……」
「エルファード殿はまさか教会に虚偽の書類を提出したと仰るか?それが本当であれば、我らは厳しく追及せねばならんが!?」
「えっ……そ、それは、困るっ……!」
教皇の圧が籠った声にエルファードは気圧された。元々覇気のない男が、権威と覇気、更に威厳も兼ね備えた創造神教会のトップに立つ男に勝てるはずもないのだ。
「提出された書類の内容は正しい、そうであるな?アイリーン殿」
「はい、間違いございません」
教皇は知っている。あの書類はアイリーンが書いたものではなく偽造であると。だからこそ彼は「書類は書いたか」とは聞かなかった。ただ「書類の内容は正しいか」と尋ねたのだった。だから、アイリーンは「書類の内容は正しい」と肯定した。
彼らのやり取りの中には何の虚偽もない。
「故に間違いなくエルファード王とアイリーン殿は赤の他人である。それにエルファード王の妃はネリーニ・ダルク公爵令嬢であろう。その旨の書類も提出されておる」
「ネリーニとは離婚した!!」
「書類は出ておらぬ。神はお認めになっておらんぞ」
特に創造神教会の教皇はシュマイゼル王をひいきにしている訳ではないし、エルファード王を蔑んでいる訳ではない。ただ、毎月寄進をし、民をよく導き、孤児院なども見回り……めでたい婚約式だからと招待状を出して祝いの席に呼んでもてなしてくれるシュマイゼル王と、寄進も少なく、汚い偽造の手紙で王妃を捨て、結婚だ離婚だと自分勝手に振る舞うエルファード王ではどちらが信用に値するか。それを知っているだけなのである。
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